レースや試合中にペースダウンしたり失点が続くと「気分が乗らなく」なってきます。心理的な反応と考えがちで「気合」を入れれば乗り切れる(「気合」が入っていないからダメなんだ・・!)と対応するケースがありますが、運動生理学的には身体の反応を反映した気分の変化(モード)とも考えられます。
子どもは「糖動員性」といって活発に動くエネルギー源である「グリコーゲン」を肝臓から分解する能力が低いとされています。つまり「楽しく」なく「いやいや」やらされる運動ではエネルギー不足になりがちなので防衛反応として「気合」が入らなくなるのです。4時間目の体育の授業が終わり、休み時間と給食準備に向けて授業中よりも速くダッシュして教室に帰ってゆく小学生は「楽しい」から元気なのです。
グリコーゲン枯渇が近づくと大人でも元気がなくなります。筋グリコーゲンが減ってくると身体は肝グリコーゲンの分解と放出をはじめます。そしてさらに運動を継続していると肝グリコーゲンもなくなって「低血糖症」が起こります。いわゆる「ハンガーノックダウン」といわれる症状で「力が抜ける」「視野が狭い」「色彩感がない」などの自覚があります(当然気合もはいりません)。
フルマラソンでの「35Kmの壁」も低血糖症に類似していますので、レース前やレース中の糖質補給(グリコーゲンローディング)が重要です。トップ選手の「スペシャルドリンク」は水分補給だけでなくこの目的が重要なのです。
疲れた時の「甘いもの」で元気になるのは誰でもが経験していることですが、長時間のスポーツ活動中にあまりにも純度の高い糖質(ショ糖やブドウ糖など)を摂取すると、一時的に血糖値を上げてはくれるのですがその後「血糖-インシュリン反応」を誘発して低血糖症に類似した反応を引き起こします。果糖やGI値(グリセリン指数といっていわば糖質純度を示す)の低い食品を、運動開始前から少しづつ摂取することをお勧めします。これは「35Kmの壁」のグリコーゲン枯渇を緩やかにするために重要で「もうダメ」状態で摂取し始めてはすでに手遅れなのです(運動中の水分補給と同じ事)。
2020年 3月 の投稿一覧
「35Kmの壁」って本当ですか?
42.195Kmのフルマラソンでは、30Km過ぎから苦しくなり「35Kmの壁(Hit the Wall!)」で一気にペースダウンするケースが多々あります。かなりトレーニングを積んだランナーでも起こるので練習不足というわけでもないようです。「身体がダメだ!」といっている訳ですから当然「心もおれる!」のです。私もホノルルマラソンで3回、新潟マラソンで1回体験しています(想定外の出来事ですので心もめげます・・あ~完 ”走” できずに歩いてしまった・・)。
原因として考えられているのは「筋グリコーゲン枯渇」という現象で、そこそこの速度で走るための「ガス欠」が起きた・・ゆっくり歩くことはできるので・・と運動生理学的に説明されます。ただし、筋グリコーゲンが「ゼロ」になることは生体防衛反応としてはありえず、反復される高強度運動でも数10%程度しか減少していないことも指摘されています。
ゆっくりとしたランニングでは「遊離脂肪酸」も利用されています。こちらはいわば「ソーラーパネル」のようなもので ”トコトコ” と走り続けることができます。「歩かず完走」が目的であれば「グリコーゲン枯渇」が緩やかなスローペースを選択すればよいのですが、やはりその状態ではベストタイムが更新できないのでついついペースアップをして「35Kmの壁」に衝突してしまいます。
レース当日の身体と心の状態でのベストタイムを目指すためには、事前の練習を含めて「自分のストーリー」を描く必要があります。運動生理学的にはゴールである「42.195Kmが壁(グリコーゲン枯渇で速く走れなくなる)」になるのが理想です。ただし、最後の500m位は何とかなりますのでもう少し手前でもよいのかもしれません。刻々と変化する身体状況の把握には時計型心拍計の使用をお勧めしますが、事前にどの程度のペースが限界なのかを2時間走などで確認しておくことをお勧めします。ただ、うまくペース維持ができたとしても35Kmあたりから運動生理学的にキツくなってくるのは避けられませんので、「めげない自分」のメンタルリハーサルや「テーマミュージック」の設定も必要です。かつてホノルルマラソンで、間寛平さんが「俺もうボロボロです!」というランナーに「一緒や一緒や、みなボロボロや・・ほなイコカ~!」という印象的な映像がありました。沖縄の島言葉「なんくるないさ~」は、やるべきことをやったのだから「心配しなくても大丈夫、大丈夫!」なのだそうです。
筋力低下で「ひざ痛」「腰痛」?
