2021年 3月 の投稿一覧

運動を続けても体重は減らない?

 継続的に運動(トレーニング)を実施している人の場合には、原則的にあまり体重変動はありません。運動実施の刺激によって筋量は維持されますが、食生活分析からは消費カロリー以上の食事内容は「余ったカロリーは中性脂肪へ!」という人類進化の原則(トップアスリートでも体重当たり2g以上の蛋白質摂取でも同じことが起こります)がありますので体脂肪の増加による体重の増加は避けたいとする食事行動をとるからです。
 アスリートにとっては、体重維持や体重増加は筋肉量の増加で、体重減少は体脂肪量を減らすことが重要で、体脂肪量の増加や筋肉量の減少では相対的に運動能力の低下をまねき、いわば「燃費の悪い車」になってしまいます。
 一方、それまであまり運動をしなかった人が、思い立ってトレーニングを始めると筋肥大が起こるのですが体脂肪は減少する可能性が高いので最初の数週間は体重自体はあまり変動しません(体脂肪率を継続的に測定することが重要です)。そして一定期間後は体脂肪の減少により体重が安定してきて、トレーニング(身体運動)が習慣化すると燃費の改善された「省エネな身体」に代わってきます。
 健康維持のために「何とかしなくては・・」と運動を開始すると、1時間のジョギングでおよそ500Kcalを消費します。そのことでそれまで蓄積するはずだった体脂肪換算50g分を消費することができるのですが、突然運動を開始したことにより食欲の変化(通常の生活パターンでは ”レプチン” という満腹ー空腹に関わるホルモンが主役となる)も発現しますのでやはり「継続的」に食事と運動と休養の生活習慣と行動改善をはかることが重要なようです。
 前述のポンツァー先生やロバーツ先生らの研究結果を考えても、私たちが獲得してきた「省エネな身体」は、運動実施によって体重が簡単に劇的に変動することはありえないようなので「摂取エネルギーの管理」が最も重要なようなのです。特に炭水化物摂取に関わる「グリセミック指数」は大変重要なようで、摂取後の「食欲」までもコントロールをしているようなのでアスリートにとっては30分後に次の試合がある場合と明日10:00から準決勝がある場合では食事摂取の内容が変わってくるように思います。また、トレーニング実施日と休養日、またケガなどで練習量が低下しているときでは食事内容を調整することが重要となってきます。
 
 

「省エネな身体」って何ですか?

 ニューヨーク市立大学の人類学者・ポンツァー先生は論文「運動のパラドクス なぜやせられないのか(別冊日経サイエンス:食と健康)」(2020)のなかで、200万年にわたる人類の狩猟採集活動に比べ農業は1万年前で近代的な都市や技術は数世代でしかないにも関わらず、現在のタンザニアのハッザ族の共同的な食料調達で、女性は採集活動、男性は狩りと追跡に多くのエネルギーを消費しているにもかかわらず同体格の欧米人とのエネルギー消費量にはほとんど差がないことを指摘しています。男性で2600Kcal、女性で1900Kcalとのデータであり、ハッザの人びとはエネルギー消費を抑えながら高い活動水準を維持している「省エネな身体」になっているらしいのです。細胞や臓器の維持のためのエネルギーが少ないことや運動実施により免疫系の炎症反応が抑えられていること、生殖ホルモンのレベルの下がることなどが原因と考えられ、動物実験でも日々の運動量を増やしてもエネルギー消費量に影響がなく組織修復も鈍くなることを指摘しています。つまり毎日のエネルギー消費を抑えて維持させるためのいくつかの戦略を進化させているようなのです。そして人類はエネルギー大食い人間であり「肥満が運動不足というよりも大食いの病であることを示している」と結論付けています。
 タフツ大学の栄養学のロバーツ先生らは論文「カロリー神話の落とし穴(前掲の別冊日経サイエンス)」のなかで、消費エネルギーについて「二重標識水法」という厳密な測定を行い、健康体重で標準身長の米国成人男性で2500Kcal、肥満でない成人女性で2000Kcalであることを報告し、米国人は1970年代と比べて毎日500Kcal摂取エネルギーが増加して肥満と体重過多を招いていることを指摘しています。そして身体活動で消費されるのは全エネルギーの1/3(活動代謝)で、他の2/3は安静時の基礎代謝であり、人体で最も多くエネルギーを消費するのは筋肉ではなく脳や心臓や腎臓などの臓器であることと加齢に伴い基礎代謝が減少してゆくことから、摂取カロリーの重要さと複雑さ(加熱や調理によって消化吸収の比率が変動する)を指摘します。また「グリセミック指数(GI)」という食物がどれほど速やかにグルコース(ブドウ糖)に変換されるかの指標が重要で、同じ400Kcalの食物摂取でも高GI食品では食欲が亢進して、その後1日のカロリー摂取量が60%も増加する傾向があることを示しています。
 どうやら私たちの身体は、トレーニングを継続しているとエネルギーの無駄遣いをしない方向に適応するらしく、活動量が増えても省エネ傾向が亢進しいわば「燃費の良い車」になってしまうようです。それ故に、運動をしない人でも習慣的に運動を継続している人であっても食事内容によるカロリー摂取が決定的な影響を与えるようなのです。

