「タレント発掘」ということ・・

2020年の東京オリンピック・パラリンピックにはすでに間に合いませんが「タレント発掘」は重要です。
では「タレント(≒才能)」であるかないかはどのように判定するのでしょうか?
旧東ドイツでは、国家的規模での社会主義建設の課題としてスポーツが取り組まれ、国民の5人に1人が体操・スポーツ連盟に加盟し、子どもたちは全国大会(スパルタキアード)への学校の予選会を含めると300万人が大会に参加していました。各地には伝統のある「スポーツクラブ」があり、優れた能力を持つ子どもたちはそのクラブのスポーツ学校で専門的なトレーニングを行っていました(1987年、NHK放映:金メダルへの道)。
当然それだけの多くの子どもたちの競技成績や発育発達段階に関するデータが蓄積されていることから、生物学的年齢の指標としての「最終身長」の推定には体格、プロポーション、手足の周囲径などの63項目の測定が行われていました(現在の身長と最終身長との差が判定の基準であったようです)。例えば、15歳で素晴らしい成績を残していても、発達段階が18歳であれば将来的可能性は低くスポーツ学校からの退学を言い渡されるシステムです(クラブでのスポーツ活動は継続できた模様です)。
しかしそれだけのシステムであっても、あるスポーツ学校では100名の入学者のうち60名が退学し内48名は将来性に疑問があるとの理由だったとのことで、タレント発掘の難しさがよくわかります。
日本では各競技団体も取り組んでいますが、福岡県教育委員会では、小中学生を対象にタレント発掘事業(福岡から世界へ!)に取り組み、4万7千人から60名を選抜し、適性検査と複数種目実施(経験)の結果から高校入学時に特定のスポーツ拠点校への入学を決定させるというシステムを実施しています(2014年、NHK放映:15歳の決断)。

現在では運動能力に関連する「遺伝子検査」が話題となっています(2014年、NHK放映:金メダル遺伝子を探れ)。
例えば筋の収縮特性にかかわるACTN3遺伝子検査では、瞬発型(RR)と持久型(XX)及び中間型が特定され、瞬発型ではスピード&パワー系種目が有利、持久型では長距離系種目が有利、中間型では「球技」に向いていると判定されます。日本でも検査ビジネスがあり、1万円ほどで結果が送付されてきますが、問題は「予測妥当性」ということだと思います。
北京五輪400mRの銅メダリスト朝原選手の別研究所での詳細な検査結果が紹介され、10の遺伝子の11の発現型(ジャンプ力やスプリント能力など)で0~2点評価の22点満点で18点という高い評価でしたが、走幅跳で8m19の記録を持つにもかかわらず「ジャンプ力」に関する遺伝子(NR3C1)評価が0点なのです。どうやらこの遺伝子は「垂直跳」などの「ゼロ~Max.タイプ」の動作に関連しているようで、朝原選手も「自分は垂直跳は全くダメなんです」とコメントしています。つまり「ジャンプ力」という遺伝子も「垂直跳型」と助走を伴う「起こし回転型」では動作の性質が異なるので「ジャンプ力のタレント性の予測」は難しいということです(アキレス腱の長さも大きく関係します)。

タレント発掘は、発達段階の推定と運動への身体適性(遺伝的なものとその年齢ごとの発現型・・スピード&パワー系の発達が明らかになるのは15歳以降となること)など様々な要因がかかわるので一筋縄ではいかないようです。エプスタインは「ACTN3遺伝子の結果で予測できることは、リオ五輪の100m決勝に残れないのは誰かということだ」と述べています(エプスタイン:川俣訳、スポーツ遺伝子は勝者を決めるのか、早川書房、2014年)。

 

”鉄は熱いうちに・・” 打ってもいいのかな~?

