2018年 2月 の投稿一覧

乳酸は疲労物質?

東京大学の八田秀雄先生は「乳酸は疲労物質である」との従来の単純な考え方について、生理学生化学に基づくデータから反論し、新たなトレーニング理論を提唱しています。しかし依然として、200m全力疾走後再び100mを走るトレーニングが「対乳酸能力を改善する」といった不思議な考え方があるのも事実です。実は、乳酸は運動を阻害する「悪者」ではなく、運動を継続するのに重要なエネルギー源なのです。

では「乳酸」とは何なのでしょうか?

筋肉が収縮することによって運動が可能となります。筋肉は「筋原線維」という究極の収縮要素(アクチンとミオシンという二つの収縮タンパク質が連続して繋がったもの)が活動しますが、動くためにはエネルギーが必要です。筋原線維ではアデノシン3リン酸(ATP)からリン酸基を一つ離してアデノシン2リン酸(ADP)になるエネルギーを利用して収縮しますが、そのままでは次の収縮ができません。そこでどこかから早急にエネルギーを持ってきてATPに戻します。このメカニズムが「エネルギー供給系」で、①クレアチンリン酸からリン酸基を離す、②筋内のグリコーゲンを分解する、③筋細胞内のミトコンドリアの働きでの酸化エネルギー利用、という3つのシステムを利用します。それぞれが、①ハイパワー系、②ミドルパワー系、③ローパワー系、といわれ①と②は「無酸素性機構」、③は「有酸素性機構」といわれます。特に、速筋系筋線維での無酸素的なグリコーゲン分解(解糖)が激しくなると、一次的に分解された「乳酸」が処理しきれずに筋内に一定以上蓄積して「きつい」という感覚が生じます。一方、遅筋系では③の有酸素能力が高いので「乳酸」は処理されてエネルギーに変換されます。3×3システムのところでも指摘したのですが、筋の中には速筋系筋線維と遅筋系筋線維が隣り合って混在していますので速筋線維で処理しきれない「乳酸」を遅筋系筋線維にわたしてエネルギーに変換してもらうことができます。八田先生は、これを「乳酸シャトル」と表現しています。

つまり「乳酸は疲労物質である」というのは不正確で、「乳酸はきついという感覚を生じさせて運動継続を制限する」が「うまくエネルギーに変換することによってさらに運動を継続することができる」ということで「対乳酸能力」ではなく「乳酸処理能力」というほうが正確な表現です。

ではどうやって「うまくエネルギーに変換する」のでしょうか?(続く)

 

私は反応が遅い?

テニスのネットプレーで、相手の厳しいバッククロスにすばやく対応してボレーを決める・・夢のようなプレーですが実際にはなかなかうまくいきません。
かつて錦織圭選手がジョコビッチ選手の強烈な逆クロスショットに対して、インパクト直前に絶妙のタイミングで反応動作を開始(0.37秒前)している放映がありました。
「やはり一流プレーヤーは反応が速い!」と思いがちですが、単純な光刺激に対して反応を開始する「反応時間(Reaction Time)」は、0.3秒程度であまり個人差はありません。ところが陸上競技や水泳競技でのピストル音からスタートまでのリアクションタイムは結構個人差があります。何故なのでしょうか?
これは「反応時間」の構造(下図)に関連しています。光刺激が提示されると、網膜から視覚野へ信号が送られます。身体のほうは「跳びあがる準備」はできていますので、視覚野からのシグナルに対応して運動野から「Goサイン」が脊髄を経由して該当筋に送られ筋収縮がおこります(PMT)。ところが筋が収縮をはじめても関節をまたいで動作が始まるまで(MT)には遅れがあります。「あ、分かってるけど身体が動かない!」状態で、特に体重の重い方や筋力の弱い方では多少反応時間が遅くなります。ところが「ヤマを張る(タイミングを「予測」する)」と反応時間は速くなります。が、陸上競技ではピストル音の0.1秒以内にスターティングブロックに大きな力をかけると、たとえ動いていなくともセンサーが反応して「フライング」で失格となります。
野球やテニスでは、投手のボールリリースやラケットのインパクト以前に適切な「予測」が可能です。これは「相手方ディスプレイ状況」から適切な情報を得て、錦織選手のように絶妙のタイミング(「不応期」といい動作を修正できない時間帯・・あまり早めに動くと相手がショットを変えてくる)で反応します。まさに「経験の智慧」です。相手のスタンスやラケットの向き、それまでの確率など様々な状況を瞬時に分析して対応しているのです。卓球女子の伊藤美誠選手の「速攻ミマパンチ!」はこの事前情報を提供しない高度なテクニックです(フェイントでいう”ノーフェイク”と同じ)。
つまり「反応が遅い」のではなく「経験知が足りない」のです。また、トレーニングで動作を速くする(スイング速度やステップ速度のパワーアップ)ことで、反応をおこしてから動作完了までの「移動時間(mvT)」を短縮して全体としての「反応動作時間(Total Reaction Time)」を速くすることができます。