2023年 10月 の投稿一覧

「出来合いのもの」で対応する・・転移?

 「模倣」ではなく「転移」と指摘される現象もあります。そもそも私たちの身体は骨や関節や筋肉はほぼ同じ(たまに骨や筋肉が退化している人もいる)ですので、プロポーションやパワーの違いはあるもののほぼ似たように動きます。
 例えばテニスをずっとやっていた人が初めてバドミントンをやってみる(私はそうでした)と、最初はテニスの「サービス」や「スマッシュ」の動作で対応します。バドミントンのラケットはテニスに比べて軽い(300gと80g)ので操作はし易いのですが「何か変?」です。そのうち「動作の変容(適応?)」が起こりバトミントンのラケットやシャトルの特性に合わせて何とか打てるようになります。現在のラケットは前後左右の「撓り」だけではなく「ねじれ」にも対応していますので「バックハンドのハイクリア」で瞬間的にラケットヘッドを「捻る」というテクニックも存在します。これはテニスラケットではできないテクニックなので「新たに習得」する必要があります。
 私が授業でバドミントン部員と試合をしていたら「先生のコースなんか変です!」と言われました。どうやらテニスの配球のセンスでバドミントンをやっていたようなのです。そういえば卓球選手(ペンホルダーの速攻タイプやシェイクハンドのカットマン)やソフトテニス選手のバドミントンも「なんか変!」でした。
 これは私の仮説の一つである「動作パターン浮動(MPD)」(運動野-小脳-視床-大脳基底核でのループ制御)とも関係しているのかもしれません。大脳の神経細胞(ニューロン)が160億個ほどであるのに対して小脳は690億個あるとされ多様な「動作補正」を支えています。そして「これだ!」という補正を大脳基底核が視床を介してONにする(脱抑制といいます)メカニズムです。更にその補正が「予測通りうまく行く(補修予測誤差ゼロ)」と「中脳」から報酬に関わるドーパミンが大脳基底核線条体に放出され「強化学習」が進んでゆくようです。
 当初は「出来合いのパーツ」を使って処理していくうちに「バージョンアップ」が進んでゆくようですが、では元々の「ピュアなスイング」はどうなってしまったのでしょうか。大学院の授業で、野球の投手とこの話をしていたら「スライダーを覚えたら今までのピュアなカーブが投げられなくなりました!」とのコメントがありました。

「見よう見真似で・・」何とかできる?

 私たちが、自分の経験したことのない運動をやってみようとするときは一体どうやって実行しているのでしょうか?
 1990年代にイタリアのリゾラッティ先生らが発見した「ミラーニューロン」という脳の運動前野というところにある神経細胞があります。これは実験でサル自身が運動を実行する(目の前の餌をとって食べる)ときとサルの目前で実験者が食べ物(偶然ジェラードだったらしい)を食べるときのどちらにも反応する神経細胞で、見えた行為の方向や実験者の手の動きに影響されているようなのです(リゾラッティとシニガリア、ミラーニューロン、紀伊国屋書店、2023年)。
 これは俗称「真似っこニューロン」と呼ばれているもので動物や人間の「模倣行動」に関係しているようで、子どもが物真似をしながら様々な行動を学習してゆく基礎とも考えられていますす。そして模倣にも段階があるようで、腕などの形を真似る階層から目標達成の動作レベルでの階層、そして動作の目標を模倣するという階層を経過するようなのです。
 バドミントンに例えれば、ラケットの構え方や動かし方の模倣から、ハイクリアの動作の模倣を経て目標である相手コートに深く打ち返す、という段階を経るようです。
 更に運動を模倣するだけではなく「予測」を含めて運動を要素に分解し、他の類似の運動とも区別ができてその運動が実行できるようになるようです(松波謙一、運動と脳、サイエンス社、2000年)。また、予想と結果の「ズレ」が少ないことは「報酬予測誤差ゼロ」という中脳からのドーパミン作動性の「報酬系」を活動させいわゆる「強化学習」を成立させてもいるようです(木村實、大脳基底核、NAP、2000年)。
 まさに山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、 させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ。」というお話を思い出しました。
 実は人類進化のプロセスで、狩猟活動を行っていた170万年ほど前のホモ・エレクトス段階でのヤリや石器の製作や訓練として行う投擲動作の反復などでもこの「ミラーニューロン」が関与して「強化学習」が背景にあったことも推察(妄想?)されます。祭祀での祈りや踊りもこの「模倣」が背景にあったとすれば宗教的行動や文化的行動や「遊び」の発生にも関連しているのかもしれません。 

クロス・トレーニングって何ですか?

「自分の専門以外のトレーニングを行うこと」がクロス・トレーニングの定義です。同一のトレーニングを反復していると使用部位や動作が偏ってしまい、他の部位や動作とのアンバランスが生ずることやスポーツ障害の発生などの弊害を防ぐことができるとの理由です(横浜市スポーツ医科学センター編、スポーツトレーニングの基礎理論、西東社、2016年)。では、球技同士のような組み合わせや全く異なる動きが特徴の種目(水泳長距離などの持久的なものとボールゲームなどのスキル系のもの)の組み合わせの場合はどうなのでしょうか?
例えば、週5日間の専門的トレーニング+1日の完全休養日+1日の専門外トレーニングといった組み合わせが推奨されていますが、外国の選手はシーズン制に応じて複数の種目に取り組んでいるのに対して日本選手は1年中同じ種目のトレーニングを行っていることも指摘されています。
サッカーコーチの植田文也さんは、著書のなかで、いわゆる「1万時間の法則」や「早期専門化」の弊害を指摘し、「早期多様化:アスレチック・スキルズ・モデル(ASM)」のマルチポーツ実践の優位性を主張します。オランダのウォームハウトの研究例から、サッカーのヨハン・クライフは野球を、バスケットボールのマイケル・ジョーダンも野球を、テニスのロジャー・フェデラーはサッカーやスキーや卓球を、スプリンターのウサイン・ボルトはサッカーやクリケットを実施していたことを紹介しています。そして本人たちの「若い頃多様なスポーツ経験をしたことが現在のプレーに役立っている」とのコメントを紹介しています(植田文也、エコロジカル・アプローチ、ソルメディア、2023年)。
実は単純な動作の反復と思われがちな陸上競技のハードル競技であっても、それぞれの時点で「最適なハードリング」が存在します。400mH日本記録保持者の為末大さんは、ハードリングが上手な選手は1台毎に最適な動きをしていて「子どもの頃に河原で石から石へ跳び移る遊びなどを経験していたことが多い」との興味深いコメントを残しています(NHK、ヒューマニエンス 遊び、2023年放映)。
スポーツパフォーマンスを支える「結果の正確性」とそれを保証するための「動作の冗長性」という矛盾した課題を達成するためには長期にわたるトレーニングが必要で、まさに「全面性」と「個別性」、「漸進性」と「反復性」、「意識性」と「感覚性」という原則を「過負荷の原理」に従って継続してゆくことが必要なのだと思います。