「発達段階の推定」は子どものスポーツを考えるうえで大変重要な概念です。誕生日からの暦年齢と生物学的年齢に±3年のずれがあるとすれば、中学1年生では、発達段階が小学校5年生から中学校3年生に相当する子どもたちがいることになります。男の子では小学校5年生段階から遅筋系線維の発達が始まり、ある程度の筋力もついてきてスポーツらしい動作の獲得が可能となってきます。
しかし、身長の急成長も始まるため、骨は成長軟骨の成長により長くなりかつ筋の伸長が追い付かないため関節可動域の低下もまねきます。また骨格-筋の構造上、成長軟骨の近くに筋が付着していますのでいわゆる「成長痛」をまねきやすくなっているのです。
筋力がついてスポーツ動作ができるようになり、かつ持久的な筋の性質なので繰り返し練習に適しているのですが、骨格-筋の構造上スポーツ障害も発症し易いという大変複雑な段階にあるのです。

「鉄は熱いうちに打て」と例えられますが、打ち方の工夫も必要で、熱いうちに大きな衝撃で打つとスポーツ障害を発症するリスクも高いのです。また、子どもは「楽しい取り組み」でないと「糖動員性」という活動エネルギーを生み出す機能が活性化しません。大人は苦しい課題でも意義を理解してエネルギーを生産できるのですが子どもは楽しくないと活動エネルギー不足になってしまいます。
スピード&パワー系の発達は、身長の急成長が過ぎた高校生頃から始まります。これは大変合理的なことで、身長の急成長期にスピード&パワー系が発達すると自分の身体を自分で壊してしまうのです。

「臨界期(Critical Period)」という概念があります。これは特定の機能が発達するときにそれに必要な環境を準備しないと後からでは「手遅れ」になるという考え方です。小学校4年生までは「動きづくり」、小学校高学年から中学校期はその動きを繰り返す「持久性づくり」、そして高校生からは本格的な「スピード&パワーづくり」というトレーニングカリキュラムが求められているのです。そして「発達段階の推定」という視点から、暦年齢と生物学的年齢を考えてゆくことが重要です。
特に身長の急成長期の把握はスポーツ障害の予防に重要な意義を持ちます。毎月身長を測定して成長曲線を描くことはとても大切なことなのです(続く)。

(図 青木純一郎、発育期における適切なトレ―ニングとは、臨床スポーツ医学、1988年を山崎が加筆)

 

子どものスポーツ実施は?

「最近の子ども」は、過度な競争環境下での運動不足と精神的ストレスの増加などの健康上の問題を抱えています。
かつては、学校帰りに河原やお寺の境内、神社などの「秘密基地」で「みちくさ」ができたのですが、最近は学校の広域統合でのスクールバス導入や不審者への対応などから、なかなか運動遊びができる環境がなくなってきています。
そこでスイミングやサッカーなどのスクール通いが盛んになり、またトップクラスの選手を目指す「早期教育」ということで子どものスポーツ活動が注目されてきています。

ここで問題になるのが「勝利至上主義」に代表される「スポーツの歪み」の弊害です。勝つことをすべての前提に、子どもにも指導者にも「管理主義」が横行し、フェアプレイやリスペクトといったスポーツ本来の重要な価値観が置き去りにされるのです。
テニスのジュニア大会のセルフジャッジのシーンで、コーチが「相手のオンラインショット(最高のショット)は”アウト”とジャッジしろ!」という信じがたい指示を出した例があると聞きます。最近の大学アメリカンフットボール部の事件も、この「勝利至上主義」と「管理主義」が根底にあります。

子どもの心とからだにとっての大きな問題は、勝つためのハードトレーニングと称して、オーバートレーニングによるスポーツ障害を招いてしまうことです。スポーツで輝いていた子どもたちが、指導者の無知と無理でスポーツ障害を発症して大好きなスポーツができなくなる・・これはとても重大な「子どもの権利侵害」です。

スポーツトレーニングは一種のストレスですので一定のレベルを超えると障害を発症します。

図はスポーツ障害の発症をモデル化したもので、例えば練習の「強度」「時間」「頻度(週何回練習するか)」の三要素を考慮すればスポーツ障害は予防できるのです。つまり「トレーニング計画の妥当性」こそが最も重要で、指導者の根拠のない経験やカン、その日の気分などに依存していては効果的なトレーニングはできず、子どもの心とからだに大きな問題を残してしまいます。また、練習後のストレッチなどの身体のケアもとても重要ですが、練習を終えてすぐ塾に行ったりして整理運動(逆の順では準備運動も)ができなかったり、練習後の栄養摂取が不適切であることも問題です。

また、子どもの発達段階には10歳までの「神経系」、11~14歳までの「持久系」そして15歳以降の「パワー系」といった発達順序があり、かつ個人個人の発達段階に最大±3年の違いがあることも指摘されています。つまり「発達段階の推定」が非常に重要になってくるのです(続く)。

 

スポーツマンの栄養摂取は?

