日本の運動生理学の権威・故猪飼道夫先生は、運動を記録する筋電図(筋肉の活動を電気的に記録したもの)を「spacing(どの筋を)」「timing(いつ)」「grading(どの位使うのか)」という3つの視点から検討することを示唆しました。
奇麗なフォーム(spacing)であってもタイミングが合わなければミスショットになりますし、必要以上に強く打てばコースアウトしてしまいます。ボール投げの経験の少ない人は、ボールをリリースするタイミングがわからないので「すっぽ抜け」たり「地面に投げつけたり」してしまいます。陸上競技の円盤投やハンマー投は、回転しながら適切な時点で投擲物をリリースしますが、失敗すると一流選手でも不本意な投擲になったりサイドネットに当てたりしてしまいます。
この「絶妙のタイミング」でリリース動作を開始するのに関連しているのが脳にある「大脳基底核」という部位らしいのです。
大脳基底核の病気で有名なのがドーパミンの不足で誘発される「パーキンソン病」で、それぞれの筋肉が統制が取れなくなり「勝手に動き出す」ので通常の動作遂行が困難になります。大脳基底核はその時の運動経過に「必要な回路」だけを活動させ、それ以外の回路を抑え込んでいる「コンダクター」のような存在で、オーケストラでいえば、指揮者がいなくなるので各パートが勝手に演奏を続けてしまい演奏として収拾がつかなくなるようなものです。ところが軽度のパーキンソン病の方では経験者はスキーが滑れるのです。これは斜面を滑り降りるという「緊急事態」が生じたため、脳内で代償性の機能が働いているようですがそのメカニズムはよくわかっていません。
「今だ、イケー!」と絶妙のタイミングでバッティングやショットを開始することが重要で、動作自体を意識する「プログラミング」ではなく「プランニング」というジャンルに属する運動遂行機能です。しかし、タイミングの練習は言語化ができないのでなかなか難しく、「ズ~ッと待っといてポン!」「グ~っと我慢しといてパッ!」といった禅問答のような表現が登場してきます。
私たちが運動を遂行するときは「感覚的随意的運動」と「言語的意図的運動」との2つが存在します。通常の歩行の時は感覚的に遂行されて意識には上りませんが、路面が凍結して滑り出すと「慎重に慎重に!」とか「歩幅を狭くして!」といった言語的統制が発生します。ラリーがうまくいっている時は言葉は背景に隠れていますが、何らかのトラブルが生ずると「定位探求反射(おや何だ反射)」が発生して言語的確認が登場します。そして修正がうまくいくと言語は再び背景に隠れていきます。有名な「オノマトペ」はこの2つを連結しているもののようなのです。
タイミングの練習を実現するためにはある程度の運動経過(プログラミング)が出来上がっている必要があります。難しい課題ではなく余裕のある課題でタイミングをつかむ練習が重要で、強弱のアクセントの学習(grading)でも同様の練習方法が大事です。一度に3つすべては練習できないのです。
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練習を繰り返せば上手になる?
何回練習してもなかなか上手にならない・・そんな悩みをお持ちの方は多いと思います。
また「子どもはどうしてあんなに簡単に出来るようになるの?」との疑問も多く寄せられます。
特に9歳から12歳までの子どもは「ゴールデンエイジ」とよばれ、神経系の発達や可塑性と骨格-筋の発達のバランスが良く「即座の習得」が可能と指摘されています(ただし±3年の発達差はあります)。
では大人はもう無理なのでしょうか?
私たちが運動を上手にできるようになるメカニズムには「小脳」が大きく関係しています。A:テイクバックからB:フォアワードスイング、C:インパクトからD:フォロースルーといった運動経過は「大脳皮質運動野」というところが運動指令を出します。一生懸命「素振り」をして練習すると誰でもある程度できるようになります。ところが、これを飛んでくるボールに合わせようとするとなかなか上手くいきません。卓球やテニスでラリー練習をしている時にナイスショットもありますがいつも会心のショットが打てるわけではありません。
フォアハンドショットを打つことは「プログラミング」、状況に応じて打ち分けることは「プランニング」と呼ばれ、脳の中で司っている部位が違うようなのです。「すごく奇麗なフォームでのミスショット!」というのはこのことと関連しています。
「小脳」のお仕事は、この一連の運動経過を「補正(負のフィードバックといいます)」しているようなのです(下図)。
フォアハンドショットの[A][B][C][D] という運動経過に対して、速いボールならテイクバック[A]を[-1/a1]で補正、遅いボールなら[-1/a5」で補正、通常のボールは[-1/a3]で補正をします。そうすると常に[-1](ぴったんこ!)となります。
そしてこの小脳の補正能力は誰でも持っていて「繰り返して練習すればするほど向上する」と指摘されています。しかし個人差もあるようなので、練習ではラリーの速度を変えたりボールを変えたりラケットを変えたりして「逆動特性学習」を進めることができます。ワンパターンの反復練習がいつか破綻するのはこのことが関係しているようです。
また、インパクトに応じで適切にスイングを開始するのには「大脳基底核」という部位が関与しているようです(続く)。