私たちの「身体組成」は毎日の摂取カロリー(食事由来)と消費カロリー(基礎代謝+活動代謝)の関係で変容しているのですが、「昨日」の活動内容が「今日」や「明日」に即時的に反映されるわけではありません。比較的長いスパンでの「身体的状況」によって、糖質とタンパク質と脂質の代謝経路のどのチャンネルが活性化するのかは異なってくるようです。
長期間非活動的な状況が続いていれば、当座の活動エネルギーは必要ないので、その分は内臓脂肪や皮下脂肪として蓄積され、筋組織も委縮しますので基礎代謝が低下し余剰エネルギーが増加します。逆に毎日ランニングを継続してかつ座っている時間が少ない場合には、活動性運動代謝(EAT)も非活動性運動代謝(NEAT)も高いので余剰エネルギーは生じません。しかし、摂取エネルギーが消費エネルギーを下回れば、肝グリコーゲンや筋グリコーゲンを分解して対応し、グリコーゲンが枯渇(といっても50%程度)して「空腹感」が生じて摂取エネルギーが適切なレベルに戻るまで摂食行動を誘発します。
「過食」と肥満や「拒食」と痩せといった相反する極端な行動様式は例外としても、私たちの摂食行動は、脂肪組織から分泌されるレプチンという食欲抑制ホルモンや膵臓のランゲルハンス島からの血糖値を上昇させるインシュリン、胃から分泌される摂食促進作用のあるグレリンなどのホルモン調節を受けておりそれらが摂食中枢の活動を調整しています。低血糖症での「空腹感」や「無力感」などが「高揚感」によって一時的に抑制される背景にはこのような摂食中枢活動の調整メカニズムがあり、さらに短期間ではなくかなり長い期間に渡っての「運動」「栄養」「休養」のタイミングとマネジメントが影響を与えているようです。
やはり「ちょこっと!」やるだけではなく、1日24時間✖1年365日をどうレイアウトするのかが決定的なようですが、毎日「ちょこっと15分」筋トレをやっていれば、その日の他の時間の過ごし方や食事内容を365日考えて、かつその生活を数年間継続することができれば「ちょこっと!」でも有効なようにも思います。
「体調管理や健康維持のために運動したいのですがどの位やれば良いのですか?」という質問をよく受けます。
実は個々人の遺伝子検査をしないと「各自の適切な運動の内容と時間」は決定できないことが知られています。グラスゴー大学のギル先生は、食事由来の血中 ”カイロミクロン(脂質)” が前日の90分のウォーキングで同じ食事内容でも朝食4時間後に減少していることを指摘しています。バーミンガム大学のティモンズ先生は、トレーニングにより有酸素的能力が劇的に改善される人が15%であるのに対してほとんど効果の出ない人が20%いることを指摘しています(NHK「フィットネスの最新科学~運動は本当に効果的?~」2012年放映)。そして20秒間全力ペダリング+10秒休憩を3セット、週4回実施するという高強度短時間運動(HIT)が糖代謝改善(糖尿病への対応)と有酸素能力向上に効果的であることを指摘しています。日本では立命館大学の田畑先生が、20秒間高強度運動+10秒休憩を6~8セット(3~4分間)を週2回実施することを推奨しています(田畑泉、世界標準の科学的トレーニング、講談社、2022年)。
ただどちらのトレーニングも20秒間とはいえ高強度運動なので「ちょこっと!」できるわけではありません。
米・メイヨークリニックのレヴァイン先生は「活動性熱生産」によるカロリー消費に「運動性(EAT)」と「非運動性(NEAT)」の2種類があり、同じ体格の人でも2000Kcalの差が生ずることを指摘します(J.レヴァイン、GET UP!~座りっぱなしが死を招く、角川書店、2016年)。つまり座りっぱなしの事務員と常に立ち居振舞っている店員とではNEATの値が異なること、そして仕事のNEATと余暇のNEATが影響していることを示唆します(ちなみに1時間のランニングは500Kcal程度)。(続く)
植田文也先生の「エコロジカル・アプローチ」では、スキルの指導における伝統的アプローチとしての「定型化」を否定します。そして「制約主導アプローチ」として、個人制約・タスク制約・環境制約の3種類の学習課題の有効性を指摘します。個人制約はスキルに影響を与える身体的能力、タスク制約は用具やボールサイズや重量(サッカーボールかフットサルボールかなど)、環境制約はサーフェス(土か芝か体育館かなど)やゲームスタイル(南米型か欧州型かなど)と関連して影響を与えます。サッカーの3対3で行われるスモールサイドゲームである「フニーニョ」などが「制約主導アプローチ」の一例として紹介されています。そしてブラジルにおける「ストリートサッカー」こそが自然な制約主導アプローチの典型であるとし、さらに「構造的練習」に対する「非構造的遊び」としてのストリートアクティビティである「パルクール(もともとはフランスでの歩兵訓練メソッドとして発案された)」も推奨しています。
