2023年 7月 の投稿一覧

「直感的予測」と「ヤマをかけること」は違うのですか?

 テニスなどのボールゲームでは、相手のショットに対して「素早く」かつ「的確に」対応する必要があります。ネットプレーでは相手方のショットのコースを予測して「絶妙のタイミング」でボレーを決めます。
 このように刺激に対して素早く動くことを「反応時間」といいますが、反応時間には「不応期」という概念があって、反応の方向を決めてしまうとそれをリセットするのに時間がかかりますので、相手のショットが始まってからプレーの位置に移動する必要があるのです。しかし、あまりに早いタイミングで移動を始めてしまうと相手がショットのコースを変えてきます。有名な2014年全米オープンでの錦織Vsジョコビッチのプレーでは、ジョコビッチがショットを打つ0.37秒前(その時点でジョコビッチがショットの方向を変えることは不可)に動き出しライジングでクロスショットを打ってポイントを取るシーンがあります(NHK放映、0.37秒の駆け引き~錦織圭 知られざる予測能力、2015年放映)。
 いわゆる「ヤマをかける」という表現は「ヤマが外れる」ことも想定しての ”ギャンブル” というニュアンスがあるのですが、「直感的予測」はプレイのストーリーの中での何らかの手掛かりをもとに反応を起こしているようで、おそらく幾つかある選択肢(大脳皮質運動野と小脳外側部から構成されるいわば反応動作のレパートリー)の中からその条件下での最適な「解」を実行しているものと思われます。この時に重要な役割を果たしているのが「大脳基底核」のようで「予測した選択肢との誤差」が少ない(成功する)とドーパミン作動性の「報酬系」が作動して「強化学習」が成立するようなのです。ヤマが外れると「やっぱり違ったか・・!」という反応が起こるのですが「直感的予測」では「あと一歩足りなかった・・!」という「誤差が大きかった」という反応になるようです。
 一方、卓球のような高速で連続したラリーの中での場合にはもう少し「即時的」な対応もしているようです。オランダ自由大学のブーツマ先生は、トップクラスの卓球選手のスマッシュ実験のデータから、ボールとの接触直前にラケットの面が減速・変化しており、飛来するボールの「知覚情報」に応じて「制御」している可能性を示唆しています(佐々木正人、アフォーダンス-新しい認知の理論、岩波書店、1994年)。

「動き(スキル)の獲得」が先行する・・?

 トレーニングはその種目やポジションの「特異性」に合わせて実施されます。250Kmの自転車ロードレースと42.195Kmのフルマラソンとではともに高い持久力が求められますが、持久的能力の発揮の仕方が異なります(ペダリングとランニング)。ペダリングでは「アンクリング」といって真下ではなくやや前方に踏み込むテクニックが求められますのでサドルの前後位置も調整が必要です。またレース中の回転数(ケイデンス)も90~110回転/分と高いので、通常の自転車エルゴメーターの測定で用いられる60回転/分のプロトコールではレースの状況とも合致していません。筋の「3×3システム」から考えても、60回転/分では速筋線維×ハイパワー系に負担がかかってしまいます。

 一方ランニングでも踵から接地する「ヒールストライク型」では推進力にブレーキ要因が発生しますので「フラット型」や「フォアフット型」の接地が有利になりますので「ストライドをやや狭くしてピッチを上げる戦略」をとることでランニングのエネルギー効率が改善されます。最近話題の「カーボンプレート内蔵の厚底シューズ」はこの接地方法のランナーのエネルギー効率(ランニングエコノミー)が高くなることが指摘されています(丹治史弥他、カーボンファイバープレート内蔵厚底ランニングシューズによるランニングエコノミーへの影響、ランニング学研究 Vol.32、2023年)。

 つまりトレーニングのプロセスでは「効率的な動き(スキル)の獲得」が先行するのであって、効率の悪い動きのままではトレーニング効果は限定的になってしまいます。また、レースの進捗に伴いエネルギー供給系が「変容(筋疲労の進行だけではなくレース戦略の変更も含む)」してきます。この点で変容したエネルギ供給系の「モード(ハイパワーモードとミドルパワ-モードの比率など)」に応じて運動スキルを変容させて破綻をきたさない戦略が必要になってきます。これがいわゆる「適応制御」としての「巧みさ」です。「いろいろな動きができること」ではなく「状況に応じて適切な動きに切り替え」「破綻をきたさず最適な運動経過を継続する」ことが重要なのです。

 この時、脳内での「大脳基底核」の働きが重要であることが指摘されています。複数の動作の選択肢の中から最適な経過を予測して上手く実行した場合にはその「予測誤差」が少ないことが「褒賞系(ドーパミン系)」を作動させるようなのです(強化学習)。まさに「褒めてもらう」ことが直感的な判断を支えているようです。

「ミトコンドリア」が増える?

