非公認ながら人類初のマラソン2時間の壁を突破したキプチョゲ選手の「高糖質食」が話題となりました(NHK放映:超人たちの人体、2021年放映)。米国やオーストラリアや南アフリカなどの長距離トップランナーのPFCバランス(タンパク質と脂質と糖質の割合)が、ほぼ[20:30:50]であるのに対して、ケニアのランナーは[12:12:76]という「高糖質食」であることが紹介されていました。ただ、現在のスポーツ栄養学のデータからすると[20:30:50]というPFCバランスは「ジャンクフード・メニュー」とされているので「本当に?」と思ってしまいます。
スポーツ栄養学では和食の基本[15:25:60]が理想とされ、総摂取カロリーの増大にともなって1gあたりのカロリーが4Kcalと少ない糖質が減少(量が増えて消化しきれない)して9Kcalである脂質が増加します(1日4500Kcalの場合は[13:30:57])。かつての水の超人:フェルプス選手の1日12000Kcalのメニューはあまりにも有名な話ですが「ジャンクフード」や「エナジードリンク」も加えないと賄いきれなかったようです。
ケニア人ランナーの高糖質食は、パンやご飯やジャガイモと砂糖たっぷりのお茶(チャイ)に加えトウモロコシ粉の「ウガリ」が有名です。そしてこのような運動習慣(トレーニング)と食事習慣を長期間継続することにより小腸内の絨毛線維の糖質トランスポーター(運搬体)が増加し糖の吸収能力を改善するとの英・ラフバラ大学のユーケンドロップ先生の「腸トレーニング説」を紹介していました。
また、運動中の糖質飲料摂取に関しては、従来の糖質濃度が8%を超えると水分吸収が制限され上限の16%では水分利用曲線が最低になるとのデータ(小林修平・樋口満編:アスリートのための栄養・食事ガイド、第一出版、2014年)に対して、血糖値の上昇の指標であるグリセミック・インデックス(GI値)の低い「イソマルツロース」という糖を含んだ飲料の有効性も指摘されています(鈴木志保子:スポーツ栄養学、日本文芸社、2018年)。キプチョゲイ選手らの摂取する「高糖質ドリンク」は胃酸でゲル状に変化する物質を含んでおり、高糖質に反応する十二指腸の信号による胃の通過制限機能(腸での下痢症状を防ぐため)を発現せずに小腸に糖質を送り込む可能性があるとのことでした。
2019年・ハーバード大学の研究グループが、ボストンマラソン完走者のパフォーマンスと腸内細菌との関係を分析し、「ベイオネラ菌」という腸内細菌が運動によって生成された乳酸を「プロピオン酸」に変換(エサとして処理)しそれが肝臓に運ばれて有酸素エネルギーとして再利用される可能性を指摘し、マウスを使った実験では有酸素能力が13%改善されるとのデータが示されています。腸内細菌叢もまた、長期にわたる運動習慣や食習慣で形成されることから、パフォーマンスの改善にはまさに「運動-栄養-休養」の三大要素の継続が重要ということとなります。
ただ、長期間のトレーニングと高糖質食や高糖質ドリンクで「世界新記録」を生み出しているのは今のところキプチョゲ選手に限られていることからやはり最後には「本人の才能」がパフォーマンスを決定しているようでもあります。