_NHK「フロンティア:糖で人は進化した」で紹介されたパプアニューギニア高地の人たちは、主食はほぼ「サツマイモ」であるにもかかわらず筋肉隆々であり、サツマイモに含まれる1%弱のタンパク質の再合成・再利用を行う腸内細菌叢を持っていることが紹介されました。そしてこの腸内細菌叢の様相には大きな集団差や個人差があります。
_イヌイットの人たちはアザラシ肉や内臓、脂肪など動物由来96%のカロリー摂取であり、ペルー高地ケチャの人たちは植物由来95%のカロリー摂取であること。アフリカタンザニアのハッザの人たちは野生動物の肉とハチミツ、ベリーや塊茎が主食で、ケニアのマサイの人たちは肉と牛乳の大量摂取と少量の野菜、アマゾンのヤノマミの人たちは加熱調理したバナナやキャッサバの主食に野菜、果物、昆虫とわずかな野生動物の肉、というそれぞれが地域特有の「メニュー」でそれなりの健康を維持しています(W.レナード、美食が人類を進化させた、別冊日経サイエンス:食と健康、2020年)。
_このタンパク質(P)・脂肪(F)・炭水化物(C)の比率から構成される食事内容は「PFCバランス」と呼ばれています。和食は健康食とされ、通常男性 2500Kcal/日 では、15:25:60 となりますが、ハードなアスリートの 4500Kcal/日 では、13:30:57 となります。炭水化物は1gが4Kcal で脂肪の1g9Kcalに比較して「かさ」が大きくなり消化不良を引き起こすので脂質の割合が増加しますし、エナジージェリーなどの補食も必要となります。
_ロンドン大学のスペクター先生は、肥満や糖尿病といった私たち人類にとっての「時限爆弾」が、巷で様々な問題を引き起こしている「非科学的ダイエット」によって更に深刻化していることを指摘しています(T.スペクター、ダイエットの科学、白揚社、2017年)。そして、「ジャンクフード」や「トランス脂肪酸」などが引き起こす健康障害は明確であるのに対して、いわゆる「健康によい」とされる様々な食品の効用が、地域と個人によって異なることを指摘します。健康的とされる「地中海料理」もイギリスの人たちへの貢献度は限定的であることも象徴的で、いわゆる「腸内細菌叢」が地域特有の食メニューから必要な栄養素とメッセージ物質をつくり出していることは間違いのないことのようで、この「腸内細菌叢の多様性」が失われると潰瘍性大腸炎や免疫細胞の暴走をまねくことも指摘されています(NHK:ヒューマニエンス 腸内細菌、2021年放映)。
_腸内細菌叢の多様性は、個人の食事内容や運動習慣・生活習慣によって経時的に変化してゆきますので、現在は便の検査による検査サービスが提供されており、その結果に応じて食事内容の個人差メニューを提供するサービス(同じ食品でも結果に個人差が生ずる)もあるようです。
Q&A
「〇✖ダイエット」で健康上は大丈夫なの?
先日(3/25)、NHKで「フロンティア:糖でヒトは進化した」が放映されました。
実は「低糖質ダイエット(糖質制限)」や「パレオダイエット(石器時代並みに肉食優先)」や「ヴィーガンダイエット(動物製食品を摂取しない)」など様々なダイエット法が紹介されていますが、「スポーツ栄養学の視点」から見ればいずれもアスリートには不適切な方法です。当然「運動-栄養-休養」を基本とする健康的なライフマネジメントの観点からもNGということとなります。
実は他の番組でも指摘されていることなのですが、肉食に偏ったパレオダイエットは人類学的には事実誤認です。狩猟採集生活を実施していたといっても獲物である動物を日常的に狩猟することは困難で、採集による「果実」「木の実」「根茎」「塊茎」などの炭水化物(澱粉)を摂取することが原則となります。ハーバード大学のランガム先生は、200万年前のホモ・エレクトスの段階から火の利用による「加熱調理」が澱粉から糖質への変換を可能とし、脳の大型化を促したとの指摘をしています(R.ランガム、火の賜物 ヒトは料理で進化した、NTT出版、2010年)。
では何故このような様々なダイエット法が関心を集めるのでしょうか?
