2021年 8月 の投稿一覧

「筋トレ」は何のための筋力アップ?

 レジスタンストレーニング(いわゆる筋トレ)は「筋出力アップによるパフォーマンス改善」を課題としています。ところが私たちの身体は大変複雑にできていて「パフォーマンス」はあくまでも「相対的」かつ「総体的」に決定されるようなのです。
 脚伸展力は主として大腿前面の大腿四頭筋が活動しますが、大腿四頭筋は膝関節には「伸展」作用をしますが股関節では「屈曲」作用をします。大腿裏側のハムストリングスは、膝関節には「屈曲」作用をし股関節には「伸展」作用をします。そして、あるタイミングでは適度に共同性に収縮して膝関節を「固定」してバネを生み出します。
 ですから大腿四頭筋の筋力トレーニングはどの様な動きを目的としてどのような方法(負荷と速度)で実施するのかが重要となってきます。
 100m走のような一見単純な課題であっても、「スタート」「加速」「等速維持」「失速回避」という全体の戦略が重要です。実は20世紀の戦略は、60mまでに得られたトップスピードをそれ以降いかに維持するのかという風に理解されていたのですが、どうやらそれではベストタイムが狙えないようなのです。21世紀の100m戦略は70mまで自分の最高速度を出さず(出してしまうのと最後まで持たない)そのまま低下を防ぐ方が結果として最速タイムが出るようなのです。北京の五輪で9秒58の世界新記録で走ったウサイン・ボルト選手の速度曲線を見ると、70mまでで得られた速度の低下を最小限に抑えながらゴールしたようです。つまり後半のランンングスキルは如何に速度低下を防ぐのかが重要な課題となり、筋力は速度低下を防ぐランニングスキルを維持するために発揮されます。100mはスタート競争でも50m競争でもないので最後にベスト記録を残すというのが本来の課題です。
 トップクラスのコーチングをされている方はこのことを良く理解されているのですが、「科学的経験論(それなりに勉強をされていてかつご自身の成功体験を持っている?)」に陥りがちな方には全体の戦略やバランスにも注意を払っていただきたいのです。スタートで先行することは決して悪いことではないのですが、それを中心課題とするトレーニングメニューだけでは最速タイムは望めないのかもしれません。自分の武器は ”スタートダッシュ” だ・・といってもその武器を使ってしまったが故に ”最速タイム” が出ない可能性も否定はできないのです。
 私たちの研究では、100mを10秒台で走るスプリンターが同一タイムで走っても、日によって疾走速度とストライドとの相関が高いケースもあればピッチとの相関が高いケースもあります。これはその日の身体状況に応じて戦略を変えているようなのです(いわゆる「適応制御」のようなものと考えています)。
 短距離選手でも長距離選手でも、跳躍選手でも投てき選手でも「体幹トレーニングの重要性」は指摘されていますがそれをどのように実践してゆくかは選手とコーチの経験と決断にゆだねられているといってもよいのです。
 実は「本当に普遍的で確実なトレーニング方法」は存在しないようで、選手個別にフィットさせなくてはいけないようなので、身体状況やパフォーマンスをモニターしながらトレーニング内容を再検討していく必要があるようです。

”キネティック・チェーン” って何ですか?

