東京大学の八田秀雄先生は「乳酸は疲労物質である」との従来の単純な考え方について、生理学生化学に基づくデータから反論し、新たなトレーニング理論を提唱しています。しかし依然として、200m全力疾走後再び100mを走るトレーニングが「対乳酸能力を改善する」といった不思議な考え方があるのも事実です。実は、乳酸は運動を阻害する「悪者」ではなく、運動を継続するのに重要なエネルギー源なのです。
では「乳酸」とは何なのでしょうか?
筋肉が収縮することによって運動が可能となります。筋肉は「筋原線維」という究極の収縮要素(アクチンとミオシンという二つの収縮タンパク質が連続して繋がったもの)が活動しますが、動くためにはエネルギーが必要です。筋原線維ではアデノシン3リン酸(ATP)からリン酸基を一つ離してアデノシン2リン酸(ADP)になるエネルギーを利用して収縮しますが、そのままでは次の収縮ができません。そこでどこかから早急にエネルギーを持ってきてATPに戻します。このメカニズムが「エネルギー供給系」で、①クレアチンリン酸からリン酸基を離す、②筋内のグリコーゲンを分解する、③筋細胞内のミトコンドリアの働きでの酸化エネルギー利用、という3つのシステムを利用します。それぞれが、①ハイパワー系、②ミドルパワー系、③ローパワー系、といわれ①と②は「無酸素性機構」、③は「有酸素性機構」といわれます。特に、速筋系筋線維での無酸素的なグリコーゲン分解(解糖)が激しくなると、一次的に分解された「乳酸」が処理しきれずに筋内に一定以上蓄積して「きつい」という感覚が生じます。一方、遅筋系では③の有酸素能力が高いので「乳酸」は処理されてエネルギーに変換されます。3×3システムのところでも指摘したのですが、筋の中には速筋系筋線維と遅筋系筋線維が隣り合って混在していますので速筋線維で処理しきれない「乳酸」を遅筋系筋線維にわたしてエネルギーに変換してもらうことができます。八田先生は、これを「乳酸シャトル」と表現しています。
つまり「乳酸は疲労物質である」というのは不正確で、「乳酸はきついという感覚を生じさせて運動継続を制限する」が「うまくエネルギーに変換することによってさらに運動を継続することができる」ということで「対乳酸能力」ではなく「乳酸処理能力」というほうが正確な表現です。
ではどうやって「うまくエネルギーに変換する」のでしょうか?(続く)