これは「自己組織(化)」と「バリアビリティ」に関わる運動経過の獲得は「融通の利かない定型化」としてではなく神経系-身体系-環境系のトップダウンとボトムアップの反復という枠組みの中でダイナミックに形成されることを意味します。私の提唱する「ダイナミックステレオタイプ(力動的常同性)」のモデルも、運動野での動作のプロトタイプ(原型)が小脳の690億個のニューロンにより多様な補正を受け大脳基底核の働きにより「最適な補正」を選択-実現するとするもので、最適な補正を「生起」させる要因は「外的環境の変動」と「三つのエネルギー供給系のモード変容」によることを指摘しています。つまり運動経過の中での「最適解」は一つではないということとなり、リゾラッティ先生のミラーニューロンによる「模倣」やフリストン先生の「能動的推論」という、結果と経過を常に予想し修正するプロセスである「知覚-運動カップリング」が存在するようなのです。
_サッカーの関連サイトで、最新の理論としての「戦術的ピリオダイゼイション」が話題となっています。サッカーコーチの植田文也先生は「戦術的ピリオダイゼイション」の構成要因について「自己組織化」「カオス」「フラクタル」「バリアビリティ」を指摘します(植田文也、エコロジカル・アプローチ、ソル・メディア、2023年)。
_「自己組織」自体は、東大の多賀厳太郎先生の指摘する「神経系」「身体系」「環境系」のトップダウンとボトムアップの反復により個々の要素を統合した「新秩序(グローバルエントレインメント)」が生ずるとの「自己組織」理論(多賀厳太郎、脳と身体の動的デザイン 運動・知覚の非線形力学と発達、金子書房、2002年)なのですが、ボールゲームではプレーヤー集団がゲーム展開に応じて個々人ではなく集団としての適切な戦術や戦略を選択・実行することを指すようです(”グローカル”と表現されています)。「カオス」はオフェンスやディフェンスが「リセット」され、「フラクタル」は一定の戦術に向かって徐々にプレーが集約されていく(スローテンポから始まりテンポを徐々に上げてゆく)状態のようです。「フラクタル」は本来 ”1/fゆらぎ” といって一定の傾向で進むのではなく加速度的に傾向が強まってゆくことを指しますので「ロングパス」⇒「ミドルパス」⇒「ショートパス」⇒「ワンツーリターン」⇒「シュート」とテンポを上げてゆくことを指しているようで、上手くいかなければ再度「カオス」にリセットするようです。「バリアビリティ」はいわば「結果の正確性」を実現するための「経過の冗長性」と解釈(山崎)することができます。植田先生はロシアの著名な生理学者・ベルンシュテインの ”鍛冶屋のハンマータスク” を引用し「繰り返しのない繰り返し」と表現し、NTTコミュニケーションの柏野牧夫先生は、桑田真澄投手の外角低めへの正確な投球について、頭の位置やボールリリースの位置が最大20cmずれて実現されていることを指摘します(伊藤亜紗、体はゆく できるを科学する<テクノロジー×身体>、文藝春秋、2022年)。
_私の解釈ではいずれも「個人的運動」レベルでの「結果の予測」を伴った変容と考えているのですが、「対人的運動」での1対1でも、プレーを続けてゆく中でフェイントやフェイクを用いての1対0.5を経て1対0でポイントを得ることが可能となります。「集団的運動」であれば ”スクリーンプレー” などに典型的な3対3から3対2.5を経て3対2(=1対0を実現)でポイントを得ることを可能とします。そのプロセスの中で「自己組織化」と「バリアビリティ」が「カオス」と「フラクタル」というゲームの様相を経て実現されているようなのです。(続く)
_ドーピングと関わり問題になるのが「サプリメント」の使用です。国際オリンピック委員会(IOC)の報告では、サプリメントの15%ほど(無作為に抽出された94/634個)にドーピング禁止物質が検出されたことが指摘されています。スポーツ栄養学の鈴木志保子先生は、サプリメント使用について、①活動量が高く食事だけでは十分に栄養を補給できない、②消化吸収の時間が取れない、③偏食である、④減量のために食事制限をしている、⑤内臓が弱っている、⑥食欲がない、⑦特定の栄養素を摂取しなくてはいけない、⑧菜食主義者である、などの理由を挙げています(鈴木志保子、スポーツ栄養学、日本文芸社、」2018年)。過労や疾病罹患などの問題が存在しなければ、基本的にはバランスのとれた通常の食事内容から栄養素を摂取することが望ましいとされています。