最大の要因はハーバード大学のリーバーマン先生が指摘する「ミスマッチ病」です。これは、メタボリックシンドローム・2型糖尿病・肝硬変・冠状動脈疾患など47の症例に代表される健康障害で、人類の進化プロセスに逆行する「ディスエボリューション」とされています(D.リーバーマン、人体600万年史、早川書房、2015年)。お馴染みの「過食」「運動不足」「精神的ストレスと社会的不安感」「生活リズムの乱れ」などなど様々な要因が複合して体脂肪(内臓脂肪)の過度な増加を誘発することによるものです。内臓脂肪からは「アディポサイトカイン」と総称される様々な生理活性物質が分泌され「高血圧」「冠状動脈疾患」「高血糖症による糖尿病」などを誘発します。
このことから「内臓脂肪の過度な蓄積」を改善するための食事制限としての総カロリー量の「適正化」のための様々なガイドラインが示されています。体脂肪蓄積は「貯金」に当たりますので「解約」する必要があります。身体運動量を確保してカロリー消費を増やす「普通預金の解約」が前提ですが、過度な体脂肪はいわば「高額定期預金」に当たりますので解約にはそれなりの時間と方法が必要で、長期間の「断食」などの劇的な方法も試みられています。
従来通りの「日常生活」と「食事」を繰り返していては「定期預金」は解約されませんので、「糖質制限」や「非動物食」などの様々な「実行可能なダイエット方法」が提案されることとなります。(続く)
「スロートレーニング」ってどうやるのですか?
_加齢性筋萎縮症(サルコペニア)や虚弱(フレイル)が懸念される高齢の方や普段あまり運動をやらない方を対象にした「スロートレーニング」という方法が提唱されています。
_「ダイナミック」に身体を動かすと関節や筋肉に負担がかかり怪我を誘発するリスクが高いので「スロー」な動きでトレーニングする方が安全だと考えられているようですが「トレーニング効果」はどうなのでしょうか?
_実は「スロートレーニング」は動作がゆっくりなだけではありません。例えば「脚スクワット」の実施では屈曲後の伸展時には膝を伸ばしきらずに筋収縮を持続することが求められます(横浜市スポーツ医科学センター編:スポーツトレーニングの基礎理論、西東社、2016年)。
_筋収縮を持続していると筋収縮で筋内血管が圧迫されて酸素供給が制限されます。そうすると筋内では「有酸素機構」が制限されるので「無酸素性機構(いわゆる解糖系)」からのエネルギーが主要になります。なのでゆっくりとした動作にも関わらず無酸素性機構が主要になるので解糖系での筋グリコーゲン分解により「血中乳酸値」が上昇します。血中乳酸値が上昇するということは「高強度運動」の実施と類似した反応として「成長ホルモン」が分泌されます。そしてこの回復過程でタンパク質摂取による「アミノ酸」が取り込まれていると筋再生を促します。
_信州大学の能勢博先生の有名な「インターバル速歩」でも、終了後に牛乳を摂取することで筋再生に違いがみられることも報告されています(ウォーキングの科学、講談社、2019年)。
_例えば脚スクワットであればゆっくりと10回実施して7回目あたりで「きつい」と感じていれば血中乳酸濃度が上がっていることとなります。実は1960年代にヘッティンガー先生が提唱した動きをともなわない「アイソメトリックトレーニング(一定の姿勢で数十秒継続)」の効果も、力発揮による筋収縮は持続していますので「血流阻止」によって生じていると考えると納得ができます。
_ただしダイナミックなスポーツ動作とは異なる速度や動作で実施されていることからトレーニングプロセスとしては「再トレーニング」の必要性も指摘されています。ただ「既に動作システムが獲得・完成」されているアスリートやマスターズなどのベテラン選手の場合には「補強トレーニング」や「リハビリテーション」と考えて実施しても問題はないように思います。
_スポーツトレーニングとして考えれば、やはり「動作の獲得」を先行させて工夫しながら取り組んでゆくことが重要になるのだと思います。
「反射」も事前に調整されている?
