2021年 9月 の投稿一覧

何時インターバル・トレーニングが始まったの?

 最高速度以下で一定の距離を競い合って走るという中長距離走のスタイルはいつから始まったのでしょうか?
 立命館大学の岡尾恵一先生は、紀元前772年の古代ギリシャのオリンピア祭では1スタディオン(約191m)を競う競技があったことが記録に残っており、その60年後あたりから2スタディオン走や10往復(3800m)する長距離走も行われていたことを指摘します。18世紀には「賭けレース」として超長距離走が行われるようになり、「マラトンの故事」にならった40Kmを走るマラソン競争は、1896年の第1回近代オリンピックのマラトン~アテネ間で最初に開催されたとのことです。
 長距離走が競争として行われるとそのための「トレーニング」が行われるようになります。TVドラマ「いだてん」を見ても1912年のストックホルム五輪に参加した金栗四三さんが様々な工夫をしてトレ―ニングを実践していたことが分かります。最初のトレーニングはレースと同じように長時間かけて長距離を走る「ディスタンス・トレーニング」が行われていました。1936年ベルリン五輪で金メダルを取ったソン・キジョンさんもこの方法を実践していたようです(孫基禎自伝「ああ月桂冠に涙」、講談社:1985年)。1920年頃からフィンランドの長距離王ヌルミ選手が行っていた「ファルトレック・トレーニング」は、郊外の地形を利用して下り坂で急走をし平地で緩走をするもので、チェコのザトペック選手の「インターバル・トレーニング」につながる方法で、現在も重要なトレーニング手段です。
 つまり、同じペースで長時間(1時間以上)走り続ける方法とスピードを大きく変えて短時間で反復する方法とが混在しているのです。「レペティション・トレーニング」や「ペース・トレーニング」といってレースで目標とするスピードでレースの1/4程度の距離を十分な休息を挟んで繰り返す方法も実践されています。
 面白いのは実際のレースでは一定の「速度✕距離」で行われているのに、それを目指す現在のトレーニング方法は「速度を抑える」か「距離(時間)を抑える」かという矛盾した方法をとっていることです。つまりマラソンを走るために42.195Kmを想定タイムで走り切るという「リアリティ」を重視したトレーニングは生体へのダメージも含め「非現実的」なようなのです。
 では何故インターバル・トレーニングのように「強度と時間を変化させる」方法が有効なのでしょうか?
 根源的な問題は私たち人類の進化史があるようで、180万年前のご先祖様「ホモ・エレクトス」は、体温調節機能を持たない羚羊類を30Kmにわたって追いかけて体温調節不全(熱中症)を引き起こして仕留めた「持久狩猟」を行っていたことが分かっています。仲間と協働して足跡を確認し、先回りして追いまわして最後にとどめを刺していたのですが、この際に発汗による体温調節機能と動き続ける脚の疲労や痛みを緩和する「エンドルフィン」や「エンドカンナビノイド」という自己生産性鎮痛物質生産性も獲得したようです。当然「一定速度」で追跡していたわけではなく仲間と状況を確認しながら協働して走っていたわけですので、とどめを刺す時は筋出力での最高速度が必要ですがそれ以外ではコミュニケーションの取れる状況(運動強度は高くない)で走っていたものと思われます。
 どうやら私たちの身体は運動強度が連続的に変化(アップ&ダウン)する方法により大きく反応するようなので、パフォーマンス改善を目指すトレーニング方法は様々な工夫が求められています。また低強度で長時間走り続けるトレーニングは基本的課題ですので全練習量の2/3を占める必要性が指摘されています。月600Kmを走るとすれば400Kmは「のんびり」走ります。パフォーマンス改善を目指してインターバル・トレーニングなどを300Kmまで増やすと600Kmの「のんびり」走が求められます。エリートランナーが月間走行距離1500Km・・といっても1000Kmは「のんびり」走っているようなのです(ケニアのランナーの練習メニューは若干異なるようです)。
   

HIT(高強度短時間運動)って何ですか?

 最近話題のHIT(またはHIIT:高強度短時間インターバルトレーニング)は、立命館大学の田畑泉先生が提唱して有名になった「タバタ・メソッド」です(田畑先生によると本来は嬬恋高校の入澤孝一先生がスピードスケートのトレーニングとして考案されたものでその後の様々な試行錯誤の中で生まれてきたのだそうです)。
 基本は「20秒間の全力運動」+「10秒休息」を1セットで7~8セット反復(4分)するもので、わずか数分の実施で大きなトレーニング効果が得られることで注目されてきました。田畑先生によると「20秒間の全力運動」は最大の持久的能力170%相当(連続実施では50秒が限界)で、疲労困憊まで反復することにより最大酸素摂取量(有酸素系)に対しての有効なトレーニングであるとともに、7~8セット目では最大酸素借(無酸素系)が生じていることから両者に対してのトレーニング効果が認められるとの結論です。ですからこのトレーニング法は、有酸素系と無酸素系の両者が混在する1~2分間で終了するスピードスケートや水泳などの種目で有効なトレーニングであるとしています。
 この方法は短時間で効果が得られることから、運動不足が問題となる一般人(生活習慣病や話題の”基礎疾患”の回避に有効)や宇宙飛行士(重力がないため急激に筋委縮が生ずる)へのトレーニングとしても活用されています。労働安全衛生総合研究所・宇宙航空研究開発機構の松尾正明先生は、J-HIIATという運動プロトコールを実施し、週3回8週間の実施で大きなトレーニング効果(最大酸素摂取量の改善)が見られたことを報告しています。
 イギリス・ノッティンガム大学のシモンズ先生は、HITとして20秒間の全力自転車こぎ運動を10秒の休憩をはさんで3セット繰り返すプロトコールを週3回4週間(12分間)実施することでインシュリン感受性(耐糖能)の改善がみられ、さらに5週間以上継続することで最大酸素摂取量も向上する可能性を指摘しています(ただし有酸素能力の改善には個人差があり20%の方は改善効果が見られない・・逆に15%の方は劇的に改善するとのデータも報告しています)。
 大変魅力的なトレーニング法なのですが、実は「20秒間の全力運動」をどうやって実施するのかは意外と難しいのです。例えば、水泳選手が自転車エルゴメーターを用いても「運動様式」が異なるので効果は限定的かもしれませんし、全力ペダリングが行える自転車エルゴメーターは数十万円(数万円のエルゴメーターでは全力負荷が設定できない)の価格です。更に様々な運動様式での最大酸素摂取量の170%を設定するのは難しく、例えばバーピーステップやその場腿上げ(ステッピング)ではどの位になるのかは不明確です。逆説的に8セットで疲労困憊(ヘロヘロ!)に至るようにトライ&エラーを繰り返して探ってゆくことが必要かもしれませが、疲労感が出るので「手抜き」をしていては効果は限定的です。
 ところで「インターバル・トレーニング」という方法は、1952年ヘルシンキ五輪で5000m、10000m、マラソンで金メダルを獲得したザトペック選手のトレーニング法として有名です(400mを緩走:ジョギングでつないで午前50本、午後50本を2週間続ける)。現在の陸上競技のインターバルトレーニングでは、急走期は最大酸素摂取量の80%強度(頑張ればなんとかなるレベル)、緩走期は60%強度(いくらでも走り続けられるレベル)で繰り返すことが推奨されています。また信州大学の能勢博先生らが実践する「インターバル速歩(3分間の速歩と3分間の普通歩きを5セット繰り返す)」の効果も有名です。(続く)