スポーツを行う人の栄養摂取上の課題は何でしょうか?

パフォーマンスの向上にかかわっては「増量」と「維持」と「減量」が重要となりますが、原則は「筋肉量の維持」だと思います。
増量では「体脂肪量を増やさず筋量を増やす」こと、減量では「筋量を減らさず体脂肪量を減らす」ということです。
運動選手が「体重を落とさなくては」と思い込み「低糖質ダイエット」を行うと、スピード持久力のもとである筋グリコーゲンが低下してすばやく動き続けられなくなります。また、筋や赤血球を分解してエネルギーを補うようになってしまい、筋力低下や貧血をまねき「本末転倒」の結果となります。体脂肪(特に内臓脂肪)の減量のためには「低強度の有酸素運動(ゆっくりとした持久的運動)」が有効で、脂肪と糖質をバランスよく消費させることが重要といわれています。

競技によっては、体脂肪を含めた体重がプラス要因になるケースもありますが、重くなった身体をスピーディーに動かすためには筋力が必要です。一部のお相撲さんのように、筋力に見合わない体脂肪量の増加は、関節や靭帯への負担増から怪我を誘発してしまいます。
最近は筋力トレーニングの重要性が指摘されています。パワーアップやスポーツ障害の予防には筋量の増大が効果的で、適切な筋トレとその後のタンパク質(アミノ酸)摂取が有効とされています。しかし、タンパク質の過剰摂取(体重1kg当たり2g以上)は体脂肪の蓄積をまねき、一方体重当たり1g以下ですとパフォーマンスの低下をまねくとされています。

筋グリコーゲンの蓄積には運動終了後30分以内の糖質摂取、筋量増大には運動終了後30分以内のタンパク質摂取の重要性が指摘されています。つまり、運動と食事のタイミングが重要で、練習後30分以内に栄養摂取が可能な環境を整えること(練習直後は「補食」で補いその後食事を摂取することなどの工夫)が必要なのです。
数十万年にわたる進化のなかで、人類は長時間の狩猟採集活動を続けるために糖質からも脂肪を合成することができるようになりました(皮肉なことにこの「非常用燃料の蓄積」という生存戦略が現代社会に蔓延する肥満をまねいています・・)。一方体脂肪(特に内臓脂肪)は、「遊離脂肪酸」というかたちでゆっくりとした持久的運動を支えてもいます。そこそこのスピードが必要とされる競技(市民マラソンなど)では「筋グリコーゲン」と「遊離脂肪酸」の両者が活躍するようなトレーニング内容と栄養摂取への取り組みが重要なのです。

”低糖質ダイエット”と健康

最近の「お父さんのメタボ対策」で話題の ”低糖質ダイエット” ですが、確かに過剰な糖質(炭水化物は糖質と繊維質を含みます)摂取は、人類の宿命としての「脂肪蓄積」を進めます。これは数百年前の農業革命以降に起きた遺伝子的変化でもあり、20万年前から狩猟採集生活をしていた人類の宿命でもあります。
人類の大型化した脳は、一日のエネルギーの20%の糖質を必要とします(β酸化という体脂肪からのエネルギールートは使えません)。そこで狩猟採集生活をしていたころから、必要で貴重な糖質をすべて脳のために回して、移動のためのエネルギー源をとりあえず蓄積した脂肪から「遊離脂肪酸」という形で利用する(ゆっくりとした移動で使われる)ようになりました。チンパンジーなどは数%の体脂肪率ですが人類は20%以上の「非常用脂肪」を蓄積しています。このように脂肪組織から活動エネルギーを作り出せるようになったので、人類は ”のべつまくなしに食べ続ける” という行為から解放されましたが、身体運動をせずに精神的ストレスが増加すると「脂肪の過剰蓄積」をはじめるという厄介な宿命も背負ってしまいました。
ですから肥満傾向の強いお父さんには確かに ”低糖質ダイエット” が一定程度効果的なのですが、逆に現代の日本女性では「過剰な痩せ志向」の影響で、健康上必要なエネルギーに対して摂取エネルギーが平均300Kcal少ないという統計結果が示されています。いわゆる「痩せすぎ女性(実は高齢者も低栄養状態と言われています)」は、極度の糖質制限をしていますので、食事から必要なエネルギーが得られず、自分の身体の筋肉や赤血球、免疫細胞まで分解してエネルギー不足を補い、かつ脳の「低栄養状態(低血糖性昏睡を誘発する)」を進めてしまうといわれています。
また、タンパク質(P)と脂質(F)と糖質(C)から構成される食事内容のPFCバランスの崩れも健康上は問題です。タンパク質15%と脂質25%、糖質60%という「和食バランス」が推奨されているのですが、低糖質ダイエットは相対的にタンパク質と脂肪の割合が増加した「低カロリーファーストフード化」を進めてしまうのです。
「運動」「栄養」「休養」のバランスではなく、「運動抜き」の ”自己流の低糖質ダイエット” を続けていると様々な健康上の問題を引き起こしてしまい、スポーツをやるどころの問題ではなくなってしまいます。
ではスポーツマンのための栄養摂取ではどういった注意が必要なのでしょうか(続く)