筋力不足が正常な可動範囲を越えた「過伸展」を誘発してアキレス腱や筋付着部の痛みを生ずることはよく知られています。この際「炎症」や「腫れ」にまで至らない場合はスポーツ医学的には「安静」や「練習量の制限」などが推奨されます。
女性や高齢者のランナーで膝が痛い方では「筋トレ」で大腿前面の四頭筋を強化することで痛みが改善されることがあります。また、テーピングなどで筋の走行方向に沿って補強をしたり「機能タイツ」を着用して筋力低下に伴う可動域の過伸展を制限することで症状が改善されることがあります。
「腰痛」のメカニズムは大変複雑で、TV番組でも「認知行動療法」を応用して痛みへの恐怖から可動範囲を自己規制している方への「可動域回復」をはかる取り組み( ”痛みループ” からの解放)などが紹介されていました。
いわゆる「筋肉性腰痛症」は、腰椎の変形など整形外科的には異常がないレベルでの痛みでスポーツ愛好者を悩ませる「厄介者」です。
身体の構造上、背骨は骨盤の背中側1/4の位置にありますので、背筋と腹筋の筋力比は3:1となります。背筋力が相対的に低下してくると背骨が前弯していわゆる「猫背」になり顎が前方に出てバランスをとることで、背筋に対する負担は更に増大して腰椎下部の痛みを生じます( ”ギックリ腰” も同じメカニズム)。
そこで「姿勢改善」が重要な課題となります。モデルさんのように背骨が直立して颯爽と歩行していれば腰部に対する負担は軽減されます。かつてTVでの「スーパーモデルのウォーキング特集」で、埼玉県立大学の藤縄理先生が「猫背」が腰痛や肩こり、頸の痛みを誘発することを指摘されていました。
「ひざ痛」や「腰痛」は運動にかかわって発症しますが、実は「悪い姿勢」も大きなインパクトを持っているのです。「加齢性筋萎縮症(サルコペニア)」は筋力低下による姿勢と歩行機能の低下を招きますが、「ひざ痛」「腰痛」のリスクも同様に増大させているようです。
身体が硬くて動かすと痛いのですが?
「痛み」の背景には大変複雑なメカニズムがあるといわれています。「末端が痛い」といっても「痛覚」を認知するのは脳での「意識(ことば)」です。末端が強い刺激を受けた時には「防御反射」で刺激を受けた側を屈曲して反対側を伸展して刺激を回避する行動が生じ、その後「熱かった」「冷たかった」「痛かった」といった言葉でその後の対応を行います。また「閾値」といってどのレベルの刺激量から防御反射が生じて痛いと感ずるのか、予想外の刺激なのか予測された刺激なのかによっても反応は異なります。
運動との関係でいうと「関節の可動範囲」を越えて動かそうとすると痛みが生じます。つまり「動かさなければ痛くない」のですが、じっとして動かないでいるとコリのような痛みも生じます。本来私たちの身体の構造(骨と関節と筋肉、感覚神経と運動神経)は「動く」ようにできていますので「じっとしている」と不都合が生じます。また、特定の動きだけを反復していても身体の機能や構造の関係が「本来の多様性」を失い不都合(他の動きの可動域の制限による痛みの発生など)を引き起こします。これは犬や猫が目覚めるとストレッチングを行うことに象徴的です。
関節の可動域は、屈曲と伸展をつかさどる「拮抗筋」の長さで決まります。筋に緊張(トーヌス)が残っていて短縮気味だと可動域は狭くなりますし、収縮する距離も短いのでパワーが出ません(パワー=筋力✕収縮距離)。ストレッチングやマッサージを行うのは準備運動だけでなく運動後の筋緊張を低減させ関節可動域を回復させるためにも重要です。
動かしたときの「痛み」は、筋自体ではなく腱を介した骨との接合部で起こることが多いと思われます。アキレス腱痛や野球肩、テニス肘などはその典型で、炎症を起こしたり腫れたりして何らかの処置をしないと運動をすることが困難となります。原因の一つには「過伸展の反復」があるとされ、筋力がなかったり筋力低下があると可動域を「正常範囲に制限する」ことができなくなります。ジュニア用の運動用具が軽量に設定されているのはこのことと関連しています(これは筋力の低下してきたベテラン選手でも同じこと)。特に成長期の子どもは骨の縦方向への成長が大きいので炎症や「若木骨折」などを誘発する可能性が高いのです。(続く)