2018年 3月 の投稿一覧

「積極的休息(アクティブレスト)」ということ

同じ同じ動作を繰り返しているとパフォーマンスが低下してきます
この時に休憩をはさむのですが、ただ休んでいるのではなく「別の運動」を行うとパフォーマンスがより回復するという現象があります
これは1930年代に旧ソ連のセーチェノフ(パブロフの先生にあたるらしい)が提唱した「積極的休息(セーチェノフ現象ともいわれる?)」の概念です
図はクレストフニコフの「スポーツの生理学」(1978)で引用されたデータです

右腕での作業10分後に再び右腕を用いるよりは、左腕の作業をはさんだほうが回復状態が良いというデータです
クレストフニコフは「長い単調な運動は中枢神経系に疲労の増大をもたらし、運動感覚は失われる。運動を交替したり、諸運動の相互関係をよくみて、正しい一貫性のある運動を選択することにより、大脳皮質における運動能力の高い水準を確保することができる。」と述べています
これは、以前指摘した「筋の3×3システム」の図でいうと、「超瞬発系筋線維とハイパワー:クレアチンリン酸系の高出力システム」が「中枢性の抑制」を受けやすいということを意味しています
私たちの実験でも、筋疲労で筋電図の速筋系成分が減少するのですが、ストレッチングやアイシング、他の筋での作業を実施するということで、再び速筋系成分が回復することがわかっています
実は、「乳酸の再利用」のところでも指摘した「動作モードの変更によるパフォーマンスの維持」も、このメカニズムと類似したものではないかと考えています

ただ、この「積極的休息」の概念は、その後拡大解釈が拡がり「休息してまた同じことを続ける」よりも「他のことをやったほうが効率が良い」ということで、身体作業だけではなく精神作業にまで、あまり科学的根拠もなく拡大適用されてきているように思います
この概念はあくまでも「脳‐神経系」と「身体系」との枠組みの中で論じられる現象であって、科学的に見えそうな「こじつけ」の乱用は厳に慎むべきだと思うのです

脳が「疲れたことにしよう!」と・・

私たちの運動パフォーマンスが低下することは「疲労」という概念でとらえられます
そして疲労には、①「末梢性疲労」という筋肉レベルでの収縮力の低下(例えば筋グリコーゲンが枯渇するレース後半では脚が重く感じて動きにくくなる・・)と、②「中枢性疲労」という脳‐神経系が関与した筋収縮力の低下(興奮剤などを使用したドーピングは禁止されています)、があります
私たちの身体は脳-神経系が主導権を握って、筋肉などの身体系に命令をだしていると考えられていますが、最近は環境系と連動した身体系からの情報のフィードバックも重要であることがわかってきました(いわば「忖度」したり「抵抗」したり「是正」したりするようなもの?)

図は、矢部京之介先生の有名な「心理的限界」と「掛け声効果」に関するもので、300回指を動かし続けると黒丸のように筋力が低下してゆきまが、筋を直接電気刺激をすると筋力はほとんど低下していない(筋にはまだ収縮する能力が残っている)のです

つまり「生理的限界(末梢性疲労)」に先行する「心理的限界(中枢性疲労)」ということで、トレーニングにより両者の差を縮めてゆけばパフォーマンスは向上するということになります(実はこのメカニズムは「安全限界設定装置」として私たちの身体を守ってもいます)

これは「中枢性疲労(抑制)」の「脱抑制効果」といわれるメカニズムですが、では「中枢性抑制」をコントロールする何らかの方法はあるのではしょうか?

筋肉の収縮の特徴を電気的に記録した信号を「筋電図(EMG)」といいます
コンピュータを用いてこの信号の性質を解析すると、1秒間に90回ほど収縮する「速筋性活動成分」と40回ほど収縮する「遅筋性活動成分」が混在していることがわかります
そして筋収縮力が低下しているときは「速筋性成分」が減少していることが分かっています
この際に、ストレッチングやマッサージ、アイシングなどを行った後で同じ筋活動を行うと、何故か「速筋性成分」が復活してきます、つまり「脱抑制」がおこっているらしいのです(続く)

「動作モード」の変更で対応?

「太腿四頭筋」は膝を伸ばす主要な筋肉で、その中の「外側広筋」は最大の筋肉です。そして外側広筋は「遅筋線維」と2種類の「速筋線維」から構成され、股関節と膝関節をまたいで同じ個所で骨につながって協働して働いています。垂直跳などの瞬間的運動では速筋系線維が、長距離ランニングなどの持久的運動では遅筋系線維が「主として」活躍します(当然他の筋肉も同時に活動していますが・・)。

そしてその筋収縮のエネルギーを支えるのが3つのエネルギー供給系です。図のTypeⅠは遅筋系線維、TypeⅡaは速筋系線維、TypeⅡd/x(ヒト:ネズミではTypeⅡb)は超速筋系線維で、ATP-CPr系(ハイパワー系)、解糖系(ミドルパワー系)と有酸素系(ローパワー系)からなる「3×3システム」として協働して機能しています。

例えば変速機付きのロードバイクで長い坂道を時速25Kmを維持したまま登っていくケースを考えてください。重いギアで「グイグイ」と登ってゆくと、TypeⅡd/x線維とATP-PCr系だけに頼る「高出力システム」だけが駆動されて坂の途中で力尽きてしまいます。そこで、ギアを軽くして回転数(ケイデンス)を上げる必要があります。ギアを軽くすればペダルは軽くなりTypeⅡaの速筋系線維が参加できるようになります。さらに後半にはもっと回転数を上げれば遅筋系線維も参入できるかもしれません。そして「乳酸シャトル(八田)」を利用して筋グリゴーゲンや乳酸をエネルギーに変換しながら坂道を登りきることができます。

つまり「動作モード」を巧みに変更することができれば乳酸を活用することが可能となります。例えば10Kmロードレースで、ストライド任せでスピードを維持していけば破綻をきたしますので、あるところからストライドを抑えてピッチ走法に切り替えればベストタイムで走りきることが可能となります。ATP-CPr系の「バッテリー残量」と解糖系の「ガソリン残量」と有酸素系の「ソーラーチャージレベル」のメーターを眺めながら、パワードライブモードやエコドライブモードなどを巧に切替えて最速タイムでのゴールを目指すメカニズムなのです。

そしてどうやら100m走でも「オーバーストライドによるピッチの低下」が「結果としての速度低下」を引き起こしているようなのです。