 東京大学の八田秀雄先生は、「乳酸いき値トレーニング」は80%強度より少し高めの運動強度で数分間実施することにより筋線維(特に遅筋線維)内の「ミトコンドリア」が増殖するというトレーニング効果を指摘します(八田英雄、乳酸を使いこなすランニング、大修館書店、2011年)。筋肉は遅筋繊維と速筋線維から構成されている(混在しているが協働で収縮する)ので、速筋線維で生ずる乳酸を遅筋繊維のミトコンドリアがエネルギーに変換するという「乳酸シャトル」という概念です。またミトコンドリアの増加とともに筋の毛細血管網も発達する(運動により血管内皮成長因子などが分泌される)ので「有酸素的能力」が向上します。
 また60%強度のランニングは「基本的トレーニング」とされ、全練習量の2/3以上を占める必要性も指摘されています。そしてトレーニングの継続による有酸素的能力の改善に応じて60%強度のランニングスピードは改善されます。最初はキロ8分であったものがキロ7分になりキロ6分になっていきます。ですからキロ8分のままでトレーニングをしていては身体機能は改善されないこととなり60%強度での「心拍数トレーニング」を行うことが重要です。また日によって体調は異なりますので心拍数と「自覚的運動強度(ボルグスケール)」からその日のランニングスピード(運動強度)を決定することが重要です。
 有名な立命館大学の田畑泉先生の「タバタメソッド」は最大酸素摂取量の170%強度の運動を20秒間継続し10秒間の休息を挟み6~8セット実施する短期間高強度インターバルトレーニング(HIIT)で、週2回のトレーニングで最大酸素摂取能力と最大酸素借(いわゆる無酸素的能力)の両者の改善を図るものです。カルボーネン法で計算すると心拍数が250拍/分を優に超えてしましますので経験的に6~8セットで「疲労困憊に至る」運動強度と運動方法(動作)を決定します(田畑泉、世界標準の科学的トレーニング、講談社、2022年)。この際「どのような運動方法(動作)」を選択するのかということが重要です。トレーニングには「特異性」と「一般性」という概念があり、トレーニングは個別の条件下で実施され特異的(自転車ロードレースなのかマラソンなのか)に形成されるのですが有酸素的能力は「一般的能力」として測定されます。しかし自転車競技選手は「自転車エルゴメーター」でマラソンランナーは「トレッドミル(ランニングベルト)」で測定する方が妥当性が高くなります。

「乳酸いき値トレーニング」って何ですか?

 最近話題の「乳酸いき値トレーニング」は、持久的トレーニングの運動強度の指針となるもので最大の持久的能力に対する%で示されます。低強度運動継続時のエネルギー源は「遊離脂肪酸(FFA)」が主要で細胞内のミトコンドリアで「有酸素的」に生成されます。そして運動強度が上昇するにつれて追加のエネルギー生産システムが必要となり「糖(筋グリコ-ゲン)」が利用されます。この際にピルビン酸が先ずつくられると考えられておりこのピルビン酸もミトコンドリアで有酸素的に処理されます。ところが運動強度が高い場合にはこのプロセスだけでは処理しきれずに「乳酸」が生成されます。このプロセスは同時並行的に進行しているので、結果的に運動強度が上がるとピルビン酸が処理しきれずに血中乳酸濃度が上昇してきます。

 この血中乳酸濃度は、自覚的には「きつい」という感覚を生じさせますのでスウェーデンの著名な生理学者・ボルグ先生は、「最高に楽」から「最高にきつい」に至る6~20段階の「自覚的運動強度(ボルグスケール)」というものを提唱しています。またこの数字は運動時心拍数のおよそ1/10であることも指摘されています。

 段階的に運動強度を上げてゆくと血中乳酸濃度も上昇するのですが、最大の60%強度あたりで乳酸値の増加曲線がやや急になり80%強度を超えるとさらに急激に増加するといわれています。そして80%強度を超えると乳酸をエネルギーに変換する処理が間に合わなくなりそのまま継続するのは「無理」という感覚が生じますので80%を「乳酸いき値」と定義します(血中乳酸濃度では4ミリモル/L)。

 ただ腕時計型の心拍系では運動実施時の血中乳酸濃度を測ることはできませんので、80%強度と推定される心拍数を個人別に推定して表示しますが、この時問題となるのが心拍数の個人差です。基準となるものは「安静時心拍数」と「運動時心拍数」と「最高心拍数」なのですがこの「最高心拍数」が個人の年齢やトレーニング経験によって大きく異なっていることが知られています。

 有名な方法は「カルボーネン法」といって最高心拍数を「220-年齢」と推定します。そして安静時心拍数と運動時心拍数との関係から、推定最高心拍数―安静時心拍数を100%として、60%強度や80%強度を計算します。40歳の方で安静時心拍数が60拍/分であれば、80%強度は((220―40:推定最高心拍数)-60:上昇キャパシティ)×80%)=96拍/分に安静時心拍数を加えた156拍/分となります。30歳で安静時心拍数が55拍/分であれば、60%強度は((220-30)-55)×60%=81拍+安静時心拍55で136拍/分です。

 ですから厳密に最高心拍数を推定するためには「ビルドアップ法」といって運動強度を段階的に上げていった最高心拍数やレースでのラストスパート時の心拍数を記録したりすることで補正することが必要となります(血中乳酸を測定してもらって4ミリモル強度を推定する方法もあります)。