つまめる皮下脂肪は減らしにくい?

 メタボリックシンドロームの改善に関わって「内臓脂肪」は適切な運動の実施と食事管理によって減少させることが可能です。実は特定健診でのメタボリックシンドローム判定の重要性はこの「改善可能性がある」ことにあり、「特定保健指導」はこの改善可能な状態で重症化を防ぐことを目的としたものです。ところが「問題点を指摘されることが分かっていて嫌」なので指導を受けない人が多くなると重症化を防ぐことが困難となり、心疾患や肝機能や腎機能の不全という改善の困難な「慢性疾患」へと移行してしまいます。
 一方皮下脂肪の方は「断熱材」として身体を守ってくれますので安定していて、飢餓状態にならない限りは減少が始まりません。冒険家が遭難などによって食糧事情が悪化してくると、最初は筋グリコーゲンや肝グリコーゲンといった糖質をエネルギーに変えます。水分さえ補給できていれば、次いで内臓脂肪や筋のたんぱく質を分解してエネルギーをつくり出します。筋肉量が減るということは「基礎代謝」も低下しますのでサバイバルには有利です。そして最後に皮下脂肪の分解が始まり「骨と皮と委縮した筋肉」だけの状態に至ります。つまり通常の状態では、皮下脂肪が優先的にエネルギーに変換される(減る)ことは考えにくいのです。
 ところが上腕の力こぶ側(二頭筋)と二の腕側(三頭筋)の部位では何となく三頭筋側の皮下脂肪が多い気がします。同じように大腿を前後に良く動かす前面の四頭筋や後面の二頭筋の部位よりは太ももの内側の内転筋側の脂肪も多いような気がします。私は「競歩」のトレーニングをよくやるのですが、腹部での腰の捻りに関わる腹斜筋の部位の脂肪だけは少ないような気がします。つまり「頻繁に動かす筋」の部分の皮下脂肪は何となく少ないようなのです。これは、減量の実験での体脂肪厚の減少が部位によって異なること(よく動かすふくらはぎや上腕部は早くお腹や腰やお尻は最後になるらしい)ということとも関連しているのかもしれません。低周波電気刺激で筋収縮を誘発して特定部位の脂肪を減少させる・・と謳うEMS刺激法はこの理屈です。ただ筋収縮を繰り返すことはあくまでも筋への刺激なので本当にその付近の皮下脂肪が選択的に減るのかは何とも言えません。ただよく動かす部位の脂肪厚はもともとは少ないので筋収縮の反復効果はあるのかもしれません。
 また女子長距離選手の過剰な痩せ志向は、体脂肪率を低下させ12.5%以下になると三大主徴(FAT)と指摘される、①利用可能エネルギー不足(摂食障害や過食)、②視床下部性無月経、③骨粗しょう症(疲労骨折を誘発)、をまねき選手生命にもかかわる重大なトラブルを引き起こします。そして、スポーツ栄養学の鈴木志保子先生が指摘するような筋肉量と体脂肪の極端な減少から「何時も寒い」と感じたり基礎代謝量も低下した「超省エネな身体」となる危険性をはらんでいます。
 つまり「皮下脂肪」は私たちの身体の健康を守る意義を持っているので安定しており、逆説的に極端に減少させることは何らかのトラブルを招く可能性があるのです。「内臓脂肪」も過剰蓄積は不健康を招くのですが、全くなくなってしまうと持続的なエネルギー供給ができなくなります。これに極端な「低糖質ダイエット」による脳の糖質不足の低血糖症が加わると意識障害まで引き起こしてしまいます。何事も「過ぎたるは及ばざるがごとし」なのです。

「内臓脂肪」と「皮下脂肪」の違いは?