私たちの複雑な身体は膨大な「自由度(勝手に動く)」を持っています。これを上手く動かすための「運動中枢」は4つの部位が関与しているとされます。最も複雑なのが「大脳皮質」でこれを状況に応じて複雑に補正しているものが「小脳」です。繰り返し学習により精度が向上するメカニズムです。さらに最適な補正をのみを実行して他の補正を強力に抑制しているものが「大脳基底核」で、もっとも単純なものが「脊髄」での反射であるとされています(伊藤正男、脳の設計図、中央公論社、1980年)。
ところがこの単純と思われる「反射」自体も事前に予測され調整されているようなのです。
実は以前から筋張力を感知する「筋紡錘」というセンサーが事前に感度を調整している「α-γ連関」というメカニズムの存在が指摘されていました。肘を直角に保持した掌に500gの重りを乗せるとちょっと下がってすぐ直角に戻ります。これは「伸張反射」といわれるものです。ところが「黒い重り」が500gで「白い重り」が200gのトライアルを繰り返すと「白い重り」への伸長反射量を事前に抑制します。面白いことに200gの「黒い重り」を乗せた場合には反射量が増大するのです。つまり事前の視覚的な情報からセンサー感度を調整しているようなのです。
従来は「結果の知識(KR)」といって実行した結果から経過を修正する(色と重量の関係を理解する)と考えられていたのですが、2006年アメリカのフリストン先生が「能動的推論」と「自由エネルギー原理」という概念から、知覚と運動は「脳の推論するシステム」に支えられていることを提唱しました。そして「予測信号」と「予測誤差信号」の差(サプライズ)が小さくなるように感覚器の精度を事前調整していることを指摘しました(乾敏郎・坂口豊、脳の大統一理論、岩波書店、2020年)。日本でもデジタルハリウッド大学の藤井直敬先生が「予想脳」という概念から、「フレーム」と「テンプレート」という枠組みでの脳内の情報処理過程のシステムを指摘しています(藤井直敬、予想脳、岩波書店、2005年)。
状況に応じて切り替えている??
_私たちが運動を継続的に実施するためのエネルギー供給系は、いわば「ソ-ラーパネル」の有酸素系と「ガソリンエンジン」の解糖系と「バッテリー駆動」のクレアチンリン酸系の3種類の「ハイブリッド供給構造」を持っています。一方、動きを作り出す筋システムは、持続性の強い「遅筋系」とそこそこの出力を持つ「速筋系」と瞬間的に大きな力を発揮する「超速筋系」の3種類があります。つまり3つの「エネルギーを生み出すシステム」と3つの「動きを作り出すシステム」から構成される「3×3システム」となっています。また遅筋系筋線維も「ソーラーパネル」が主要なものの3つのエネルギー供給系があり速筋系筋線維も「ガソリンエンジン」が主要なもののやはり3つのエネルギー供給系があります。
_しかも私たちの身体の構造と機能は複雑なので、複数の「拮抗筋」と「協働筋」が関連して収縮する「マルチ3×3システム」として存在しているのです。ですから「運動指令」は個々の筋を動かすものではなく複数の筋群を連動させる「動作(基本的運動形態といいます)」として発せられており、ATRの川人光男先生は、動作と力に関わる「関節トルク」という性質を持っていることを指摘します。つまり「軽く叩け」とか「グンと引け」といった性質を持っているようなのです。
_ですから100m走と10000m走では、同じ「走る動作」であっても使っている「3×3モード」が異なることとなります。まさにエネルギー供給状況と動作モードに応じて「切り替えを」実施しています。さらに、山崎(2015)は、10000mレース中の疾走動作の解析をおこない、2000m地点と4800m地点と8800m地点ではほぼ同一の疾走速度であっても「スピード」と「ストライド」と「ピッチ」の相関関係が異なっており、8800m地点ではスピードとピッチの相関が高くなり、また膝関節を固定気味にして走っていることを報告し、まさに状況に応じて切り替えている「適応制御」の可能性を指摘しました。
走り方を切り替える??
