心臓が「ドキドキ・・」するのは何故?

 陸上競技の100mスタート前、運動が始まっていないのに心臓が「ドキドキ・・」します。トレーニングを積んだ選手では200拍/分に達することもあるようです。
 これは私たちの心拍数が、運動による酸素需要量の増大に対応するだけでなく、自律神経系の影響を受けているからです。心拍数は精神的緊張時に「交感神経系活動」が亢進して増加し、リラックス時には「副交感神経系活動」が優勢になって減少します。そして「心拍ゆらぎ」といって通常でも1拍ごとの時間も微妙に変動しています。毎分60拍であっても、インターバルが0.9秒や1.1秒、0.8秒や1.2秒というふうに変動しています。2秒以上心拍間隔が空いた場合は「不整脈」と診断されますが、私たちの心拍数は常に変動しているのです。
 また呼吸相(呼気や吸気)にも連動して変動するので「呼吸性洞性不整脈」とも呼ばれ、吸気時(インスパイア:魂が入ってくる)には心拍数が増加し、呼気時(エクスパイア:魂が抜ける)には心拍数が低下します。目覚め時は吸気相が、入眠時は呼気相が自然な反応です。ヨガやメディエーション(瞑想)などでは、私たちが自律神経系に唯一関与できる呼吸のコントロールからその改善をはかることとの関連も指摘されています。
 高齢者や心筋梗塞患者の方ではこの「心拍ゆらぎ」が減少しますし、逆に子どもや運動選手は大変大きく変動しています。交感神経系はいわば「アクセル」、副交感神経系は「ブレーキ」に相当しますので、自律神経系への反応性の良し悪しを反映しているのです。
 よくトレーニングされた選手では、安静時は副交感神経系のパワーが高いので心拍数は低く揺らぎも大きく、運動の開始に合わせて心拍数は急激に高まります。ところが自律神経系への反応性が低い場合には、安静時心拍数が高くかつ運動時にも十分心拍数が上昇せず、最悪の場合心停止を引き起こす可能性もあります。また、過度の精神的ストレスは「心拍ゆらぎ」を減少させることも報告されており、このメカニズムを利用して心拍数から「ストレス度」を推定するアプリケーションも開発されています。
 つまり「心拍ゆらぎ」は私たちの心拍活動の自律神経系への反応性を示しており、心臓が「ドキドキ・・」したり「のんびり・・」したりするのは実は健康の証明でもあるのです。

ストレスコーピングとメディエイション

 ヒトにとっての重大なストレッサーは、言語による記憶-行動系という機能を持ってしまったが故の「マインドワンデリング」です。意識の半分近くを過去の嫌な記憶や未来への不安が占拠してしまい過剰なストレス反応を誘発します。
 そこでこの言語による記憶-行動系(パブロフのいう第二信号系)からその改善を図るものが「ストレーコーピング」です。最低100個のストレス対処法を書き出します。そして、その効果(ストレス軽減感)を検証するのが「行動と気分」からの対処法を評価し実際に取り組みを行う「認知行動療法(CBT)」です。重要なポイントはここでも「身体運動(行動)」を伴うということで、ストレス反応の本質=行動による危機回避が根底にあるのです。いわば「富山の薬箱」にも例えられるもので「この症状」には「あれとこれの薬(・・があるから大丈夫)」という数多くの対処を蓄積してゆくもので「パニック」への対応もある程度想定します。
 一方「メディエイション(瞑想から宗教色を取り除いたものとされる)」は言葉ではなく感覚-行動系(パブロフの第一信号系)からアプローチを試みます。ヨガや自律訓練法と同じく、私たちが唯一制御可能な自律機能=呼吸を手掛かりとし、身体感覚との対応から「いま」のみを切り出します。過去や未来への言語意識を制限し、意識の全てを「いま」の呼吸や身体感覚にゆだねます。指先の血管の血流変動と呼吸制御を組み合わせてビジュアル化した「ストレス低減トレーニング機器」も市販されています。スマートフォンでもこの指先の血流変化からストレス度を評価するソフトウェアが利用できます。
 感覚と言語による記憶‐行動系を持ってしまったが故の私たちの宿命は、感覚と言語の両者をつなぐ身体運動によってのみ改善されるのかもしれません。
 しかし重要なことは、コーピングもメディエイションも過剰なストレス反応への対処法であって、ストレッサー自体を消し去ることはできないという点です。職場環境や労働条件の改善、休息や余暇時間の充実といった本当の意味での「働き方改革」がなければ「ストレス社会」の根絶は不可能なのです。

ストレスを低減する方法は?