_食事内容におけるタンパク質と脂質と炭水化物(糖質)の比率(PFCバランス)の重要性も指摘されており、和食型(2500Kcal)の15:20:65が理想とされています。しかし、運動強度の高い競技種目では1日5000Kcalを越えるエネルギー摂取が求められます。この点で、炭水化物(糖質)やタンパク質はエネルギー量が1g4Kcal程度ですので相対的に脂質(1g9Kcal)の摂取量が増加してきます。また「糖質制限ダイエット」では相対的に糖質の摂取量の少ない「低カロリージャンクフード」となってしまい、摂取カロリー不足分を筋肉や血液などの分解によって補ってしまうこととなりアスリートにとってはパフォーマンス低下を招いてしまします。
_今問題となっている「機能性表示食品(2015年から認可)」は、消費者庁が厳密なエビデンスにもとづいて認可する「特定健用保健食品(トクホ)」とは異なり、事業者が責任をもつ「届出制」であることが特徴です。その意味では「サプリメント」とも類似していますが、サプリメントの場合はまさに「玉石混交」の状況となっています。私たちが行った新潟県のジュニアスポーツ選手を対象にした調査では、「朝食抜き」などの不規則な食事習慣であるにもかかわらず安易にサプリメントを摂取している実態(指導者からの情報もある)が明らかとなりました。
_「サプリメント」は決して「魔法の薬」ではありませんしドーピングのリスクも含んでいます。また日本陸上競技連盟は、2015年に長距離選手への安易な「鉄材注射」を禁止しました。貧血の改善には有効であっても、短絡的に持久力アップに有効ではなく、また急性や慢性の「鉄中毒症」をまねく危険性があるのです。その意味で、安易なサプリメント摂取ではなく、日常のしっかりとした食事習慣と練習計画こそが重要なのです。
現代のストレスと運動不足の常態化する社会環境では、人類史的に形成されてきた私たちの身体との「不適合」を起こしていわゆる「基礎疾患」を蔓延させます。ハーバード大学のリーバーマン先生は「ミスマッチ病」としての「非感染性」の49の症例を指摘しています。
そこで悪化した健康指標の改善(健康づくり)を図るために、「運動-栄養-休養」のライフスタイルの見直しが推奨されるのですが、ライフスタイルの改善はいわば「価値観の転換」が必要でアルコールや薬物の依存症の治療とも共通する困難さが存在しています。例えば毎日の摂取カロリーVs消費カロリーの不等式で150キロカロリーオーバーのケース(例えばご飯一杯とかココア一杯程度)で非活動的な生活を継続すると、1年間で脂肪6Kg相当(1.7g×365日)が増加することとなります。
ですからいわば「今までのライフスタイルを断ち切る」ような「糖質制限ダイエット」のように糖質摂取を ”めのかたき” のように拒否する不健康な方法が横行することとなります。栄養学的にはタンパク質と脂質と糖質の「PFCバランス」を崩した「低カロリージャンクフード」となってしまいます。また脳は糖質(と乳酸)しか利用できないので低血糖症による脳機能低下や筋収縮でのエネルギー源である「筋グリコーゲン不足」による行動能力低下を招いてしまいます(アスリートは絶対にやってはいけません!)。
では単純に「運動をすればよいのか?」というと事情は少し複雑となります。デューク大学のポンツァー先生は、狩猟採集民であるアフリカのハッザ族の人も欧米の先進国の人も一日の消費カロリーに大きな差はないという「制限的日次エネルギー消費モデル」を示します(H.ポンツァー:小巻靖子訳、運動しても痩せないのはなぜか、草思社、2022年)。どうやら私たちの身体は「単純な機械」としては動いていないようで、行動パターンや消化吸収機能や身体組織維持・再生プロセスなどを変容させながら「適応」しているようなのです。個人的な経験ですが、私はこの4年間で、月200Kmほど走り三食食べてビールも毎日飲んでいますが、ほぼ6か月周期で年間53~56Kgの体重変動を繰り返しています。
・週末のテニスや野球は「心のリフレッシュ」にとって必要(やめられない)なものなのですが、それだけではメタボリック・シンドロームなどの「基礎疾患」を防ぐことはできないようです。単純に考えると、365日の ”基礎代謝+活動代謝” という「消費カロリー」と食事で摂取される「摂取カロリー」とのバランスで増量や減量は決まるのですが、日常の「生活習慣」としての私たちの年間を通しての行動パターンは意外と意識されていないようです。
