2024年 4月 の投稿一覧

「サプリメント」の使用効果はあるのですか?

・ドーピングと関わり問題になるのが「サプリメント」の使用です。国際オリンピック委員会(IOC)の報告では、サプリメントの15%ほど(無作為に抽出された94/634個)にドーピング禁止物質が検出されたことが指摘されています。スポーツ栄養学の鈴木志保子先生は、サプリメント使用について、①活動量が高く食事だけでは十分に栄養を補給できない、②消化吸収の時間が取れない、③偏食である、④減量のために食事制限をしている、⑤内臓が弱っている、⑥食欲がない、⑦特定の栄養素を摂取しなくてはいけない、⑧菜食主義者である、などの理由を挙げています(鈴木志保子、スポーツ栄養学、日本文芸社、」2018年)。過労や疾病罹患などの問題が存在しなければ、基本的にはバランスのとれた通常の食事内容から栄養素を摂取することが望ましいとされています。
・食事内容におけるタンパク質と脂質と炭水化物(糖質)の比率(PFCバランス)の重要性も指摘されており、和食型(2500Kcal)の15:20:60が理想とされています。しかし、運動強度の高い競技種目では1日5000Kcalを越えるエネルギー摂取が求められます。この点で、炭水化物(糖質)やタンパク質はエネルギー量が1g4Kcal程度ですので相対的に脂質(1g9Kcal)の摂取量が増加してきます。また「糖質制限ダイエット」では相対的に糖質の摂取量の少ない「低カロリージャンクフード」となってしまい、摂取カロリー不足分を筋肉や血液などの分解によって補ってしまうこととなりアスリートにとってはパフォーマンス低下を招いてしまします。
・今問題となっている「機能性表示食品(2015年から認可)」は、消費者庁が厳密なエビデンスにもとづいて認可する「特定健用保健食品(トクホ)」とは異なり、事業者が責任をもつ「届出制」であることが特徴です。その意味では「サプリメント」とも類似していますが、サプリメントの場合はまさに「玉石混交」の状況となっています。私たちが行った新潟県のジュニアスポーツ選手を対象にした調査では、「朝食抜き」などの不規則な食事習慣であるにもかかわらず安易にサプリメントを摂取している実態(指導者からの情報もある)が明らかとなりました。
・「サプリメント」は決して「魔法の薬」ではありませんしドーピングのリスクも含んでいます。また日本陸上競技連盟は、2015年に長距離選手への安易な「鉄材注射」を禁止しました。貧血の改善には有効であっても、短絡的に持久力アップに有効ではなく、また急性や慢性の「鉄中毒症」をまねく危険性があるのです。その意味で、安易なサプリメント摂取ではなく、日常のしっかりとした食事習慣と練習計画こそが重要なのです。

 

運動をしても痩せない・・!

 現代のストレスと運動不足の常態化する社会環境では、人類史的に形成されてきた私たちの身体との「不適合」を起こしていわゆる「基礎疾患」を蔓延させます。ハーバード大学のリーバーマン先生は「ミスマッチ病」としての「非感染性」の49の症例を指摘しています。
 そこで悪化した健康指標の改善(健康づくり)を図るために、「運動-栄養-休養」のライフスタイルの見直しが推奨されるのですが、ライフスタイルの改善はいわば「価値観の転換」が必要でアルコールや薬物の依存症の治療とも共通する困難さが存在しています。例えば毎日の摂取カロリーVs消費カロリーの不等式で150キロカロリーオーバーのケース(例えばご飯一杯とかココア一杯程度)で非活動的な生活を継続すると、1年間で脂肪6Kg相当(1.7g×365日)が増加することとなります。
 ですからいわば「今までのライフスタイルを断ち切る」ような「糖質制限ダイエット」のように糖質摂取を ”めのかたき” のように拒否する不健康な方法が横行することとなります。栄養学的にはタンパク質と脂質と糖質の「PFCバランス」を崩した「低カロリージャンクフード」となってしまいます。また脳は糖質(と乳酸)しか利用できないので低血糖症による脳機能低下や筋収縮でのエネルギー源である「筋グリコーゲン不足」による行動能力低下を招いてしまいます(アスリートは絶対にやってはいけません!)。
 では単純に「運動をすればよいのか?」というと事情は少し複雑となります。デューク大学のポンツァー先生は、狩猟採集民であるアフリカのハッザ族の人も欧米の先進国の人も一日の消費カロリーに大きな差はないという「制限的日次エネルギー消費モデル」を示します(H.ポンツァー:小巻靖子訳、運動しても痩せないのはなぜか、草思社、2022年)。どうやら私たちの身体は「単純な機械」としては動いていないようで、行動パターンや消化吸収機能や身体組織維持・再生プロセスなどを変容させながら「適応」しているようなのです。個人的な経験ですが、私はこの4年間で、月200Kmほど走り三食食べてビールも毎日飲んでいますが、ほぼ6か月周期で年間53~56Kgの体重変動を繰り返しています。

「運動でのエネルギー消費」はひとそれぞれ?