駅伝シーズンですが、TV解説者の方が「〇◎選手走りを切り替えましたね・・」とか「前半速く入りすぎたので後半が心配です・・」といったコメントが良く放映されます。確かに「上り坂」と「下り坂」では走り方も違うだろうし、前半速く入りすぎると何となくオーバーペースかな?とも感じてしまいます。しかし、月1000Km以上走り、様々な条件下で練習を繰り返しているランナーがそう簡単に「ペースを間違える」とは考られません。特に監督車が後ろについてその都度マイクで指示を出している状況(ルール上は「助力」といって違反なのですが・・箱根駅伝の伝統?・・)でペースを間違えるとは考えにくいのです。
ただ10000mのベスト記録のわりに20Kmを超える区間でのパフォーマンスが異なることはよくあります。持久力の指標である「最大酸素摂取量(体重1Kg当たり1分間に酸素をどのくらい体内に取り込める能力)」は年間あまり変動しないといわれていますがレースでのパフォーマンスは大きく変動します。そこで「コンディションが良くなかったのでは?」とのコメントが登場しますが本当にそうなのでしょうか?
実は、運動生理学的には20Kmや42Kmのパフォーマンスは「最大酸素摂取量」よりも「血中乳酸濃度(乳酸性作業閾値)」との関連が高いことも指摘されています。
運動時のエネルギー生産系には3種類あることはよく知られています。細胞内のミトコンドリアに関連する「有酸素系」はいわば「ソーラーパネル」に、筋グリコーゲンを分解する「解糖系」は「ガソリンエンジン」に、燐酸を瞬間的に利用する「クレアチン燐酸系」は「バッテリー」に例えられ、いわば「ハイブリッドエンジン」となっています。ソーラーパネルの上限である最大酸素摂取量を越えた速度で運動するためにはガソリンエンジンが必要となり、筋グリコーゲンを分解する「乳酸」が生じます。ソーラーパネルだけで走っていてはレースになりませんのでガソリンエンジンも「残量メーター」と睨めっこをしながら動員することとなります。そこでこの「乳酸性作業閾値」が注目されるのです。
そして、この3つのエネルギー供給系の比率はレースの進捗状況により変動してきます。有酸素系は定常状態で頭打ちですが解糖系は減少してきますので「ランニング効率」を変える必要が出てきます。この際にクレアチンリン酸系と連動した変動する「ハイブリッドエンジン」が走り方(ドライビングテクニック)を切り替えている本命のようなのです。
「制約主導アプローチ」って何ですか?
最近「制約主導アプローチ」という概念が注目されているようです。
植田文也先生(2023)は、「エコロジカル・アプローチ」という概念について、「生態心理学」と「動的システム理論」を統合した学習理論であるとして、テニスのバックハンドストロークを改善するためにコートのセンターラインをバックハンド側で広くするというフィッツパトリックの研究を紹介しています(植田文也、エコロジカル・アプローチ、ソルメディア、2023年)。
オランダのボッシュ先生は、ロシアの著名な生理学者ベルンシャタインのデクステリティ(巧みさ)とアジリティ(敏捷性)に関わる制約主導アプローチとして「環境」「課題」「生体」の三条件を提示しています(F.ボッシュ:谷川聡・中村豊・相良浩平訳、運動学習・運動制御理論に基づくアジリティトレーニング、大修館書店、2024年)。