 アメリカ心理学会では、ストレス対策として、①ストレスの原因を避ける、②運動を行う、③笑う、④社会的サポートを受ける、⑤メディエイション(瞑想)、の5つを推奨しています。
 ハーバード大学の精神科医 J.レイティ先生は、「脳を鍛えるには運動しかない(原著:SPARK! How exercise will improve the performance of your brain,Quercus,2009)、邦訳:野中香方子、HNK出版、2009年)の中で、身体運動の重要性を指摘します。
 身体運動を行うということは、人類史的に考えても本質的な問題で、ご先祖様であるホモ・エレクトス(直立するヒトという意味)の段階から、食事メニューを改善するため「持久狩猟」という獲物を30Kmも追い回して仕留めるという戦略をとり、肉食や骨髄といった食事メニューの多様化とともに重要な道具である石器製作の高度化(実は高度化は生存の危機的状況で発達する)をはかって脳の大型化を進めてきました。また言語機能にかかわる脳のブローカ野が石器製作のプロセスで積極的に活動することも指摘されています。つまり持続的な身体運動や高度な認知を伴う運動は脳の機能にとって「一義的」であるということなのです。
 レイティ先生は、身体運動にともなって脳内に分泌される幾つかのホルモンの重要性を指摘します。そして脳の機能をすべて調整している神経伝達物質、①セロトニン、②ノルアドレナリン、③ドーパミン、の重要性を、グルタミン酸やガンマアミノ酪酸(GABA)という学習関与物資との関連から指摘します。セロトニンはうつや不安障害などの脳の暴走を抑制し「プロザック」といわれる薬品と、ドーパミンは注意欠陥多動性障害(ADHD)などを緩和する「リタリン」といわれる薬品と同じ性質をもつものです。
 運動によって脳内に増加する物資の中で、もっとも有名なものは、神経ニューロンンの樹状突起を増加させる脳由来神経栄養因子(BDNF)です。そしてその増加により、①インシュリン様成長因子、②血管内皮成長因子、③線維芽細胞成長因子、といった物質が脳内で活発に活動することを指摘しいます。そしてこれらはすべて運動実施に伴って増加する物質であり、実はストレスによる扁桃体-視床下部-副腎系(HPA軸)でのストレスホルモンの暴走を抑える働きをしているようなのです。(続く)

ストレスは運動で対処できる?

 現代は「ストレス社会」と言われてから既に半世紀を経ています(H.セリエ:現代社会とストレス、1956年・邦訳1966年)。
 セリエ先生は、ストレスは様々な要因が引き金(ストレッサー)となること、そして生体の適応反応の「特異性」と「非特異性」という概念から「汎適応症候群」という概念を示しました。ストレス反応の初期は、脳下垂体から副腎に信号が伝わり副腎からのストレスホルモン(コルチゾール)が該当する組織に伝わり、まず「炎症反応」を引き起こします。いわゆる「あ、熱だ、風邪ひいた!」という初期反応で、そこからストレッサーの特異性に応じて様々な症状が発症します。もしもその人の抵抗性が高ければ初期反応だけで事なきを得ますが、そうでない場合は抵抗性が低下して「疲憊期」に入りストレッサーに応じた具体的な病状が表れてきます。
 ストレッサーには、気温や湿度、化学物質や小動物(ダニ)などがあります。問題は対人関係などの「精神的要因」がストレッサーに変化することです。人間は進化のプロセスで「言葉による記憶‐行動系」を獲得してしまったがゆえに、目前にはないものまでがストレッサーとなります。「マインドワンデリング(心の彷徨)」といって意識の半分が、過去のいやな出来事や未来への不安となってストレス反応(炎症)を引き起こします。更に大脳辺縁系の情動を司る「扁桃体」の過剰反応や「海馬(記憶に関与する)」の神経細胞を萎縮させることも分かってきています。
 そもそもストレス反応は「緊急反応」といって、ご先祖様たちがサバンナで危険動物に遭遇した時に身を守るための防衛反応です。アドレナリンを分泌して血糖値や心拍数をあげ、手足の皮膚の血管を収縮させ血液を固まらせやすくします。脳と筋肉をフル活動させ危険を回避するための重要な反応機序だったのです。ハーバード大学の精神科医・レイティ先生は、人間にもともと備わっているストレス反応は、①危険に集中する、②反応を起こす、③将来のためにその経験を記憶する、こととし、情動を司る大脳基底核の扁桃体に非常スイッチが入り、視床下部⇒脳下垂体⇒副腎皮質ルートでストレスホルモン(コルチゾールなど)を放出し、これが記憶と関連する海馬に送られて前頭前野と連携して将来的に適切な反応が形成されると指摘します。しかし現代社会ではライオンも蛇も姿を消し、最も怖い「人間」が繰り返し繰り返しストレッサーとなる「キラーストレス(NHKスペシャル取材班、2016年)」という厄介な存在が問題となってきます。
 そこでストレスと身体運動の関係がクローズアップされてくるのです。(続く) 

