スタティックストレッチングからブラジル体操などのバリスティックストレッチングが終わると次の課題はパフォーマンス改善のためのドリルに取り組みます。
ドリルは実際のプレーでの動きを想定したものですので同じダッシュでも陸上競技のスタートと球技でのボールへの反応では異なります。また、サッカーなどは足でボールを操作する必要があるので脚運びも若干異なるようです。球技ではコーンなどを置いてインターバルも異なるセッティングでジグザグダッシュを繰り返します。1回の実施時間と反復のインターバルとは動作課題により異なり、瞬間的動き(ハイパワー系)であれば数秒以内、スピード持久力(ミドルパワー系)を伴う場合は40秒~1分間程度となります。
また、リバウンド能力を改善するためのドリルとして「プライオメトリクスジャンプ」もよく行われます。「爆発的パワーを生む」などと誤解されていて50cm以上の高さから膝の曲げ伸ばしを使って実施している例がありますが、あくまでも「リバウンド能力の改善」が主目的ですので膝の曲げ伸ばしを「使わない」10~30cmほどの高さでも十分効果が得られます。接地時間も極めて短かく「ポンッ!」という感覚で10~50回繰り返します。脚部だけではなく上体や上肢(肩と腕)も連動させカンガルーのようにリバウンドをするのです。
マシンやフリーウェイトを使ったトレーニングも「どのような動き」の改善を目的にするかで効果が異なってきます。ワールドウィングの小山裕司先生の「初動負荷理論」のマシンは運動スキルに関係した「最初の運動方向と動作部位」に着目したものですし、東大の小林寛道先生の「認知動作型トレーニングマシン」も実際の動きをシミュレートしたもので効果が注目されています。ただし、マシントレーニングは台数が制限されているので内容を十分理解して各自が取り組む必要がありますので同時に多くのメンバーが実施するのは困難です。
いろいろなドリルは、実際のプレーの動きと関連させて実施することが重要で「意識性」と「感覚性」の原則を守ってください。
2019年 12月 の投稿一覧
「メンタルプラクティス」って何ですか
かつては「イメージトレーニング」とも言われた「メンタルプラクティス」は、実際の運動を伴わずに心理的に運動経過を確認し実際のパフォーマンスの向上を目指すものです。
トレーニングの原則には「意識性」と「感覚性」というセットがあります。言葉によるトレーニングの目的や意義、経過の確認とそれに対応した実際の運動感覚を想定した練習方法です。私は「感覚(随意)的-言語(意図)的制御ループ」と呼んでいます。運動の遂行は上手になれば言語的確認はバックグラウンドに後退し、意識せずに行えるのです。ところが何かトラブルが発生すると「アレ、何だ?」という反応(定位反応といいます)が起こり、続いて「グリップか?」「テイクバックか?」といった言語的確認と修正が起こり、再び非言語的な運動遂行が始まります。
言葉による確認は時間がかかりますので、通常は感覚的に行われています。シューティングゲームなどの際に「右上だ」「こんどは左だ」などと喋っていては間に合わないので、感覚的に状況を判断して感覚的に対応しているのです。このプロセスで不具合が生ずると「定位反応」が起こって動作系が停止します。
問題はこのプラクティスの「リアリティ」です。実際に想定される状況での入念な実施が重要です。かつてあるメンタルトレーナーの方が「プロ野球投手でいい加減なのが多くてね・・」と嘆いておられました。あまりにもメンタルプラクティスの時間が短かったので内容を尋ねたところ「バッチリです、全員三球三振です・・」だったそうです。選手の願望としては理解できるのですがそのような状況は「非現実的」で「非効果的」なのだと思います。(続く)
”ルーチンワーク” って何ですか?
前回のラグビーワールドカップで話題になったのが五郎丸選手のキック前の「ルーチンワーク」です。重要なプレーを行う前に一定の手順を踏んだ連続した動作を繰り返すことでゴールキックを成功させるというものです。トップクラスの選手は動作の「誤差」はほとんどないのですが、やはりプレッシャーのかかるプレイの前に不安を解消し安定したプレイを実現する行動をとるようです。
引退した大相撲の高見盛関の立ち合いに向かう前のルーチンワークを覚えている方も多いと思います。高見盛関は稽古場ではそんなに強くはないのだが、本場所では無類の集中力を発揮するのだそうで、確かに稽古場での申し合いのたびにあんな気合を入れることは現実的ではないと思われます。
ネットゲームの試合前のウォーミングアップは、「ラリー」「スマッシュ」「サーブ」など試合中に行われる動作をお互いに繰り返します。この際「あるプレーは必ず入れる!」という選手がいます。これが決まれば「これからの試合は大丈夫!」という縁起担ぎもあるようです。
「ルーチンワーク」はある意味でスポーツ心理的学な行動で、次の事態への不安解消やリハーサルといった意味が大きいのです。
毎日の練習で必ず「ルーチンワーク」を入れるということは、トレーニングの安定性を担保するものでもありますが、実はこれが「ウォーミングアップ」の「ステレオタイプ化」という問題を引き起こす可能性もあります。新たなプレーやスキルの獲得には「ルーチンワーク」が邪魔をする可能性もあるのです。(続く)
ウォーミングアップって必要なのですか?