この「制約主導アプローチ」が肯定的に受け入れられている背景には、運動経過の獲得(技術の個人的実現)は、一定の「形にはめる」ものではなく「適応的に自己学習する」ものであるとの考え方があるようなのです。私たちが動作を行うときには、個々の手足や体幹を個別に動かすのではなく、「基本的運動形態」といって、走る・跳ぶ・投げる・蹴るなどの神経中枢からの「一纏まりの運動指令」と脊髄などでの「運動反射」が連動して動きます。ATRの川人光男先生(1988)は、運動司令の実体は「関節トルク(回転力)」であることを指摘しています(川人光男、運動軌道の形成 In 伊藤・佐伯編:認識し行動する脳、東京大学出版会、1988年)。つまり「強く蹴る」とか「軽く叩く」といったイメージで運動が実現されているようなのです。
東大の多賀厳太郎先生(2002)は、「運動の自己組織」という概念から、「神経系」と「身体系」と「環境系」との相互関係に応じて、「トップダウン」と「ボトムアップ」の反復による自己学習が「グローバルエントレインメント(大域的引き込み)」を可能するとの指摘をしています(多賀厳太郎、脳と身体の動的デザイン~運動・知覚の非線形 力学と発達~,金子書房, 2002年)。
ところがこの指導方法は、スポーツ指導や授業実践において、過去「独自な指導メソッド」を提唱してきた多くの優秀な指導者の皆さんがやってきたことと同じ概念のようなのです(ボールの形状、コートサイズやゴールやルールの変更、用具や教具の工夫などなど・・)。
女性の極端な痩せ志向の問題点は?
_軽量化が有利と考えられている女子の競技種目は、陸上競技長距離や新体操(細く手足の長い方が良い?)、フィギュアスケート(跳躍の高さや回転数が評価)などがあげられます。しかし、競技力としての筋出力の高さや後半でのスピード持久力も求められますので単純に軽量であればよいという訳ではありません。アスリートの軽量化は筋量を維持しての体脂肪の減少であり、増量では体脂肪を増やさずに筋肉量を増やすことが求められます。
_ただ女子アスリートの場合、体脂肪率が12%以下となると生理不順や骨密度低下を招きFAT(女子選手の3主兆)の弊害も指摘されてますので注意が必要です。FATは、強迫観念ともいえる「深刻な摂食障害」を誘発し無月経や骨密度低下を招き、選手生命を奪うほどの深刻な事態を招きます。
_この「痩身願望」は一般女性であっても存在します。実は20年前のマネキン人形では、現在市販されているGパンや上着は入らないそうで、服装業界を含め「痩身志向」を推進しているようです。身体運動を行わない一般女性の場合でも、1日1950Kclのエネルギー摂取が必要なのですが1500Kcal未満の女性が増えていることも指摘されています(NHK:クローズアップ現代~ニッポンの女性は ”やせすぎ” !?、2015年放映) 。
_単純に不足分の450Kcalの体内組織からの補填を計算すれば、脂肪は50g、糖質とタンパク質は112gに相当します。しかし脂肪の分解には手間がかかる(ミトコンドリア内のβ酸化プロセスが必要)ので優先的に糖質(グリコーゲン)を分解しますが、グリコーゲンは脳機能を維持するのに絶対に必要なものなので脳機能の低下を招きます。またタンパク質では筋や内臓組織、免疫細胞などを分解しますのでまさに「活動レベル」や「生命機能」の低下などきわめて不健康な状態を招いてしまします。
_また最近話題の「低糖質ダイエット」では、摂取食品のタンパク質・脂肪・炭水化物の割合(PFCバランスといい20:15:65の和食メニューが健康的とされる)を「相対的ジャンクフード化」することとなり栄養バランスも崩壊します。サプリメント摂取はあくまでも「栄養補助食品」ですのでトータルな食事内容を改善してくれるわけではありません。
_やはり「運動-栄養-休養」の枠組みの中で、必要な食事内容と三食摂取のタイミングを計っていくことが重要なのだと思います。
女子アスリートの「FAT」って何ですか?