・例えば、健康づくりの基準とされる週3~4回20分のランニングをしていても、仕事や家で毎日13時間座っていれば、睡眠時間を除いた残り3~4時間を「どう過ごしていたのか」が問題となりますし、食事などでの摂取カロリーとの関係も問題となります(例えば毎日300Kcalのカロリー消費の余剰があれば33g×365日で年間体脂肪12Kg相当の増加)。米・メイヨークリニックのレヴァイン先生は、同じ体格の人であっても、日常の生活パターンで1日の消費カロリーが2000Kcalも異なること(NEAT:非運動性活動熱生産の動態)を指摘しています。
・ところがデューク大学の人類進化学のポンツァー先生は、「一般的な総カロリー消費量推定法は間違っている」として、単なる機械と異なる私たちの身体は大変に複雑であり、いろいろな要因を加算していっても1日の活動レベルと1日の消費カロリーとはほとんど関係がない・・との見解を示しています。そして、狩猟採集民である活動的なアフリカのハッザの人たちと欧米の人たちとのエネルギー消費量はほぼ同等であるとの測定結果から、1日のカロリー消費量を一定の狭い範囲に収める「制限的日次カロリー消費モデル」を提示します(小巻靖子訳:運動しても痩せないのはなぜか、草思社、2022年)。つまり運動量が増えても、身体はそれ以外の活動にエネルギーを費やすのを控え、1日のカロリー消費量を一定の範囲に抑えるメカニズムが働いていると指摘します。因みに、運動に対する適応としての「エネルギー効率の改善」はエネルギー消費量を若干低下させることが考えられますが、「訓練」と「技術」の影響は予想外に小さいことも指摘しています。
・運動生理学的には、同一距離を同一速度で走った場合の消費エネルギーは「体重」の影響がありますが、実際には発汗による体重減少やランニングスキルの運動効率を改善する工夫など様々な要因が複雑に絡んでくる(ストライドを抑えてハイピッチ走法に転換するとか「カーボンプレート入りの厚底シューズ」に履き換える:数%ランニング効率が改善される場合がある)ため「ひとそれぞれの」カロリー消費量となっているようです。
ハーバード大学の著名な進化生物学者・リーバーマン先生の最新刊「運動の神話」が出版されました(中里京子訳:早川書房、2022年)。現題は ”Exercised” です。
「身体運動-骨格筋がエネルギーを使って生み出すあらゆる身体動作。エクササイズ-健康とフィットネスの維持・向上を目的として行われる、計画的で構造化された、反復を伴う自発的身体活動。エクササイズド-イライラさせられる、心配な、不安にさせられる、悩まされる。」との書き出しで始まり、「だが何より、運動は不安と混乱の元となった。なぜなら、運動が健康に良いことはわかっていても、十分かつ安全に楽しく運動することができない人が大部分だからだ。私たちは、運動に悩まされているのである。」と指摘しています。
前作の「人体600万年史(塩原通緒訳:早川書房、2015年)」では、狩猟採集民として進化してきた私たちが、現代社会における身体活動の不足により ”ディスエボリューション” としての「非感染性のミスマッチ病(49の症例)」を引き起こしていることを指摘していました。
米・メイヨークリニックのレヴァイン先生は「座りっぱなしが死を招く(GET UP!)」というセンセーショナルな書籍(鈴木素子訳:角川書店:2016年)で、13時間以上座っている生活習慣に対して、意図的なエクササイズ運動(EAT:運動性活動熱生産)以外でのNEAT(非運動性活動熱生産)の重要性(消費カロリーが500~2000Kcal程度増加する)を指摘しています。週末にテニスをやったりジムで週数回エクササイズを実施するだけでは十分な身体活動量を確保できないということのようです。
「エクササイズ」は、メタボリックシンドロームやロコモティブシンドローム・フレイル(虚弱)などの改善のための有酸素能力向上や筋(力)の増加などを目的として定期的に計画・実行されます。ただ、エアロバイクやランニングベルトでの有酸素運動やバーベルやマシンによる筋力トレーニングなどが「楽しいかどうか」には個人差があるように思います。一方ストレッチングやヨガやティラピスなどはリラックス感が得られるので「快い」もののようです。
どうやら、スポーツは 「楽しい」からやるようなのですが健康状態の改善にどの程度貢献しているのかは不明確です。一方エクササイズは「やらないと不健康になる!」という強迫観念があるので逆説的に「楽しくないのでやらなくなる」ようなのです。実は、文部科学省の「日本人の運動実施状況」に関するデータは、「階段上り」やウォーキングや筋トレも含めて「スポーツ実施」と同等に扱っているようで「楽しくやるスポーツ」と「いやいややるエクササイズ」を同等に評価しているようです。(続く)
