2022年 6月 の投稿一覧

遺伝子と腸内細菌叢は関連して変化する?

 ロンドン大学のT.スペクター先生は、健康に関わる双子研究の第一人者です。最近の著書で、肥満や糖尿病といった私たち人類にとっての「時限爆弾」が、巷で様々な問題を引き起こしている「非科学的ダイエット」によって更に深刻化していることを指摘しています(ダイエットの科学、白揚社、2017年)。そして、「ジャンクフード」や「トランス脂肪酸」などが引き起こす健康障害は明確であるのに対して、いわゆる「健康によい」とされる様々な食品の効用が、地域と個人によって異なることを指摘します。確かにイヌイットの人たちのアザラシ肉や内臓、脂肪など動物由来96%のカロリー摂取であるのに対してペルー高地ケチャの人たちは植物由来95%のカロリー摂取であり、タンザニアのハッザの人たちは野生動物の肉とハチミツ、ベリーや塊茎が主食で、ケニアのマサイの人たちは肉と牛乳の大量摂取と少量の野菜、アマゾンのヤノマミの人たちは加熱調理したバナナやキャッサバの主食に野菜、果物、昆虫とわずかな野生動物の肉、というそれぞれが地域特有の「メニュー」でそれなりの健康を維持しています。実はこのことが根拠の乏しい様々な「○×ダイエット法」が横行する背景でもあります。
 有名な旧ソ連のメチニコフ博士のコーカサス地方の長寿研究では、牛由来とされる「腸内細菌叢」が、長い歴史の中で営々と築き上げてきた食生活と生活習慣とに関連してヨーグルトなどの乳製品を「餌」として好ましい腸内環境を生みだし長寿を支えているものと考えられています。健康的とされる「地中海料理」もイギリスの人たちへの貢献度は限定的であることも象徴的です。いわゆる「腸内細菌叢」が地域特有の食メニューから必要な栄養素とメッセージ物質をつくり出していることは間違いのないことのようで、この「腸内細菌叢の多様性」が失われると潰瘍性大腸炎や免疫細胞の暴走をまねくことも指摘されています(NHK:ヒューマニエンス 腸内細菌、2021年放映)。
 このように長期にわたる食習慣に対応して私たちの腸内細菌叢は、集団的にも個人的にも変容してきたようで、様々な機能を発現する遺伝子スイッチの発現にも関連しているようです。最近「エピジェネティックス」といって各種遺伝子スイッチの「後天的なオン=オフ」を変化させて遺伝子を変化させる働きがあることが指摘されてきています。国立遺伝学研究所の佐々木裕之先生は、いわば「獲得形質が遺伝する?」との仮説との関連を指摘し、エピジェネティックな病気発症のメカニズムと「DNAメチル化(塩基配列には変化を与えないで化学装飾というかたちで遺伝子に目印をつけ、遺伝子に転写してゆく)」の関係から環境要因や生活習慣とも関連してメチル化が起こる可能性を指摘します(エピジェネティック入門、岩波書店、2005年)。
  


 

「多様性」と「定型化」の違いは?

 運動経験が豊富であるということは、様々な条件変化に対応できる(多様性がある)ことを意味します。一方、スポーツ動作の実施には一定で安定した運動経過の発揮(定型化している)が求められます。これは一見「矛盾」しているように思われます。実は私たちの身体は「機械のような正確さ」では動いてはいないようで、1930年代にロシアの著名な生理学者・ベルンシュタインは、上手くいっている周期的な動作(例えば連続した釘打ち動作)も正確には反復されていないことを指摘しています。これは「冗長度」という概念で表現され、ほぼ同じ軌道なのだが微妙にずれながら正確に釘を打っていることを示します。
 私たちの身体は上肢や下肢、頭部や体幹といった多くの節(セグメント)から構成されているので「機械のように正確に」動かすことは困難なので「同じような軌道」を描くような「冗長度(ある程度のいい加減さ)」を持っています。1%ずれたからといって破綻するようなシステムは現実的ではなく、5%とか10%のずれを想定してその状況でも運動が実現できるように反復練習をして対応します。かつて日本インカレにも出場した走高跳選手が「助走-踏切準備-踏切-空中動作-クリア」のそれぞれが100%上手くいくことはあり得ないので95%程度の冗長度で対応して「最高の跳躍を実現する」ように練習をしています・・とコメントしていました。
 この「冗長度」を支えている神経システムは「大脳基底核」と「小脳」と考えられています。小脳は運動経過(例えばテイクバック~フォアワードスイング~インパクト~フォロースルー)に「補正」をかける働きがあります。「ストレートと判断」してバットスイングを開始したが「あれ、フォークボールだ!」とスイングのタイミングを変えインパクトを補正するのは小脳の働きです。そして「どの補正が必要か?」を選んでいるのが大脳基底核のようです。大脳基底核の疾病であるパーキンソン病は、この補正をするディレクターが機能を失いそれぞれのパターンが「勝手に動きだす」ので手足の振顫に代表される様々な症状が現れます。NHK:ヒューマニエンス:”天才”(2021放映)では、将棋のプロ棋士は瞬間的に提示される「詰め将棋」の判断に80%程度の正確さで対応しており、その際プロ棋士ではこの大脳基底核が働いていることが示されました。田中寅彦棋士は「アマチュアの方は算数を解いているようだが私たちは音楽を演奏している芸術家のような感覚だ」との大変印象的なコメントを残しています。じつは大脳基底核は意識に上ることはないものの情動や感情にも関与している部位なのです。