スポーツを始めるときに、通常はいきなり運動を行わずに「準備運動 ⇒ 主運動 ⇒ 整理運動」という手順を踏みます。
準備運動の目的は、スポーツ外傷・障害の予防と主運動の効率的目的達成です。特に激しいトレーニングを行うときや特定の運動スキルの効率的獲得を目指すときには「準備運動」を工夫することの重要性が指摘されています。準備運動では、該当部位の可動域の拡大や筋温上昇などの全般的な準備だけではなく、運動形態の個別的準備も重要です。例えば、距離を目指す跳躍動作の練習実施時に、準備運動でうっかり高さを目指す跳躍運動を入れてしまうと、その後の本練習で何となく違和感を感じてしまう例もあります。また短助走での跳躍運動が全助走での跳躍運動に悪影響を与えることもあります。
このような現象の背景には「運動の特異性」があることが指摘されています。旧ソ連の走高跳のコーチ・ジャチコフは、ジャンプ運動には様々な特異性があり「一般的なジャンプ力」というものは存在しない・・と指摘しています。速度やテンポ、リズムや強度はそれぞれのジャンプ動作で異なる・・ということです。
ましてや球技などではポジションによって「運動の特異性」が異なります。フォワードとバックス、ゴールキーパーなどでは最終的にはそれぞれのポジションに応じた準備運動を入念に行わなくてはいけないのです。
スタティック・ストレッチングだけでは準備運動にならない・・という指摘もこの「運動の特異性」を反映しているものと思われます。実際のプレーに類似した動きから構成されるブラジル体操などのバリスティック・ストレッチングから主要な動作のリハーサルを経て、当日の課題である主運動の実施に進んでゆくことが効率的なトレーニングには求められています(続く)。
脳の代償性適応?
障がい者アスリートに関わって、東京大学の中澤公孝先生(リハビリテーション科学)が運動機能をつかさどる脳の機能についてfMRI(磁気共鳴機能画像法)という手法を使って興味ある知見を発表しています。
パワーリフティング競技で健常者を上回る(305Kg以上)とされるイランのラーマン選手の運動にかかわる脳の活動領域について、下肢機能の懐失が上肢機能の発達を促したとする可能性を示唆しています。これは、走幅跳のレーム選手でも、踏切脚である右足を動かすときに、健常者であれば左半球の膝を動かすのに該当する運動野の活動があるのに対し、レーム選手では右半球も活発に活動していて、更に動作感覚にかかわると考えられている右側の二次体性感覚野にも活動がみられるるデータが示されています。これはリハビリテーションのプロセスの中で義足からの感覚入力を膝でいわば「翻訳」するような機能を獲得したのではないかと考えられています。
パラ・アーチェリーのマット・スタッツマン選手は生まれつき両腕がなく、右脚で弓を支えたスタイルで世界最長距離射的でギネスブックにも登録され、健常者ランキングでも全米8位になったこともあります。マット選手は、弓を構えた時の身体の動揺がほとんどなく、脳機能も右脚を動かす際、該当部位だけではなく左半球全体が活動しているデータが示されていました(2017、NHK放映)。
脳のこのような「代償性適応」は視覚障がい者や聴覚障がい者でも指摘されていることで私たちの身体機能の無限の可能性を示唆しているようです。
東京大学の多賀巌太郎先生は、「神経系」「身体系」「環境系」の三者の不断のトップダウンとボトムアップの反復によりシステムが完成されてゆくモデルを示し、個々の要因が全体を制限をする「スレイビング」から「シナジェティック」という,システムを構成する多数の要素が相互作用により全体としての秩序を生み出す協力現象の概念を示し,環境の不確実性に対する「グローバルエントレインメント(大域的引き込み)」による「脳と環境の強結合」の可能性を指摘しています。