2019年 9月 の投稿一覧

”筋膜リリース”って何ですか?

 時々テレビやネットで”筋膜リリース”が話題になります。
 整形外科や接骨院でも治療や施術をしてくれますし、専用の器具(でこぼこのあるパイプやマッサージ機)もネット上で市販されています。
 筋膜は、筋線維の集合体である全身のそれぞれの筋を束ねて区分している強靭なコラーゲンの「結合組織(サラミソーセージの外側のセロハンみたいなものをイメージしてください)」です。
 この筋膜が”シワシワ”したり隣の筋膜と癒着したようになっていると、筋の動きが悪くなるのでコリがでたり可動範囲が狭くなったりする・・ということで、その”シワシワ”や癒着を解消しようというのが治療の原理です。
 TVでは生理食塩水などの該当部位への注射が紹介されますが、生体侵襲なのでお医者さんしか措置ができません。そこで、ストレッチングや器具を使って様々な方法でトライすることとなります。
 毎日動かしている上腕二頭筋(力こぶ)などで筋膜の癒着が起きたという話はあまり聞きません。長時間のデスクワークやスマホの使用により同じ姿勢を続けていると肩(僧帽筋)や背中(広背筋)などで発症するようです。ラケットスポーツではあんなに激しく使用しても「肩こり」が起こらない・・筋肉痛は起こりますが・・のはよく動かしているからです。
 ただ、「痛みを感じる(痛覚)」というのは大変に複雑な現象で、損傷した部位を保護して回復をはかるために炎症や痛みが生じますが、局所麻酔や鎮痛剤などでは痛みをあまり感じなくなります(ただし運動感覚も”あやふや”になるので高度なテクニックは発揮できません)。また「こり」と「痛み」はメカニズムが異なり、その時点での可動範囲を超えて動かそうとすると痛みが生じます。
 ストレッチングは筋の緊張による短縮(こり:残存トーヌスといわれます)をゆっくりとした伸展で刺激を与えたり、拮抗筋を利用して反対方向に収縮させること(PNF:固有受容性神経筋促通法といいます)でこの短縮を改善する方法です。何らかの方法で「動かす」ことを持続して適度な刺激を与えていれば筋の残存トーヌスを軽減したり、筋膜の癒着を改善したりすることは可能なようです。特に可動範囲や筋緊張の「左右差」の改善は、スポーツ障害の予防にとって重要です(続く)。

裸足のランニングは?

 ケニア人ランナーの「フォアフット接地」に関連して、子どもの頃から裸足で走り回っているので「深部足底屈筋群」が発達してそのような走り方を可能としていることが指摘されています。この筋は足底の縦横アーチを形成して「バネ」を生み出します。一方ふくらはぎの「腓腹筋」は足首を伸ばすことで力を生み出しその場ジャンプやダッシュ力に貢献しますが、疾走速度が高いとエネルギーが大きくなるので貢献(関与)しにくくなってきます。これは、疾走速度が増大するにつれて、推進力を生み出す主役が「足首」⇒「膝」⇒「股関節」へと移ってゆくからです。
 ランニングシューズには「衝撃吸収性」と「反発性」という矛盾した性能が求められます。あまりに柔らかいとショックは緩衝してくれるのですが反発性がありません。ベアフット(裸足)シューズといわれるヒールもソールも薄いタイプでは、反発性はあるのですが衝撃吸収性がないため、「踵接地」は改善されるのですが脚へのショック(ストレス)が増加してランニング障害を誘発することがあります。
 また、シューズの重さが増えるとエネルギー消費量が増加し、長時間走っていると後半疲労感が生じます。かといってあまりにも軽いシューズ(かつては片足100g以下の製品もあった)では、接地衝撃の吸収(緩衝)にも筋力を使ってしまいます。ですからシューズメーカーは、この矛盾を解決しようと軽いが衝撃吸収性がありかつある程度の反発力のある素材(クッション材)の開発に力を入れています。
 裸足やベアフットシューズでのランニングは、踵接地をすると衝撃が大きいので自然とフォアフット(フラット)接地になるのですが、この衝撃の緩衝に使われる筋力発揮(膝関節の動きで前面の大腿四頭筋が対応する)をいかに軽減できるのかがポイントとなります。
 原理は実に簡単で「ストライド(歩幅)を狭くする」のです。ストライドが狭ければ滞空時間が短いので接地エネルギー衝撃は少なくなりますので緩衝エネルギーも軽減されます。また、接地位置もブレーキのかかる前方から、腰の下に近くなります。ただし、ストライドを狭くするとスピードが落ちますので回転数(ピッチ)を上げる必要性が出てきます。実は、”疾走速度=ストライド長✕ピッチ”という関係は、短距離スプリントであっても長距離ランニングであっても同様で、「ピッチアップ」こそがスピード持久力改善のポイントのようなのです。そして、接地衝撃の軽減が可能となるのでランニング障害の発症予防にも貢献する可能性があるのです。

”フォアフット接地”て何ですか?

 マラソン男子で日本記録を更新した大迫傑選手に関わって「フォアフット接地(着地)」が注目されています。これは、ケニア人ランナーの強さの秘密にかかわって、最大酸素摂取量という持久力の指標はほぼ同じなのに「ランニング効率(いわば燃費)」が大きく異なることとの関連から関心を集めている要因の一つです。リフトバレーという高地環境での生活、子どもの頃からの生活習慣、プロポーション(特に下腿の長さと細さ)、フォアフット接地に代表されるランニングスキル、ハングリー精神などなど様々な仮説が検討されていますが結論は得られていません。遺伝的要因から考えれば、同じケニア人(カレン人族)でも世界トップクラスの選手もいれば日本人より遅い選手もいます。このことはエチオピア人ランナーのオモロ族やジャマイカ人スプリンターでも同様です。
 ですから「速い選手」は何が異なっているのかを解明することが第一義的問題です。そして、ではその違いは「生活経験やトレーニングによって改善されるのか」あるいは「遺伝的に決定されていることなので不可能なのか」という研究が必要となってきます。
 「フォアフット接地」は、踵から接地する「リアフット接地」に比べて幾つかの優れた点があることが指摘されています。一つは、裸足に近い感覚で接地するので「接地衝撃が少ない」ということです。もう一つはリアフット接地では前方で接地して踵がブレーキをかけ、その減速した分を取り返そうとエネルギーを無駄遣いするので下腿の筋への負担が大きくなるのではないか、という点です。ただし、フォアフット接地といっても「つま先走り」ではなく、踵もほぼ同時に接地していますのでかつては「フラット接地」とも表現されていました。
 また、ケニア人ランナーの細くて長い下腿の形状は、エネルギー消費が少なく前方に振り出しても戻ってきやすい(より重心に近い位置に接地できる)という特徴も指摘されています。
 この下腿の形状だけはトレーニングでは変更しにくいのですが、意識的にランニング動作を変更することができれば改善効果は得られます。足首の屈曲や伸展による無駄な動きを制限すればふくらはぎの腓腹筋の肥大は起こりません。スタートダッシュのような足首の動きを日常的に制限することに努めれば、下腿の形状の変容が起こる可能性があるのです。ただし、瞬間的なダッシュ力は犠牲にしなくてはなりません。
 実は短距離スプリントでは、スタートダッシュでは足首や膝関節の伸展が必要なのですが、30m以降の最高スピード区間では、足首や膝関節を固定して使わない方がより効率的であることが解明されてきています。(続く)