2017年 12月 の投稿一覧

「熱中症」と「低体温症」

私たちヒト(ホモサピエンス)は、発汗による体温調節のできる珍しい動物です。そして「恒常性」といって体内環境を極めて狭い範囲に安定させながら熱帯から氷雪環境に至るまで進出し、様々な身体活動を行ってきました。
体温調節にかかわって「体毛」を失ったため、寒冷環境においては衣服をまとって保温をする必要が生まれました。ちなみに絶滅したネアンデルタール人は「縫い針」を発明しなかったとされ毛皮を羽織っていたようです。また身体が大きく脚が短く発熱源の筋肉量も多かったようで、消費カロリーの多い分摂取カロリーも高かったと推定されています。
私たちは「恒常性」を持っているがゆえ、暑熱環境や寒冷環境下での身体運動時の体温変動は運動遂行に大きな影響を与えます。
「熱中症」は、継続される運動により数分間で3~4度上昇する「産熱」を十分に「放熱」できないため直腸温が40度を超えて発症します。世界のトップクラスのランナーの参加する夏の五輪や世界選手権のマラソンでも30~40%がリタイアします。
一方、冬のマラソンやロードレースで最近報告される「低体温症」によるリタイアや救急搬送は、深部体温が35度以下になる症状(28度以下は重症とされる)です。
厳しい環境要因(低温・雨や雪による濡れ・強い風など)によって、ペース低下(発熱量減少)や過度の放熱(対流・伝導・輻射など)が誘発され、寒さ・ふるえ・悪心・嘔吐・意識障害等の症状がみられ、医療機関への緊急搬送も報告されています。
最近は選手も「アームウォーマー」「帽子」「タイツ」などで冬のレースに備えるようになりましたが、かつてはランニングとパンツという軽装で臨んで、いわゆる「30Kmの壁(筋グリコーゲンの枯渇)」で調子を崩し、疾走速度が低下して低体温症で苦しんでいる選手も多かったようです。
また、熱生産のエネルギー源である糖質摂取(たんぱく質も食後の熱生産効率が良い)も大事です。冬のレースに「空腹」で参加するとトラブルの原因となりますので注意しましょう。

スポーツ実施中の暑さ対策は?

人類(ホモ・サピエンス)は20万年の進化の中で「発汗による体温調節」を獲得した極めて珍しい「動物」です。これは、アフリカのサバンナで「昼間」に移動する必要性があったからです。「持久狩猟」といって、発汗により体温調節のできないシカ(アンテロープ)を20~30Km追い回して熱中症にして仕留めます。ライオンやヒョウも発汗による体温調節ができませんので昼間は寝ていて安全です(まさに”ライオンは寝ている”!)。
発汗により体温調節ができるものを「能動汗腺」といいます。これは子どもの頃の生育環境によってその数が決まり、後天的なトレーニングでは増加しないといわれています。これが暑さに強い「ヒートランナー」がいる所以です。
ですから「発汗機能」があまりよくない(他人より汗をかきにくい)人の場合は、長時間体温上昇を伴うような運動は苦手ということです。ただし、長距離ランニングを繰り返すと発汗機能は改善しますし、その日の体調によっても発汗機能は異なります。
スポーツ実施中は、発汗のための適切な水分補給が必要です。また、水だけを飲んでいると塩分補給が追いつかず「低ナトリウム血症(昔でいう”水あたり”)」になり痙攣を誘発します。マラソン後半、水分補給したのに「脚の痙攣でリタイア」はこのケースが多いのです。スタート前のウォーミングアップから、300~500ccの水分やスポーツドリンクを摂取して発汗機能を活性化しておくことをお薦めします。また高温環境下では、熱中症対策のいわゆる「塩飴」など(飴ですので糖質もある)の摂取も必要かもしれません。
ウェアは「通気性」の良い素材と「襟付きやVネック」デザイン(新しいTシャツなどの通気性のない ”丸首” はNG)が体熱の排出(伝導・対流・輻射・蒸散の4ルート)には有利です。(続く・・)

このブログについて

新日本スポーツ連盟附属スポーツ科学研究所・所長の山崎健先生(新潟大学名誉教授)によるQ&A式ブログです。

山崎 健(やまけん先生):1950年生まれ
新潟大学名誉教授
東京教育大学大学院体育学研究科修了(運動生理学)
専門分野:運動生理学、陸上競技のサイエンス

マスターズM70三段跳&競歩選手兼おじいさん市民ランナー
(ホノルルマラソンにて)