最近「持久力」が低下してきたように思うのですが?

 ベテランランナーの方から「どうも最近ロードレースのタイムが落ちてきたのだけれど・・」と相談されます。トレーニングを継続していても年齢相応の機能低下は起こりますが、個人差は大きいようです。年齢に伴う筋委縮が起こりにくい遺伝子の存在も指摘されていますし、ケガや故障で練習量が確保できないケースもあります。ただ、長距離ランニングの場合には、練習量の維持やトレーニングメニューの変更で対応ができ、統計的にみると著しい記録低下は招かないことが報告されています。
 「持久力」は結果(タイム)で評価されるのですが「持久性」となると話が違ってきます。持久性とは一定時間以上身体運動を「継続できる能力」のことで、フルマラソンのタイムが低下してきた・・といっても5~6時間も走り続けられることはとても重要なことで、当然普段からそれなりの練習をしていないといけません。逆に軽い身体運動でも20分以上継続できなくなった・・というケースは問題です。呼吸循環系やエネルギー供給系、筋の機能低下などが考えられ、背景には運動不足と肥満が見え隠れします。若い女性の食事制限のみの極端なダイエット志向も拍車をかけます。電車の中で立っていられない、長く歩くことが困難、長時間集中力を保てないなどの症状も「持久性」の低下なのです。
 子どもの体力問題でも1000m走のタイム低下が問題なのではなく、長い時間遊び続けることのできなくなる「持久性の低下」を招いてしまう生活環境の悪化こそがより重大な問題と考えられます。ロードレースのタイムが遅くなってきたこと・・よりも運動を継続的に実施することが困難になってきたことの方がより重大な事態なのです。
 実は私たちの身体は、ご先祖様たちの遺伝子をを色濃く反映しています。100万年以上前からアフリカのサバンナでは「持久狩猟」といって、そこそこの速度で30Kmも獲物を追い回して熱中症にして仕留めるという身体運動の戦略と様式を行っていたのです。そしてその結果として、栄養事情の改善と石器の製作などの行動様式の進化が脳の大型化と機能向上を促してきたと考えられています。つまり人類学的に考えても「持久性の低下」は「脳機能の危機」を招く可能性が高いのです。

「鉄材注射」は禁止?

 2018年12月、日本陸上競技連盟は「鉄材注射の根絶」についてのコメントを発表しました。
 鉄欠乏性貧血は赤血球が減少し、特に持久系の酸素運搬能力を低下させます。パフォーマンスの極端な低下にはいくつかの要因が関与しており「鉄欠乏性貧血」や「極端な軽量化戦略(減量)による筋量の低下」などは大きな要因となっています。
 スポーツ栄養学では、食事で練習量に見合ったカロリーや鉄分の摂取を重要視しています。これは安易な「サプリメント使用」の弊害(15%ほどがドーピングに該当するとの報告あり)に警鐘を鳴らすもので、「運動-栄養-休養」のスポーツライフ・マネジメント(鈴木正成)の重要性を示しています。
 ただ食事由来の鉄分摂取は、消化器系を経由するために若干効率が悪く、重症の貧血症の場合には鉄分が100%取り込める静脈注射が適用されています。
 日本陸連の問題提起は「貧血の治療」ではなく「パフォーマンスを上げるには鉄材注射が効果的」という誤った考え方が、相当数の長距離指導者の間に蔓延している状況に対応したものです。
 貧血症でない選手が安易に鉄材注射を繰り返すと「鉄過剰症」となって肝機能障害や鉄分がリンを吸収して「骨粗鬆症」を誘発することなどで選手生命に重大な悪影響を与えます。
 最近の日本女子マラソン陣がなかなか有望な新人が登場しないこととの関連も指摘されています。身長158㎝で体重が36Kg(BMIが15以下)といった選手が、大学や実業団入部後すぐに全く走れなくなってしまったという事例も報告されています。