駅伝シーズンとなりましたが、TVで放映される女子長距離選手は「細~い!」という印象を強く感じます。実はTV映像で「細い」と感じる選手の皆さんは、直接見ることがあると本当に細いのです(普通の体形の選手もTV放映では ”ガッチリ” しているように見えます)。
食事にも気を使いながら月500~800Km以上走りますので体脂肪率も低く、月間走行距離と5000mなどの記録との相関も指摘されています。
新谷仁美選手は、本人がSNSで発信しているように、2013年モスクワ世界選手権女子10000mで5位に入賞した際は、身長165cmで体重40Kg、体脂肪率3%であったとのことですが、問題はこの時点で「無月経」であったことです。そして一時期引退後再び2020年東京五輪を目指し、2019年の日本選手権では2013年の記録を越える「日本新記録」で優勝していますが、実はこの時は「生理初日」だったそうです。新谷選手は自分のシビアな経験から、女子長距離選手が「無月経」となるようなトレーニング内容に対して選手や指導者に強い警告を発信しています(NHK:#アスリートは黙らない、2021年放映)。
女子アスリートのFAT(3主兆)とは、①利用可能エネルギー不足(過度な栄養摂取制限)、②視床下部性無月経(体脂肪率12%以下で頻発)、③骨粗鬆症(生理周期に関わるエストロジェンというホルモン不足にともなういわば ”更年期並みの骨密度低下” )を指します。当然日常の練習でのエネルギー消費を支えることはできませんので筋や免疫細胞の分解で「生存するため」のエネルギーを補填します。骨密度は更年期女性並みのレベルですので月800Kmを越える練習量では容易に「疲労骨折」を発症します。そして摂食障害は「絶食」とその反動での「過食と直後の嘔吐」を誘発します。
これらの問題点を理解していない(理解しようとしない?)指導者の間違ったトレーニングのガイドラインは、女子アスリートの心理的問題をも引き起こします。実はFATを発症しやすい心理的特徴は「完璧主義(1位以外は意味がない)」「(指導者に対しての)良い子志向」「自己抑制志向」などがあると言われています(Health Management for FemaleAthletes-女性アスリートのための月経対策ハンドブック、東京大学附属病院 女性診療科・産科、2016年)。
「食欲」は何によって決まるのですか?
1994年に発見された「レプチン」というホルモンは、 脂肪細胞から分泌されて脳内の摂食中枢を刺激します。強力な飽食シグナルを伝達し、交感神経活動亢進によるエネルギー消費増大をもたらすもので、肥満や体重増加に関連するものとして注目されています。
正常な状態では、摂食中枢のレプチン受容体が刺激を受け「満腹感」を発生するのですが、肥満状態になるとレプチン受容体の「抵抗性」が亢進して摂食行動が抑制されなくなります。自然科学研究機構・基礎生物学研究所の研究では「PTPRJ」という酵素が働くとレプチン抵抗性が増大して肥満マウスになるのですが、PTPRJを欠損したマウスでは、食後の血糖値の上昇がおだやかで、インスリンの働きが増大し、正常なマウスと比べ体長は同じだが、食餌摂食量が少なく、低体重で脂肪量が少ないことを報告しています。膵臓から分泌されるインスリンは、食後に上昇した血糖値を低下させる働きがあり、「糖毒性(血糖値の異常な上昇により血管内タンパク質の損傷を招く)」を抑制すると考えられており、1型糖尿病(後天性ではないタイプ)ではインスリン注射などが必要となります。
また食品には、グリセミックインデックス(GI)という食物をグルコース(ブドウ糖)に変換する速度の指標があります。高GI食品(容易に消化される炭水化物や人工甘味料の多いもの)と低GI食品(タンパク質や食物繊維を多く含むもの)との比較では、高GI食品の過剰摂取が長期的に体脂肪の増加を招くことが指摘されています。また前回紹介した「超加工食品」の過剰摂取も食欲亢進を招きます。
つまり「正常な食事内容」を逸脱したケースが継続すると「食欲が異常亢進」して脂肪の増加による体重増を招くようなのです。食物繊維を多く含む「精進料理」が健康に良いことやアスリートの食事では「和食メニュー」が薦められていること(ただし摂取カロリー総量は普通の人の2倍以上ですが・・)もこのことと関連しているようです。