「積極的休息(アクティブレスト)」ということ

同じ同じ動作を繰り返しているとパフォーマンスが低下してきます
この時に休憩をはさむのですが、ただ休んでいるのではなく「別の運動」を行うとパフォーマンスがより回復するという現象があります
これは1930年代に旧ソ連のセーチェノフ(パブロフの先生にあたるらしい)が提唱した「積極的休息(セーチェノフ現象ともいわれる?)」の概念です
図はクレストフニコフの「スポーツの生理学」(1978)で引用されたデータです

右腕での作業10分後に再び右腕を用いるよりは、左腕の作業をはさんだほうが回復状態が良いというデータです
クレストフニコフは「長い単調な運動は中枢神経系に疲労の増大をもたらし、運動感覚は失われる。運動を交替したり、諸運動の相互関係をよくみて、正しい一貫性のある運動を選択することにより、大脳皮質における運動能力の高い水準を確保することができる。」と述べています
これは、以前指摘した「筋の3×3システム」の図でいうと、「超瞬発系筋線維とハイパワー:クレアチンリン酸系の高出力システム」が「中枢性の抑制」を受けやすいということを意味しています
私たちの実験でも、筋疲労で筋電図の速筋系成分が減少するのですが、ストレッチングやアイシング、他の筋での作業を実施するということで、再び速筋系成分が回復することがわかっています
実は、「乳酸の再利用」のところでも指摘した「動作モードの変更によるパフォーマンスの維持」も、このメカニズムと類似したものではないかと考えています

ただ、この「積極的休息」の概念は、その後拡大解釈が拡がり「休息してまた同じことを続ける」よりも「他のことをやったほうが効率が良い」ということで、身体作業だけではなく精神作業にまで、あまり科学的根拠もなく拡大適用されてきているように思います
この概念はあくまでも「脳‐神経系」と「身体系」との枠組みの中で論じられる現象であって、科学的に見えそうな「こじつけ」の乱用は厳に慎むべきだと思うのです

脳が「疲れたことにしよう!」と・・

私たちの運動パフォーマンスが低下することは「疲労」という概念でとらえられます
そして疲労には、①「末梢性疲労」という筋肉レベルでの収縮力の低下(例えば筋グリコーゲンが枯渇するレース後半では脚が重く感じて動きにくくなる・・)と、②「中枢性疲労」という脳‐神経系が関与した筋収縮力の低下(興奮剤などを使用したドーピングは禁止されています)、があります
私たちの身体は脳-神経系が主導権を握って、筋肉などの身体系に命令をだしていると考えられていますが、最近は環境系と連動した身体系からの情報のフィードバックも重要であることがわかってきました(いわば「忖度」したり「抵抗」したり「是正」したりするようなもの?)

