五輪やパラリンピック、世界選手権などが近づくと「スーパーアスリート」が話題となります。確かに驚異的なパフォーマンスを発揮しているので「人類を超えている?」と考えてしまいますが本当にそうなのでしょうか?
 骨や関節、筋肉の数が多いわけではありませんし、エネルギー源も糖質とタンパク質、脂質とビタミン・ミネラル以外を利用しているわけではありません。実は「ドーピング」もこの人類のメカニズムの枠からはみ出しているわけではありません。「トレーニング」「食事」「睡眠」というサイクルの中に生理的基準以上の「物質」を加えているわけです。女子800mの南ア・セメンヤ選手は本人の分泌する「テストステロン」の値が高いという理由で2大会連続の金メダル種目800mに出場できないという理不尽な扱いを受けやむなく5000mにチャレンジしたという経緯があります。
 パフォーマンスの「絶対値」は通常のアスリートよりも高い「超人」ではあるわけですが、決して人体のメカニズムを無視して運動を実行しているわけではありません。
 ただ「運動の制限因子」は厳然と存在していており、そのメカニズムと制限レベルがトレーニングにより変容しているようなのです。例えばトップクラスの長距離ランナーでは直腸温が40℃(通常は体温調節の限界とされる)を越えても走り続けることができる選手も存在するようです。先日BS放映のあった「超人たちの人体」では、パラアスリートの女子車椅子ランナー・マクファーデン選手が、心拍数170拍/分を越えた状態から28分間継続して運動ができる(他のマラソン代表選手は18分程度)データが示され、脳の運動に直接かかわる部分以外の関与が示唆されていました。パワーリフティング競技で健常者を上回る(305Kg以上)イランのラーマン選手の運動にかかわる脳の活動領域についても下肢機能の懐失が上肢機能の発達を促したとする可能性を示唆しています。パラ・アーチェリーのスタッツマン選手は生まれつき両腕がなく、右脚で弓を支えたスタイルで世界最長距離射的でギネスブックにも登録され、健常者ランキングでも全米8位になったこともあります。スタッツマン選手は、弓を構えた時の身体の動揺がほとんどなく、脳機能も右脚を動かす際、該当部位だけではなく左半球全体が活動しているデータが示されていました。義足の8mジャンパーであるマルクス選手も、義足側の膝関節からの感覚入力が亢進しているとともに義足を動かす一つ手前の健足側の感覚―運動系にも適応がみられることが報告されています(2017、NHK放映)。脳のこのような「代償性適応」は視覚障がい者や聴覚障がい者で指摘されてきたことなのですが、健常者であってもトップアスリートたちは不断のトレーニングにより何らかのメカニズムを変容させて「超人」になっているようなのです。
 この脳の機能改善にかかわって、感覚―運動系該当部位を電磁石で磁気刺激する「経頭蓋磁気刺激法」がパフォーマンスの改善に有効ではないか・・薬物ドーピングには該当しないので・・との論議も始まっています。また、遺伝子操作や「デザインドベイビー」の可否も取り沙汰されてきています。しかし「超人」はあくまでも「人類の限界に挑む」からこそ私たちに共感と感動を与えてくれるのではないのでしょうか。