五輪やパラリンピックなどのトップアスリートのパフォーマンスはまさに「心・技・体」の一体化した素晴らしいものとされています。またスポーツ心理学を中心に「フロー」や「ゾーン」といった特殊な心理状態の存在も話題となっています。関西大学の志岐幸子先生は「感性的体験」との関連を指摘し、その現象がスポーツを行っている当事者のベストパフォーマンスを生むことに貢献するものであること。さらに、その間や直後、当事者は幸福感に満たされていることを指摘しています(2013)。旧東欧圏では1960年代から「運動習熟」という概念からの「特殊な意識状態」の存在が指摘され(プーニ:実践スポーツ心理、不昧堂、1967)、山崎は随意運動における「感性的認識」と「理性的認識」との相互関係からパブロフの指摘した第一信号系と第二信号系による運動制御の二重構造モデルを提起し(1984)、さらに実際の運動遂行時には、運動習熟の形成はエネルギー供給系の変容と対応して「調和」を生みだすことを指摘しています(2015)。
 つまり「無意識的(非言語的)」に高度な運動遂行状態が生ずることは、決して「動作の自動化」のみに留まるものではなく、筋疲労の進行に象徴されるエネルギー供給系の変動(減少)にも適切に対応しているようなのです。
 トップアスリートは、日々のトレーニングの継続により高度のスキル獲得を進めるとともにそのスキルを身体や外部の状況に応じて変容させながら実際の試合の場面でも実現できるように「リアリティ」を求めて努力をしているようで、これはフィギュアスケートの演技後半で、同じ「4回転技」であってもより高く評定されることに象徴的なことです。
 では、私たち市民スポーツマンやマスターズ選手ではこのようなことは起こらないのでしょうか?
 私たちは当然100mを9秒台で走ったり4回転4回ひねりを実現するような身体能力は持ち合わせていないのですが、自己の能力の限界内で運動を実施することは可能です。山崎らが小学生の短距離疾走動作のトレーニング効果について、小学生はストライドがスタートからどんどん伸びていって「失速」すること、4週間のスプリント改善ドリルの実施によりストライドが抑えられてピッチが向上し、結果として40m走のパフォーマンスが改善されることを報告しました(1998)。実は1991年東京での陸上世界選手権100m決勝のデータでも、最後逆転されたバレル選手はオーバーストライドで減速したのに対しルイス選手はストライドを抑えてピッチを維持して世界新記録を樹立したことが報告されており「絶対値」は異なるものの類似したメカニズムであることが分かりました。
 ですから市民スポーツマンであっても、それなりのトレーニングを積むことができれば、ゲーム後半の疲労の進行にも「チェンジ・オブ・ペース」などで適切に対応して「上々のパフォーマンス」を実現することは可能だと思います。単純なロードレースであっても、中盤からストライドを抑えてピッチを上げてペースアップをし、そのことが心理的高揚感(”よ~し、このままいければ久しぶりのベストタイムが出る”・・このプロセスはエネルギー供給系でのグリコーゲン動員力も高まります)を伴って達成感と充実感と幸福感を感じながらゴールすることはできるのだと思います。私たちでも適切なトレーニングさえ実行できれば「心・技・体」の一体化は「それなりに」実現可能だと思うのです。