・週末のテニスや野球は「心のリフレッシュ」にとって必要(やめられない)なものなのですが、それだけではメタボリック・シンドロームなどの「基礎疾患」を防ぐことはできないようです。単純に考えると、365日の ”基礎代謝+活動代謝” という「消費カロリー」と食事で摂取される「摂取カロリー」とのバランスで増量や減量は決まるのですが、日常の「生活習慣」としての私たちの年間を通しての行動パターンは意外と意識されていないようです。
・例えば、健康づくりの基準とされる週3~4回20分のランニングをしていても、仕事や家で毎日13時間座っていれば、睡眠時間を除いた残り3~4時間を「どう過ごしていたのか」が問題となりますし、食事などでの摂取カロリーとの関係も問題となります(例えば毎日300Kcalのカロリー消費の余剰があれば33g×365日で年間体脂肪12Kg相当の増加)。米・メイヨークリニックのレヴァイン先生は、同じ体格の人であっても、日常の生活パターンで1日の消費カロリーが2000Kcalも異なること(NEAT:非運動性活動熱生産の動態)を指摘しています。
・ところがデューク大学の人類進化学のポンツァー先生は、「一般的な総カロリー消費量推定法は間違っている」として、単なる機械と異なる私たちの身体は大変に複雑であり、いろいろな要因を加算していっても1日の活動レベルと1日の消費カロリーとはほとんど関係がない・・との見解を示しています。そして、狩猟採集民である活動的なアフリカのハッザの人たちと欧米の人たちとのエネルギー消費量はほぼ同等であるとの測定結果から、1日のカロリー消費量を一定の狭い範囲に収める「制限的日次カロリー消費モデル」を提示します(小巻靖子訳:運動しても痩せないのはなぜか、草思社、2022年)。つまり運動量が増えても、身体はそれ以外の活動にエネルギーを費やすのを控え、1日のカロリー消費量を一定の範囲に抑えるメカニズムが働いていると指摘します。因みに、運動に対する適応としての「エネルギー効率の改善」はエネルギー消費量を若干低下させることが考えられますが、「訓練」と「技術」の影響は予想外に小さいことも指摘しています。
・運動生理学的には、同一距離を同一速度で走った場合の消費エネルギーは「体重」の影響がありますが、実際には発汗による体重減少やランニングスキルの運動効率を改善する工夫など様々な要因が複雑に絡んでくる(ストライドを抑えてハイピッチ走法に転換するとか「カーボンプレート入りの厚底シューズ」に履き換える:数%ランニング効率が改善される場合がある)ため「ひとそれぞれの」カロリー消費量となっているようです。

「エクササイズ」と「スポーツ」とは違うのですか?

 ハーバード大学の著名な進化生物学者・リーバーマン先生の最新刊「運動の神話」が出版されました(中里京子訳:早川書房、2022年)。現題は ”Exercised” です。
 「身体運動-骨格筋がエネルギーを使って生み出すあらゆる身体動作。エクササイズ-健康とフィットネスの維持・向上を目的として行われる、計画的で構造化された、反復を伴う自発的身体活動。エクササイズド-イライラさせられる、心配な、不安にさせられる、悩まされる。」との書き出しで始まり、「だが何より、運動は不安と混乱の元となった。なぜなら、運動が健康に良いことはわかっていても、十分かつ安全に楽しく運動することができない人が大部分だからだ。私たちは、運動に悩まされているのである。」と指摘しています。
 前作の「人体600万年史(塩原通緒訳:早川書房、2015年)」では、狩猟採集民として進化してきた私たちが、現代社会における身体活動の不足により ”ディスエボリューション” としての「非感染性のミスマッチ病(49の症例)」を引き起こしていることを指摘していました。
 米・メイヨークリニックのレヴァイン先生は「座りっぱなしが死を招く(GET UP!)」というセンセーショナルな書籍(鈴木素子訳:角川書店:2016年)で、13時間以上座っている生活習慣に対して、意図的なエクササイズ運動(EAT:運動性活動熱生産)以外でのNEAT(非運動性活動熱生産)の重要性(消費カロリーが500~2000Kcal程度増加する)を指摘しています。週末にテニスをやったりジムで週数回エクササイズを実施するだけでは十分な身体活動量を確保できないということのようです。
 「エクササイズ」は、メタボリックシンドロームやロコモティブシンドローム・フレイル(虚弱)などの改善のための有酸素能力向上や筋(力)の増加などを目的として定期的に計画・実行されます。ただ、エアロバイクやランニングベルトでの有酸素運動やバーベルやマシンによる筋力トレーニングなどが「楽しいかどうか」には個人差があるように思います。一方ストレッチングやヨガやティラピスなどはリラックス感が得られるので「快い」もののようです。
 どうやら、スポーツは 「楽しい」からやるようなのですが健康状態の改善にどの程度貢献しているのかは不明確です。一方エクササイズは「やらないと不健康になる!」という強迫観念があるので逆説的に「楽しくないのでやらなくなる」ようなのです。実は、文部科学省の「日本人の運動実施状況」に関するデータは、「階段上り」やウォーキングや筋トレも含めて「スポーツ実施」と同等に扱っているようで「楽しくやるスポーツ」と「いやいややるエクササイズ」を同等に評価しているようです。(続く)