2018年 6月 の投稿一覧

「タレント発掘」ということ・・

2020年の東京オリンピック・パラリンピックにはすでに間に合いませんが「タレント発掘」は重要です。
では「タレント(≒才能)」であるかないかはどのように判定するのでしょうか?
旧東ドイツでは、国家的規模での社会主義建設の課題としてスポーツが取り組まれ、国民の5人に1人が体操・スポーツ連盟に加盟し、子どもたちは全国大会(スパルタキアード)への学校の予選会を含めると300万人が大会に参加していました。各地には伝統のある「スポーツクラブ」があり、優れた能力を持つ子どもたちはそのクラブのスポーツ学校で専門的なトレーニングを行っていました(1987年、NHK放映:金メダルへの道)。
当然それだけの多くの子どもたちの競技成績や発育発達段階に関するデータが蓄積されていることから、生物学的年齢の指標としての「最終身長」の推定には体格、プロポーション、手足の周囲径などの63項目の測定が行われていました(現在の身長と最終身長との差が判定の基準であったようです)。例えば、15歳で素晴らしい成績を残していても、発達段階が18歳であれば将来的可能性は低くスポーツ学校からの退学を言い渡されるシステムです(クラブでのスポーツ活動は継続できた模様です)。
しかしそれだけのシステムであっても、あるスポーツ学校では100名の入学者のうち60名が退学し内48名は将来性に疑問があるとの理由だったとのことで、タレント発掘の難しさがよくわかります。
日本では各競技団体も取り組んでいますが、福岡県教育委員会では、小中学生を対象にタレント発掘事業(福岡から世界へ!)に取り組み、4万7千人から60名を選抜し、適性検査と複数種目実施(経験)の結果から高校入学時に特定のスポーツ拠点校への入学を決定させるというシステムを実施しています(2014年、NHK放映:15歳の決断)。

現在では運動能力に関連する「遺伝子検査」が話題となっています(2014年、NHK放映:金メダル遺伝子を探れ)。
例えば筋の収縮特性にかかわるACTN3遺伝子検査では、瞬発型(RR)と持久型(XX)及び中間型が特定され、瞬発型ではスピード&パワー系種目が有利、持久型では長距離系種目が有利、中間型では「球技」に向いていると判定されます。日本でも検査ビジネスがあり、1万円ほどで結果が送付されてきますが、問題は「予測妥当性」ということだと思います。
北京五輪400mRの銅メダリスト朝原選手の別研究所での詳細な検査結果が紹介され、10の遺伝子の11の発現型(ジャンプ力やスプリント能力など)で0~2点評価の22点満点で18点という高い評価でしたが、走幅跳で8m19の記録を持つにもかかわらず「ジャンプ力」に関する遺伝子(NR3C1)評価が0点なのです。どうやらこの遺伝子は「垂直跳」などの「ゼロ~Max.タイプ」の動作に関連しているようで、朝原選手も「自分は垂直跳は全くダメなんです」とコメントしています。つまり「ジャンプ力」という遺伝子も「垂直跳型」と助走を伴う「起こし回転型」では動作の性質が異なるので「ジャンプ力のタレント性の予測」は難しいということです(アキレス腱の長さも大きく関係します)。

タレント発掘は、発達段階の推定と運動への身体適性(遺伝的なものとその年齢ごとの発現型・・スピード&パワー系の発達が明らかになるのは15歳以降となること)など様々な要因がかかわるので一筋縄ではいかないようです。エプスタインは「ACTN3遺伝子の結果で予測できることは、リオ五輪の100m決勝に残れないのは誰かということだ」と述べています(エプスタイン:川俣訳、スポーツ遺伝子は勝者を決めるのか、早川書房、2014年)。

 

”鉄は熱いうちに・・” 打ってもいいのかな~?

「発達段階の推定」は子どものスポーツを考えるうえで大変重要な概念です。誕生日からの暦年齢と生物学的年齢に±3年のずれがあるとすれば、中学1年生では、発達段階が小学校5年生から中学校3年生に相当する子どもたちがいることになります。男の子では小学校5年生段階から遅筋系線維の発達が始まり、ある程度の筋力もついてきてスポーツらしい動作の獲得が可能となってきます。
しかし、身長の急成長も始まるため、骨は成長軟骨の成長により長くなりかつ筋の伸長が追い付かないため関節可動域の低下もまねきます。また骨格-筋の構造上、成長軟骨の近くに筋が付着していますのでいわゆる「成長痛」をまねきやすくなっているのです。
筋力がついてスポーツ動作ができるようになり、かつ持久的な筋の性質なので繰り返し練習に適しているのですが、骨格-筋の構造上スポーツ障害も発症し易いという大変複雑な段階にあるのです。

「鉄は熱いうちに打て」と例えられますが、打ち方の工夫も必要で、熱いうちに大きな衝撃で打つとスポーツ障害を発症するリスクも高いのです。また、子どもは「楽しい取り組み」でないと「糖動員性」という活動エネルギーを生み出す機能が活性化しません。大人は苦しい課題でも意義を理解してエネルギーを生産できるのですが子どもは楽しくないと活動エネルギー不足になってしまいます。
スピード&パワー系の発達は、身長の急成長が過ぎた高校生頃から始まります。これは大変合理的なことで、身長の急成長期にスピード&パワー系が発達すると自分の身体を自分で壊してしまうのです。

「臨界期(Critical Period)」という概念があります。これは特定の機能が発達するときにそれに必要な環境を準備しないと後からでは「手遅れ」になるという考え方です。小学校4年生までは「動きづくり」、小学校高学年から中学校期はその動きを繰り返す「持久性づくり」、そして高校生からは本格的な「スピード&パワーづくり」というトレーニングカリキュラムが求められているのです。そして「発達段階の推定」という視点から、暦年齢と生物学的年齢を考えてゆくことが重要です。
特に身長の急成長期の把握はスポーツ障害の予防に重要な意義を持ちます。毎月身長を測定して成長曲線を描くことはとても大切なことなのです(続く)。

(図 青木純一郎、発育期における適切なトレ―ニングとは、臨床スポーツ医学、1988年を山崎が加筆)