 世界で健康上のリスクとして肥満が問題となっています。肥満の判定には身長と体重から算出される体格指数(BMI)が有名で、体重(Kg)を身長(m)の二乗で割ったもので、日本肥満学会では18以下を痩せ、25以上を肥満と定義しています。しかし、骨格筋や内臓、骨や脂肪のすべてを含むものが「体重」なので体格指数だけでは正確な判定ができません。BMIは正常範囲なのに体脂肪が多い(≒筋肉が少ない)場合は「隠れ肥満」とされ、運動習慣の欠如と相まって高血圧や糖尿病などのいわゆる「基礎疾患」のリスクが高くなります。正確に判定するには「体脂肪量」の算出が必要となります。体脂肪量は、比重を利用した「水中体重法」、上腕と肩甲骨付近の皮下脂肪厚から換算する「皮脂厚法」、手や足の2か所から弱い電流を流して抵抗値の変化から換算する「インピーダンス法」、X線を利用したコンピューター断層撮影のCT法などから推定されます。
 体脂肪は、皮膚と筋肉の間にある「皮下脂肪」と内臓の腸間膜に蓄積するメタボリックシンドロームに関係する「内臓脂肪」から構成され、さらに筋肉には「筋細胞内脂肪(IMCL)」と「筋細胞外脂肪(EMCL)」があります。
 内臓脂肪はエネルギー源としての中性脂肪を蓄積し必要に応じて活動エネルギーをつくり出します。その一方で、内臓脂肪は様々な生理活性物質を分泌します。血圧を上昇させる「アンジオテンシノーゲン」や血液を固まりやすくさせる「パイワン」、インシュリンの抵抗性を下げ高血糖を誘発する「TNFアルファ」などはいわゆる基礎疾患リスクを高める「内臓脂肪の三悪人」ともいわれています。
 「筋細胞内脂肪」と「筋細胞外脂肪」はどちらも本来あるべきところにないので「異所脂肪」と呼ばれます。ただしIMCLは運動実施によって利用されるようなのですが、EMCLは筋肉の赤ちゃんである「筋衛星細胞」が筋収縮の頻度が足りないことから脂肪細胞に変性して「霜降り」や「たるみ」に関係しているようです。
 「皮下脂肪」は安定した「断熱材」「クッション材」であり、母体保護の意味もあって女性に多く、「内臓脂肪」はエネルギー供給源として男性に多い(更年期を過ぎた女性では蓄積のリスクが高まる)といわれており過剰蓄積はいわゆる「メタボリックシンドローム」を招きます。
 我々人類につながるご先祖様である190万年前のホモ・エレクトス段階からこの「体脂肪」とのお付き合いが始まったようです。食糧事情が不安定な狩猟採集生活では、ゆっくり移動するためのエネルギー源は内臓脂肪の中性脂肪が利用され、貴重な「糖質」は大型化した脳を維持するために回されました(全エネルギーの20%ほど)。ハーバード大学の生物人類学者であるランガム先生(2010年)は、ホモ・エレクトスの段階で体毛が減少して発汗による体温調節機能により「持久狩猟」が可能となったが、一方体毛の減少はサバンナでの夜の間の「体温維持」を困難としたために「断熱材としての皮下脂肪」を獲得したのではないか(特に子供の皮下脂肪は生存に重要)と指摘しています。これは「火の利用」が調理だけではなく「暖をとる」ことにも貢献しているとの仮説です。確かに他の類人猿の体脂肪率は数%~10%程度なのに私たちは20~25%の体脂肪率なのです。そしてこの頃の「体脂肪」は健康上のリスクを高めることはなかったと考えられています。(続く)