図は、矢部京之介先生の有名な「心理的限界」と「掛け声効果」に関するもので、300回指を動かし続けると黒丸のように筋力が低下してゆきまが、筋を直接電気刺激をすると筋力はほとんど低下していない(筋にはまだ収縮する能力が残っている)のです

つまり「生理的限界(末梢性疲労)」に先行する「心理的限界(中枢性疲労)」ということで、トレーニングにより両者の差を縮めてゆけばパフォーマンスは向上するということになります(実はこのメカニズムは「安全限界設定装置」として私たちの身体を守ってもいます)

これは「中枢性疲労(抑制)」の「脱抑制効果」といわれるメカニズムですが、では「中枢性抑制」をコントロールする何らかの方法はあるのではしょうか?

筋肉の収縮の特徴を電気的に記録した信号を「筋電図(EMG)」といいます
コンピュータを用いてこの信号の性質を解析すると、1秒間に90回ほど収縮する「速筋性活動成分」と40回ほど収縮する「遅筋性活動成分」が混在していることがわかります
そして筋収縮力が低下しているときは「速筋性成分」が減少していることが分かっています
この際に、ストレッチングやマッサージ、アイシングなどを行った後で同じ筋活動を行うと、何故か「速筋性成分」が復活してきます、つまり「脱抑制」がおこっているらしいのです(続く)

「動作モード」の変更で対応?

「太腿四頭筋」は膝を伸ばす主要な筋肉で、その中の「外側広筋」は最大の筋肉です。そして外側広筋は「遅筋線維」と2種類の「速筋線維」から構成され、股関節と膝関節をまたいで同じ個所で骨につながって協働して働いています。垂直跳などの瞬間的運動では速筋系線維が、長距離ランニングなどの持久的運動では遅筋系線維が「主として」活躍します(当然他の筋肉も同時に活動していますが・・)。

そしてその筋収縮のエネルギーを支えるのが3つのエネルギー供給系です。図のTypeⅠは遅筋系線維、TypeⅡaは速筋系線維、TypeⅡd/x(ヒト:ネズミではTypeⅡb)は超速筋系線維で、ATP-CPr系(ハイパワー系)、解糖系(ミドルパワー系)と有酸素系(ローパワー系)からなる「3×3システム」として協働して機能しています。

例えば変速機付きのロードバイクで長い坂道を時速25Kmを維持したまま登っていくケースを考えてください。重いギアで「グイグイ」と登ってゆくと、TypeⅡd/x線維とATP-PCr系だけに頼る「高出力システム」だけが駆動されて坂の途中で力尽きてしまいます。そこで、ギアを軽くして回転数(ケイデンス)を上げる必要があります。ギアを軽くすればペダルは軽くなりTypeⅡaの速筋系線維が参加できるようになります。さらに後半にはもっと回転数を上げれば遅筋系線維も参入できるかもしれません。そして「乳酸シャトル(八田)」を利用して筋グリゴーゲンや乳酸をエネルギーに変換しながら坂道を登りきることができます。

つまり「動作モード」を巧みに変更することができれば乳酸を活用することが可能となります。例えば10Kmロードレースで、ストライド任せでスピードを維持していけば破綻をきたしますので、あるところからストライドを抑えてピッチ走法に切り替えればベストタイムで走りきることが可能となります。ATP-CPr系の「バッテリー残量」と解糖系の「ガソリン残量」と有酸素系の「ソーラーチャージレベル」のメーターを眺めながら、パワードライブモードやエコドライブモードなどを巧に切替えて最速タイムでのゴールを目指すメカニズムなのです。

そしてどうやら100m走でも「オーバーストライドによるピッチの低下」が「結果としての速度低下」を引き起こしているようなのです。

乳酸は疲労物質?

東京大学の八田秀雄先生は「乳酸は疲労物質である」との従来の単純な考え方について、生理学生化学に基づくデータから反論し、新たなトレーニング理論を提唱しています。しかし依然として、200m全力疾走後再び100mを走るトレーニングが「対乳酸能力を改善する」といった不思議な考え方があるのも事実です。実は、乳酸は運動を阻害する「悪者」ではなく、運動を継続するのに重要なエネルギー源なのです。

では「乳酸」とは何なのでしょうか?