「貧血?」ですか・・・

  水泳の池江璃花子選手が白血病の診断を受け競技休止中です。本人も合宿中の練習で疲労感が強く「肩で息をする」くらいの状況だったそうです。
白血病は血液中で白血球のがん細胞が増殖して結果として赤血球が減少して酸素運搬能力が低下します。つまり有酸素性の持久力が維持できない状態となります。
 「貧血」には様々な要因が関係します。長距離ランナーや踵を強く打ちつける種目(剣道やバスケットボール)では、200拍/分で高速で体内を巡回している赤血液が「ヒールストライク」で破壊されて貧血が起こります。おしっこの色が茶色になる「血尿」は赤血球中のヘモグロビンが破壊されて漏れ出したものです。これらは「鉄欠乏性貧血」に含まれます。
 ところが本人は「貧血」と思っていても、検査を受けていない場合には他の要因との関係も疑われます。
 例えば「低血糖症」は、無理な糖質ダイエットなどにより炭水化物由来の糖質(グリコーゲン)が低下していると、脳は糖質しか使えないので意識低下を誘発する可能性があります。また「低血圧症」や「午前中不調症候群」の可能性もあります。貧血ではないにもかかわらず「鉄材投与」を行っても効果は限定的ですので、体の不調や練習遂行に困難を感じたらまずは検査を受けることが重要です。
 しかし、現実には女子長距離選手の三主徴(エネルギー不足、無月経、骨粗鬆症)が問題視されているように、これらの要因は「複合的」に生じます。3月のランニング学会でも「女性ランナーの諸問題~守れ思春期の笑顔と健康~」と題するシンポジウムが開催され、選手寿命の短さや骨密度低下が競技をやめても改善されないことなど、改めて問題の深刻さが浮き彫りとなってきました。(続く)

ジャンプ力遺伝子?

 2010年NHK放映の「金メダル遺伝子を探せ」では、速筋線維の機能に関係するACRN3遺伝子だけではなく、他の様々な遺伝子が示されました(善家賢、金メダル遺伝子を探せ!、角川書店、2010年)。そのなかで、東京健康長寿医療センターの田中雅嗣研究部長が、日本屈指のスプリンター・朝原宣治氏の遺伝子解析を行い、10の遺伝子の11の発現型からそれぞれを0・1・2点で評価して22点満点で評価する方法を紹介していました。それぞれの遺伝子(多型)は「1回最大挙上重量」「ピークトルク」「徐脂肪体重(筋量:3種)」「筋再生(2種)」「腕の筋量」「ジャンプ力」「筋力」そして「ACTN3=スプリント能力」から評価され、22点満点で18点とやはり天性のスプリンターであったことが証明されました。また、筋の再生だけではなく筋の萎縮や筋力低下を防ぐ遺伝子スコアも高く、筋量にかかわる遺伝子からも36歳までオリンピック選手を継続できた背景がうかがえます。
 ところが、走幅跳8m13の記録を持つ朝原選手のジャンプ力に関連するとされる遺伝子(NR3C1)が0点という評価が示されました。朝原選手は「僕は垂直跳は全然ダメなんです。そういうジャンプ力のことかもしれませんね」とのコメントでした。
 じつはジャンプには垂直跳や立幅跳のように膝の屈曲伸展を最大限に使う「ゼローMax.」タイプのものと走幅跳やカンガルージャンプのように弾性エネルギーの再利用というリバウンドジャンプの2種類があります。秒速11mの助走スピードから「膝の屈曲伸展」を使っていては潰れてしまって跳躍することができないのです。
 ですから運動関連遺伝子だけでは、機能評価はできても、実際の表現型では異なる結果をもたらすようなのです。
 ケニアのカレンジン族長距離ランナーの遺伝子構成は、ジャマイカのスプリンターと同様の瞬発型の筋遺伝子をもっていてACTN3遺伝子のTT(XX)型が長距離に有利との定説とは異なっています。ケニア人ランナーの持久的能力の指標である「最大酸素摂取量」はそれほど高くないことも指摘されていて、運動能力はそう単純には決定されていないようなのです。

運動にかかわる遺伝子って?