ボールゲームの一対一の場面では、オフェンス側は相手との関係性から幾つかの「選択肢」を実行します。相手との距離が近づいてくるとオフェンス側は、右へ行くような「そぶり」を見せて相手に右側を守るような行動を誘発します。ディフェンス側の右側への反応が起これば「ワンフェイク」で左側へボールを運びますし、相手が既に「ワンフェイク」を予測している「そぶり」があれば「ツーフェイク」で再び右側にボールを運びます。
面白いのは「ノーフェイク」といって、ディフェンス側がフェイクを予測している場合にはそのままダイレクトに右側へボールを運ぶとディフェンスを振り切ることができます。
これらの現象は反応時間における「不応期」として説明されます。私たちの身体は質量が大きい(重たい)ので、事前に特定の方向に行動を起こすよう脳や脊髄を経由して筋収縮の準備をしています。そして「絶妙のタイミング」で反応を開始します。予測が正確であれば相手のコースを止めることができますが、相手の仕掛けてくる方向が読めないときや相手のフェイントに惑わされてしまうとボールを止めることができません。
実は反応時間においては、光刺激に対してすばやく跳びあがる「単純反応時間」にはあまり個人差がないことが分かっています(0.2~0.3秒くらい)。ところが光刺激が提示されるタイミングを予測すると当然それ以下で反応することができます。陸上競技のスタートではピストルの音から0.1秒以内にスターティングブロックに一定以上の力を加えるとセンサーが反応して失格(フライング)となります。しかし「真面目に反応する」と0.08秒ほどで反応できる選手が一定数存在します(2008年NHK放映、反応の限界)ので、こういった選手は失格しないように「人並みにスタートする」練習をします。100mは「反応時間競争」でも「一歩目競争」でも「30m競争」でもないので「トータルとして100mの記録」が最終課題となります。
「刺激提示」から動作システムを起動させ運動指令が脊髄経由で「筋収縮を開始」されるまでを「反応時間」といいます。さらに筋収縮で動作が開始されて課題達成されるまでを「反応動作時間」といいます。「反応時間」にはあまり大きな個人差はないのですが「反応動作時間」は筋収縮のパワーや動作の巧拙により個人差が生じます。さらに「予測付き反応時間」になると「予測精度」の問題もあり大きな個人差(運動場面での経験の差)が生じます。
つまりボールゲームなどでのいわゆる「反応のセンス」は、数多くの運動経験による予測の精度やトレーニングによる身体動作の速度や巧拙(スキル)が複雑に関連して決定されていることとなります。
あのプレーヤーは「センスがいい!」と言われることがよくあります。一方「今のプレーはセンスが悪い?」とも言われることがあります。そういわれると「何となく?」わかったような気もするのですがその実態は何なのでしょうか?
サッカーでは、3大B(Ball Control と Body Balance と Brain Work)やTIPS(Technique と Intelligence と Personality と Speed)の重要性が指摘されています。多分「センスがある」ということの基本にはこれらのことが関連しているのだと思います。またスポーツにおける3大T(Training と Technique と Taktics)という指摘もあります。ベテランアスリートのように技術的にはそれほど問題はなくとも体力的な出力レベルが維持できないケースもあり、実際のパフォーマンスとしては「体力不足」と評価されることとなります。
ではトレーニングによって体力レベルを向上させればパフォーマンスは改善されるのでしょうか?
答えは「ノー」です。実は技術的な課題は身体的能力と密接に関連して変容してゆきます。ゲーム後半にはスピード持久力は低下してきますので、前半と同じような「ボールスキル(技術×身体能力)」は発揮できなくなりますので他の選択肢が要求されます。実はこのことが本来の「センスがある」という表現につながっているように思うのです。
今まで指摘してきたように、私たちの運動司令は「結果を予測して発せられている」ようですので、「このステップでは相手をかわせない」と他のステップに切り替えるケースと同じステップを繰り返してボールを奪われるケースとが生まれます。前者は「センスがある」、後者は「センスが悪い」ということになるのでしょうか? ドイツのシュライナー先生は「サッカーのコーディネーショントレーニング(大修館書店、2002年)」において、「ある運動を行う際に、それがうまくいくように神経や筋肉が協調して働くこと」との視点から様々なトレーニング(ドリル)を提示しています。(続く)