2020年 12月 の投稿一覧

練習した能力は遺伝する?

 2020年放映のNHK特集「遺伝子」では「DNAスイッチ」が、現在の生活習慣を反映し、ついには「食欲」や「脂肪蓄積」のスイッチがONのままで受精により子どもに反映される・・という指摘がありましたが本当なのでしょうか?
 どうやら身体にとって不利益となる遺伝子の「メチル化」と呼ばれるDNAの二重らせんをクチャクチャにして遺伝子発現を抑制する「負の遺産」は、食事や運動などのコントロールで遺伝子レベルでも改善されるようです。オリーブオイルやナッツなどの「地中海食」によって脂肪生成や肥満や炎症の抑制に関わる遺伝子が変化するとのスペイン・ナバーラ大学のマルチネズ教授の研究が紹介されています(別の研究ではイギリス人では効果が低かったとの報告もあります)。デンマークでは「精子トレーニング」というタイトルで、男性が有酸素トレーニングを実施してメタボリックシンドローム傾向を改善して受精に備える運動プログラムが実施されており、運動実施にともなう脳由来神経成長因子(BDNGF)が記憶力のアップに関わっていることなども指摘されています。
 運動能力にかかわる遺伝子はいくつがが特定されています。筋線維の収縮特性に関連したACTN3遺伝子は有名ですが、他にも血管収縮に関与するACE遺伝子やエネルギー生産の主役ミトコンドリアの増加に関わるPGC-1αを発現する遺伝子などの運動能力遺伝子(持久的運動が不得意な人はこの遺伝子の増加傾向が低いので運動が楽しくない・・走るのなんか大嫌い!となる)の検査はビジネスレベルで広く利用(1万円程度)されています。
 ただ、これらの遺伝子は潜在的なものであり、またミトコンドリアのDNAは母系遺伝で男性のミトコンドリアDNAは受精の際に排除されます。つまりお母さんの持久的能力は子どもに伝わる可能性があるのですがお父さんのミトコンドリア増殖遺伝子は伝わらないようなのです。また、遺伝的には獲得していてもそれなりのトレーニングを行わなければ、瞬発的能力も持久的能力も開花することはなく「遺伝型(先天的)」と「表現型(後天的)」ともいう関係になります。
 トレーニングによって改善された能力は遺伝するのかどうかということでこの「DNAスイッチ」が注目されているのですが、アスリートのDNAスイッチはおそらく健康や運動に好ましい方向に調整されているので何とも言えません。実はゲノム編集により能力や性質を変えようとする「デザイナーベビー」や「遺伝子ドーピング」という可能性も現実のものとなってくるのかもしれないのです。

DNAスイッチ?

 私たちの全遺伝子(ゲノム)はデオキシリボ核酸(DNA)という形でアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という4つの塩基から二重らせん構造で構成されていることはよく知られています。2020年放映のNHK特集「人体 遺伝子」では、この塩基30億個から構成される全ゲノムのうち、からだを構成するタンパク質を生成する役割が明確ないわゆる「遺伝子」は2%程度で、他の98%の役割は従来はあまり良く知られていなかったことからタンパク質を生成しない ”非コード領域” とされ、”ジャンクDNA”と表現されていた時代もあったとしています。ところが最近の研究では、その98%のDNAがどうやら2%の遺伝子のコントローラーの役割を担っているらしいのです(ラザフォード、ゲノムが語る人類全史、文芸春秋、2017年)。放映ではこれら98%の中に様々な機能(健康や病気)や形態(身体つきや顔つき)に関係する「トレジャー(お宝?)DNA」があることを指摘しています。そしてこれらの遺伝子は受精に際して両親からのゲノム30億塩基のうち70個程の ”突然変異” が生じるとのアイスランドのdeCODE社のステファンソン教授の研究を紹介しています。遺伝子変異で生存に有利なものは淘汰圧となり私たちに貢献します。私たちホモサピエンスに2%ほど含まれているネアンデルタール人由来の遺伝子は、5万年にわたった世界拡散の中で寒冷環境への適応や免疫遺伝子への貢献があったとされています。
 さらにこの遺伝子の変異が「DNAスイッチ」ともいうべき役割を果たしていることを指摘し、生活習慣を反映した遺伝子変異が生ずるということ、更にそれらが「受精」に際してリセットされず、孫子の代にまで影響するといったスウェーデンのカロリンスカ研究所のビグレン教授の研究を紹介しています。これは北部の孤立した村の疫学研究の結果、祖父の代に「大豊作」を経験した子孫が心臓病や糖尿病を高い頻度で発症していること、さらにオーストリアのアデレード大学でのマウスを用いたシミュレーション実験での同様の結果を紹介しています。
 つまり98%に含まれる様々な遺伝子スイッチのONやOFFが、私たちの健康や様々な能力に影響を与えておりそれが受精に際して子どもに引き継がれる可能性があるというものです。故に私たちはいつも ”清く正しく” 生きないといけないのでしょうか?
 