筋肉が収縮することによって運動が可能となります。筋肉は「筋原線維」という究極の収縮要素(アクチンとミオシンという二つの収縮タンパク質が連続して繋がったもの)が活動しますが、動くためにはエネルギーが必要です。筋原線維ではアデノシン3リン酸(ATP)からリン酸基を一つ離してアデノシン2リン酸(ADP)になるエネルギーを利用して収縮しますが、そのままでは次の収縮ができません。そこでどこかから早急にエネルギーを持ってきてATPに戻します。このメカニズムが「エネルギー供給系」で、①クレアチンリン酸からリン酸基を離す、②筋内のグリコーゲンを分解する、③筋細胞内のミトコンドリアの働きでの酸化エネルギー利用、という3つのシステムを利用します。それぞれが、①ハイパワー系、②ミドルパワー系、③ローパワー系、といわれ①と②は「無酸素性機構」、③は「有酸素性機構」といわれます。特に、速筋系筋線維での無酸素的なグリコーゲン分解(解糖)が激しくなると、一次的に分解された「乳酸」が処理しきれずに筋内に一定以上蓄積して「きつい」という感覚が生じます。一方、遅筋系では③の有酸素能力が高いので「乳酸」は処理されてエネルギーに変換されます。3×3システムのところでも指摘したのですが、筋の中には速筋系筋線維と遅筋系筋線維が隣り合って混在していますので速筋線維で処理しきれない「乳酸」を遅筋系筋線維にわたしてエネルギーに変換してもらうことができます。八田先生は、これを「乳酸シャトル」と表現しています。

つまり「乳酸は疲労物質である」というのは不正確で、「乳酸はきついという感覚を生じさせて運動継続を制限する」が「うまくエネルギーに変換することによってさらに運動を継続することができる」ということで「対乳酸能力」ではなく「乳酸処理能力」というほうが正確な表現です。

ではどうやって「うまくエネルギーに変換する」のでしょうか?(続く)

 

私は反応が遅い?

テニスのネットプレーで、相手の厳しいバッククロスにすばやく対応してボレーを決める・・夢のようなプレーですが実際にはなかなかうまくいきません。
かつて錦織圭選手がジョコビッチ選手の強烈な逆クロスショットに対して、インパクト直前に絶妙のタイミングで反応動作を開始(0.37秒前)している放映がありました。
「やはり一流プレーヤーは反応が速い!」と思いがちですが、単純な光刺激に対して反応を開始する「反応時間(Reaction Time)」は、0.3秒程度であまり個人差はありません。ところが陸上競技や水泳競技でのピストル音からスタートまでのリアクションタイムは結構個人差があります。何故なのでしょうか?
これは「反応時間」の構造(下図)に関連しています。光刺激が提示されると、網膜から視覚野へ信号が送られます。身体のほうは「跳びあがる準備」はできていますので、視覚野からのシグナルに対応して運動野から「Goサイン」が脊髄を経由して該当筋に送られ筋収縮がおこります(PMT)。ところが筋が収縮をはじめても関節をまたいで動作が始まるまで(MT)には遅れがあります。「あ、分かってるけど身体が動かない!」状態で、特に体重の重い方や筋力の弱い方では多少反応時間が遅くなります。ところが「ヤマを張る(タイミングを「予測」する)」と反応時間は速くなります。が、陸上競技ではピストル音の0.1秒以内にスターティングブロックに大きな力をかけると、たとえ動いていなくともセンサーが反応して「フライング」で失格となります。
野球やテニスでは、投手のボールリリースやラケットのインパクト以前に適切な「予測」が可能です。これは「相手方ディスプレイ状況」から適切な情報を得て、錦織選手のように絶妙のタイミング(「不応期」といい動作を修正できない時間帯・・あまり早めに動くと相手がショットを変えてくる)で反応します。まさに「経験の智慧」です。相手のスタンスやラケットの向き、それまでの確率など様々な状況を瞬時に分析して対応しているのです。卓球女子の伊藤美誠選手の「速攻ミマパンチ!」はこの事前情報を提供しない高度なテクニックです(フェイントでいう”ノーフェイク”と同じ)。
つまり「反応が遅い」のではなく「経験知が足りない」のです。また、トレーニングで動作を速くする(スイング速度やステップ速度のパワーアップ)ことで、反応をおこしてから動作完了までの「移動時間(mvT)」を短縮して全体としての「反応動作時間(Total Reaction Time)」を速くすることができます。