 最近「遺伝子検査」サービスが話題となっています。ガンや生活習慣病、肥満や肌のタイプなどのリスクについて数万円程度で検査結果がわかるとうたっています。医学研究では血液採集が主流ですが、通常の検査キットは「唾液(口腔内皮のかけら)」を採集して送付する方式です。
 結果の受け止め方は様々なようで「全くあてはまらない」から「何となく納得できる」まであります。遺伝子の判定は、特定の遺伝子(多型といいます)についてその「機能」や「表現型」から推測します。また、質問項目(本人や親族の身体状況や既往歴など)への回答からも判定しているようです。
 スポーツに関係して話題になるのが筋の性質を決めると考えられているACTN3という遺伝子で、バンクーバー冬季五輪の2010年2月に「金メダル遺伝子を探せ」のTV放映で話題となりました。
 ACTN3の577番目にある速筋系筋線維の構造を強化するアルギニンというたんぱく質を作れるか否かで「CC(RR)型」「CT(RX)型」「TT(XX)型」に分類され、CC型は「瞬発系競技」にTT型は「持久系競技」に向いているとされています。
 特殊なたんぱく質を作らない能力が何故持久的運動に有利なのかについては、オーストリアのノースが、ネズミの持久的能力の実験でTT型に類似したマウスのほうが長時間運動を継続できるとのデータが根拠です。ただこれはランニングベルトの速度が遅いので、ベルトの速度が速ければ、短時間でもTT型はついていけずCC型は走れるということを意味しています。
 じつは私も3年前にこの「運動遺伝子検査」を受けたところ、三段跳選手である私の筋線維のタイプはTT型で、一流跳躍選手になれなかった理由が垣間見えました。
 また持久的能力にかかわる他の遺伝子多型にACEがあります。これは血圧上昇にかかわるアンギオテンシノーゲンというホルモンに関連する因子で、血管収縮能力に関連していて、持久型と瞬発型にかかわります。更にPPARGC1A遺伝子は、有酸素的能力にかかわる筋肉内のミトコンドリアの生合成(PGC-1アルファたんぱく質の増殖)にかかわる因子で、持久的トレーニングの効果に関連しています。この遺伝子がネガティブなタイプの人は、持久的トレーニングの効果が期待されませんので「走るのなんか大嫌い!」となるのかもしれません。ただし、持久的運動は健康維持のために必要ですので、テニスやバドミントンや卓球を長~く楽しくやる必要があるのです。(続く)

カンガルーのジャンプ力は?

 時々、TVの映像でカンガルーが飛び跳ねているシーンが放映されます。実はカンガルーは、時速40Kmで2Km(3分間)移動可能であるといわれていて、最大時度70Km、最大ジャンプ幅13mという驚異的運動能力の持ち主です。発情期には1日100Kmも移動することも知られていて、何故か「瞬発力」も「持久力」も優れているのです。
 これを可能にしているのが長いアキレス腱です。カンガルーは筋の収縮を利用して跳んでいるのではなく、勢いをつけた着地の際にふくらはぎの腓腹筋を緊張させます(長さを変えない)。すると長いアキレス腱に弾性エネルギーが蓄積されて短時間で「バネ」の要素が働いてジャンプを可能にしてくれるのです。つまり余りエネルギーを無駄遣いせずに高い運動能力を実現しているのです。
 このメカニズムを支えている構造が「筋腱複合体」といわれ、垂直跳や立幅跳とは全く異なるメカニズムが働いています。”リバウンドジャンプ” とか ”プライオメトリクスジャンプ” という「落下(着地)で得られた弾性エネルギー」を再利用する運動のやり方なのです。
 ランニングもこのメカニズムを巧みに利用しています。私たち人類のご先祖様は、アフリカのサバンナで30Km近く獲物を追い回して熱中症でダメージを与えて捕獲する戦略をとっていました(持久狩猟)。絶対速度は遅いものの継続したランニングが重要で、そのためには長いアキレス腱や大殿筋を利用してエネルギーの無駄遣いをせずに走ること(筋活動で膝の曲げ伸ばしをあまり使わないこと)が必要だったのです。またこの際には脂肪(遊離脂肪酸)からエネルギーを生産する代謝経路を活用します。糖質は大型化した脳を十分働かせるために使い、脂肪は長時間移動のために使うという戦略をとったのです。
 ランニングはこの弾性エネルギー再利用のために「跳ねる(遊脚相といいます)」のに対して、歩行は跳ねません。それ故ランニングのエネルギー効率が数十%であるのに対して歩行は18%以下であるといわれています。ところが競歩の一流選手(10Km38分位)はなんと28%にも達していることも分かっています。
 つまり私たちには弾性エネルギーを上手に使う能力があるようで、「効率よく運動すること」は人類の才能のようなのです。