 

タンパク質摂取で筋肉づくり?

 少し強めの筋トレをすると筋線維が少し損傷し、身体はそれを補修するためにトレ―ニング後のタンパク質代謝を亢進させます。このことから筋トレ後のタンパク質摂取(変換されてアミノ酸になる)が重要といわれています。ただし体重当たり2g以上のタンパク質摂取は、余剰タンパク質としてグリコーゲンや中性脂肪に変換され肥満を招くことと腎臓への負担となることが指摘されています。
 また摂取量が体重当たり0.5g以下の場合も食品タンパク質由来の血清アルブミン値の低下(4mg/dl以下)をまねき筋量減少や血管や免疫細胞のトラブルを引き起こします。特に運動をしない人でも体重当たり0.8g程度の摂取が推奨され、筋力トレーニングを継続している場合は体重当たり1.7g程度が上限とされています。つまり筋肉再生量に見合ったタンパク質摂取が重要なのです。
 タンパク質相当量は食品によって異なり、100gあたり豆腐で5g、魚や肉で20g、牛乳で3g程度です。ちなみにご飯も2.5g、ピーナッツは25gもあります。
 スピード持久力の要である筋グリコーゲン蓄積のための高炭水化物摂取の「グリコーゲンローディング」という方法は有名ですが、プロテインローディングというものはありえないので注意が必要です。また、いわゆる「アミノサプリ」はタンパク質をアミノ酸に変換するプロセスを省いているのでよりはやく吸収されるのですが、食品以外のサプリメントの摂取には配慮が必要です。
 一方同じアミノ酸でもBCAA(分岐鎖脂肪酸):「バリン」「ロイシン」「イソロイシン」はエネルギー供給系にかかわってくるので持久系運動でも運動中や運動終了後の摂取が進められていますし「顆粒状スティック」は携帯が可能なのでマラソン中の補給などに適しています。ただし、こちらも適切な糖質摂取との組み合わせが重要で、私もフルマラソンで使ったことがあるのですが30Km過ぎたあたりからは「ジュース」などの甘みのあるものが摂取したくなってきました。単一のサプリメントですべてをまかなうことは困難なようで、やはりバランスの取れた栄養摂取を心掛けることが必要なようです。 

PFCバランスって何ですか?