 私たちの身体は、上肢や上肢帯(肩甲骨と鎖骨)、体幹と骨盤、下肢などのセグメントといわれるもので構成されて「全身運動」を実現します。そしてこのセグメントをうまく連動させて動かすことで効果的に力を発揮することができます。カンガルーの連続ジャンプは、接地の直前にふくらはぎの腓腹筋を収縮させてアキレス腱を引き延ばし接地エネルギーをアキレス腱に蓄積させその反動で連続ジャンプを行います。腓腹筋の収縮力でジャンプをしているわけではなく、足首の関節を固定してアキレス腱を伸長させることによって大きな連続跳躍力を発揮しているのです。
 実は垂直跳や立幅跳という「ピストン型」のジャンプと足関節と膝関節を固定した「スイング(起こし回転)型」のジャンプとは異なるので、接地時間を短くした ”プライオメトリクス・トレーニング” が有効とされています。
 ボート競技でのローイングでは、先ず膝関節を伸ばして座椅子を移動し次いで体幹を後屈させ最後に腕でオールを漕ぐという3段階を連結して力を発揮をします。このような身体セグメントの連続的な使い方を”キネティック・チェーン”といいます。またこの際、セグメント同士の固定や解放のタイミングが重要で、下肢や体幹の動作がまだ主要な段階なのに焦ってオールを引くタイミングを早めてしまうと上手く力が伝わらないのです。
 体幹トレーニングの重要性は、このセグメント同士の連結と解放の関係性(タイミングや力の強弱)を改善することが重要なので様々なメニューとその目的を理解したうえで実施することが重要です。先日、NHK:ランスマで紹介された東京国際大学駅伝チームのトレーニングも、13種類の体幹トレーニングや20種類の動きづくりメニュー、その他の様々なドリルもその狙いと効果を意識して実施することの重要性が指摘されていました。
 トレーニングの効果を確認するにはビデオ画像を用いることが効果的です。最近のデジタルカメラでは、1/30秒だけではなく、1/120秒や1/1000秒などの高速度再生(スローモーション化)ができるものがあります。また、身体にセットする「ウェアラブル・センサー」も開発されています。ランニング用ではC社とA社が共同開発した9軸加速度センサー(腰部装着型)が、前後動・上下動・左右動・左右回転・前後傾などから接地時間や接地衝撃、減速量と関節の硬さなどのデータを表示しランニングの特徴を示してくれます。疾走速度や疾走動作を意図的に変えるとそれぞれのデータが変化するのが分かります。また歩行解析用のシステムも市販されていますので、自分の動作の情報を得ることができればトレーニングの効果を確認することも可能になります。スポーツ科学者にでもなった気分でチャレンジしてみるのも楽しいと思います。

「体幹トレーニング」は「動きとの連動」が前提?

 ここ数年「体幹(コア)トレーニング」の重要性が指摘され、様々なトレーニング法(コアトレーニング、スタビライゼーション、ファンクショナルエクササイズなど)や器具(バランスボールやストレッチポールなど)が紹介されています。
 ところで、何故「上肢」や「下肢」ではなく「体幹トレーニング」なのでしょうか?
 私たちの身体は骨と骨が関節を介して繋がって、複数の関節をまたいだ筋肉が連動して収縮し必要な「動き」を生みだします。そして全身の関節の「動きの自由度」が大変高くなっていますので、マリオネットのようにバラバラと動かないようにある程度のまとまりを持った「セグメント(上肢とか上肢帯、体幹+骨盤や下肢など)構造」を必要としています。
 このセグメントは骨や筋肉の形状や重量によって「動かない人体」での「重心」というものが計算されます。ところが現実に運動を行うと姿勢が変わりますので「合成重心」として計算される重心位置が刻々と変動します。疾走動作のような比較的単純と思われる運動でも動作や姿勢によってこの重心位置が変動しますのでキックで得た力を身体の推進力に変換するため、下肢の状態や骨盤の位置と体幹の姿勢などの「位置調節」をして効率的に疾走速度に変換する必要があります。
 この時にお臍の下あたりにあると想定され、キック力を受け取る重心が不安定だと「ロス」が生ずると考えられ、「体幹」を鍛えて重心がフラフラしないようにする方が良い・・というロジックで「体幹トレーニング」が必要ということになるようです。
 ところが合成重心は刻々と変動するので「ガチっと固めて」いては対応できないという矛盾が生じます。つまり体幹の安定性は「動的安定性」なのであって、その改善には工夫が必要です。様々な規格のバランスボールは不安定な状況下での姿勢をコントロールする能力を改善するものと考えられています。
 バーベルなどのフリーウェイトでの筋力トレーニングでは、「RM」という何回連続して挙上できる重量かが重要な指標となります。ところが1RM(1回しか上げられない最大重量)では「全力」が求められるのですがスポーツの動作としての「全速」にはなり難いのです。
 私たちの身体の構造上、最大筋力を発揮すると付随して他の筋(拮抗する筋や協働する筋)の活動も誘発しますので、関節周りでは余分な筋緊張が生じて「全速」を阻害します。ですからパワーアップのためのトレーニングでは3RMとか10RMが用いられます。つまり「全力」≠「全速」なのです。また発揮筋力と収縮速度の関係からも最大筋力の3分の1の際が「最大パワー」が得られることも知られています。
 ですから「体幹トレーニング」では、様々な条件下で自分の求める動きとの連動を図るエクササイズを工夫する必要があります。因みに「コアマッスル」と定義される筋群は、腰椎と大腿骨を結ぶ「大腰筋と小腰筋」及び骨盤(腸骨)と大腿骨を結ぶ「腸骨筋」でいずれも股関節で大腿を前方に屈曲する筋群です。(続く)