2022年 7月 の投稿一覧

「ファンクショナルトレーニング」って何ですか?

 最近「ファンクショナルトレーニング」や「コンテクスチュアルトレーニング」という用語をよく聞きます。
 「ファンクショナルトレーニング」は個別の筋の収縮ではなく、ひと纏まりの筋-関節から構成される全身運動を基本とする方法で、スタビリティボールやラダーを用いたトレーニングが知られており、自体重を負荷として競技で必要とする体勢などスポーツの特異性を理解した上での様々なプログラムが紹介されています。(M.ボイル、ファンクショナルトレーニング、大修館書店、2007年)
 「コンテクスチュアルトレーニング」の原題は ”Strength Training and Coordination”ですが、”Contextual”は「文脈上の前後関係」ですので、個々の要素による「還元主義」ではなく、スポーツにおける運動学的な「複雑系」を前提とし、ストレングスエクササイズからスポーツ動作への転移での運動感覚の同一性を指摘します。(F.ボッシュ、コンテクスチュアルトレーニングー運動学習・運動制御理論に基づくトレーニングとリハビリテーション-、大修館書店、2020年)
 東京大学名誉教授の小林寛道先生は、動作の質を高める「認知動作型QOMトレーニング」による動作を学習するトレーニングマシンを開発し、有名な「スプリントトレーニングマシン」「アニマルウォーキングマシン」「車軸移動式パワーバイク」などを用いたトレーニングの有効性を示しています。(小林寛道、健康寿命を延ばす認知動作型QOMトレーニング、大修館書店、2013年)
 いずれの方法も、個々の筋や限定的・要素的な動作ではなく、多関節をまたぐ全身的で一連の動作を課題としている点が特徴です。認知動作型QOMは、様々な動作の特徴を抽出したマシンを用います(近く:首都圏に「十坪ジム」というところがあれば体験できます)。ファンクショナルトレーニングもコンテクスチュアルトレーニングも、基本は自体重を負荷とした全身運動で、負荷としてダンベルやバーベルも用います。かつてハンマー投の室伏選手の行っていた様々な「不思議なトレーニング」も、スポーツ動作の特異性やそれによる過度で偏った身体の負担の軽減と改善をはかるという意味での理学療法士(PT)などのリハビリテーションとも通ずるものと思われます。
 ボイル先生は「自動車でいえば馬力を高めるというよりも、燃費を改善するという考え方でトレーニングをとらえてみる」とし「トレーニングが理にかなっていることが重要であり、よってコーチは選手にとって理にかなったトレーニングを作成しなくてはならない」と大変印象的なコメントを残しています。

 

 

” スピードが足りない・・・!”

 ボールゲームでドリブルする相手についていけない・・もっとスピードがあったら!と感じている方もいるかもしれません。ところが陸上短距離選手がラグビーチームに駆り出されて持ち前のスピードで相手を抜き去ろうと思ったがタックルで止められてしまった・・あれ?
 実はスピードには「SAQ」という概念があります。「S」は一定区間を走り抜ける「速さ(Speed)」です。「A」は切り返しなどで相手を翻弄する「敏捷性(Agility)」、「Q」はネットプレイやゴールキーパーなどの反応の「迅速さ(Quickness)」です。それぞれ、助走付きの20mタイム、Tの字走のタイム、刺激に対する反応動作時間などなど様々な方法で測定され、そのプレーヤーの適性を判断します。ボールを前線に運ぶバックスではSpeedが、ゴール前でボールをもらって相手を抜き去ってシュートを狙うフォワードにはAgilityが、相手のシュートにすばやく対応するゴールキーパーにはQuicknessが求められます。さらに対人競技では相手方の運動方向への予測をも含む対応が求められ、当然そのトレーニング法も、該当する種目で求められるSAQの持つ「特異性」を認識して実施されます。これらはいわば「専門的能力」と規定されますので、例えば50mダッシュの反復だけでは改善されません。球技で必要とされる「スピード」と「スタミナ」も、1000m走のインターバルトレーニングだけでは改善されませんが、一方で60分のゆっくりジョギングなどは「一般的能力」としての有酸素持久力の改善には必要なメニューです。
 怪我で休養していて復帰した際に、2時間の練習メニューは何とかこなせるのだけれど自分のポジションの課題にはついていけない・・というのはこの「一般的能力」と「専門的能力」との関係を示しています。
 トレーニング計画では「期分け(Periodisation)」といって、準備期では一般的能力の改善を図り、試合期に向けて練習量を減らして技術課題の質を向上させて専門的能力の向上を目指します。また、目的とする試合の日程に合わせて2週間単位での練習の質と量をコントロールするスケジュールも求められます。成長期の子どもであれば「練習やって食って寝る」ことで自然成長を促すことができますが、ベテランアスリートになればなるほどトレーニングの質と量、一般的能力と専門的能力の関係、疲労の回復やリハビリテーションなどをも視野に入れたいわゆる「ファンクショナルトレーニング(ボイル)」や「コンテクスチュアルトレーニング(ボッシュ)」などが重要になってくるのです。