 私たちの食事の「5大栄養素」は皆さんご存知の通りです。このうちタンパク質(P)、脂質(F)、炭水化物(C:糖質と食物繊維)はからだを作る栄養素、そしてビタミンとミネラルはそれらを調整する栄養素と分類されています。
 例えばスポーツ活動で最も重要な「スピード持久力」は、糖質から作られる「筋グリコーゲン」がエネルギー源となりますが、その取り込みには原料である糖質とともにビタミンB2とアリシル(硫化アリル)、クエン酸(お酢)などが必要といわれています。
 PFCバランスとはこの食事に含まれる3大栄養素の比率のことで、「ファーストフード」「ジャンクフード」と表現される食事内容は脂質の割合が高くパフォーマンスや健康レベルを下げることはよく知られています。
 スポーツ栄養学で推奨されているのは糖質60~65%、脂質15%、タンパク質20~25%という「和食型バランス」です。
 健康障害が指摘されている極端な「糖質抜きダイエット」は、相対的に脂質の割合が高まるいわば「低カロリーファーストフード」化でありかつスピード持久力の原材料である糖質を制限するという点で、筋や血液のタンパク質分解を促進するという「本末転倒」の結果を招いてしまいます。また、主食と主菜のみの食事内容ではビタミンやミネラルの不足を招き、サプリメントで継ぎ接ぎするという問題が生じます。この点でトレーニングでのカロリー消費量に見合った「栄養フルコース型」のメニューが推奨されています。
 また、最近「腸内細菌叢」の役割の重要さも指摘されてきており、腸内細菌の「善玉菌」の餌:食物繊維質の多い海藻や野菜を含む和食の主菜や副菜の摂取が注目されています。この腸内細菌叢は「善玉菌」「日和見菌」「悪玉菌」から構成されていますが、その比率は食事内容や体調によって微妙に変化しているようで、脂質の多い食事をとり続けると「善玉菌」が減少して「日和見菌」が「悪玉菌」に味方をして体調を悪くするのではないかと指摘されています。慢性大腸炎などの恒常的な疾患に対する究極の「便移植療法(抗生物質で腸内をきれいにしてから他人の便を利用する)」も行われています。

パレオダイエットって何ですか?

 時々耳にする「パレオダイエット(Paleodiet)」とは、200万年前の旧石器時代の食事メニューで人類本来の健康を取り戻そう・・という意味なのですが内容はというと様々あるようです。「低糖質食」と混同されているようですが、パレオダイエットではパンやご飯は当時はなかったということから、芋や果実などの糖質を推奨しています。そして旧石器時代ですので基本は狩猟採集生活・・朝日で目覚めて10~15Kmほど歩き回り早く寝る・・という「清く正しい生活」が求められます。
 2020年、NHKで「食の起源」という特集が組まれました。「ご飯」「塩」「脂」「酒」「美食」というトピックスを進化の歴史から探るというもので、「ご飯」の特集では「低糖質ダイエット」の危険性が指摘されました。200万年前の「ホモ・エレクトス」段階からの脳の大型化は、狩猟で恒常的に獲得した肉などのタンパク質摂取量の増加がもたらしたという従来の考えに対して、火の発見による「加熱調理」により根茎や芋や果実の炭水化物が「糖質」に変化し脳の神経細胞にエネルギーを大量に供給できるようになったことが原因であるとの見解を紹介しています。確かに脳は「糖質(時には乳酸)」しか利用できずタンパク質や脂質からエネルギーを得ることはできないのです。また、8000年ほど前からの恒常的な穀物生産(農業革命)に伴い身体や脳の若干の小型化と炭水化物の消化(糖質化)にかかわる「アミラーゼ遺伝子」を獲得したことも指摘されています(遊牧民は乳糖分解の「ラクターゼ遺伝子」を獲得したので大人になっても乳製品を消化できる)。アミラーゼは炭水化物をすみやかに糖に分解し「甘さ」を感じるのでインシュリン分泌が改善され高血糖症を予防する可能性が指摘され、低炭水化物食の人たちは心臓血管系の疾病発症リスクが高いことも指摘されていました。つまり進化のプロセスで私たちは食べ物に関する遺伝的適応(有利な遺伝子を持った子孫が生き残る淘汰圧があった)を果たしたようで、その意味では旧石器時代のままではないようなのですが、「塩」「脂」「酒」などの過剰摂取の誘惑は現代の我々の健康に影を落としていることも事実です。(続く)