2019年 1月 の投稿一覧

ジャンプ力遺伝子?

 2010年NHK放映の「金メダル遺伝子を探せ」では、速筋線維の機能に関係するACRN3遺伝子だけではなく、他の様々な遺伝子が示されました(善家賢、金メダル遺伝子を探せ!、角川書店、2010年)。そのなかで、東京健康長寿医療センターの田中雅嗣研究部長が、日本屈指のスプリンター・朝原宣治氏の遺伝子解析を行い、10の遺伝子の11の発現型からそれぞれを0・1・2点で評価して22点満点で評価する方法を紹介していました。それぞれの遺伝子(多型)は「1回最大挙上重量」「ピークトルク」「徐脂肪体重(筋量:3種)」「筋再生(2種)」「腕の筋量」「ジャンプ力」「筋力」そして「ACTN3=スプリント能力」から評価され、22点満点で18点とやはり天性のスプリンターであったことが証明されました。また、筋の再生だけではなく筋の萎縮や筋力低下を防ぐ遺伝子スコアも高く、筋量にかかわる遺伝子からも36歳までオリンピック選手を継続できた背景がうかがえます。
 ところが、走幅跳8m13の記録を持つ朝原選手のジャンプ力に関連するとされる遺伝子(NR3C1)が0点という評価が示されました。朝原選手は「僕は垂直跳は全然ダメなんです。そういうジャンプ力のことかもしれませんね」とのコメントでした。
 じつはジャンプには垂直跳や立幅跳のように膝の屈曲伸展を最大限に使う「ゼローMax.」タイプのものと走幅跳やカンガルージャンプのように弾性エネルギーの再利用というリバウンドジャンプの2種類があります。秒速11mの助走スピードから「膝の屈曲伸展」を使っていては潰れてしまって跳躍することができないのです。
 ですから運動関連遺伝子だけでは、機能評価はできても、実際の表現型では異なる結果をもたらすようなのです。
 ケニアのカレンジン族長距離ランナーの遺伝子構成は、ジャマイカのスプリンターと同様の瞬発型の筋遺伝子をもっていてACTN3遺伝子のTT(XX)型が長距離に有利との定説とは異なっています。ケニア人ランナーの持久的能力の指標である「最大酸素摂取量」はそれほど高くないことも指摘されていて、運動能力はそう単純には決定されていないようなのです。

運動にかかわる遺伝子って?

 最近「遺伝子検査」サービスが話題となっています。ガンや生活習慣病、肥満や肌のタイプなどのリスクについて数万円程度で検査結果がわかるとうたっています。医学研究では血液採集が主流ですが、通常の検査キットは「唾液(口腔内皮のかけら)」を採集して送付する方式です。
 結果の受け止め方は様々なようで「全くあてはまらない」から「何となく納得できる」まであります。遺伝子の判定は、特定の遺伝子(多型といいます)についてその「機能」や「表現型」から推測します。また、質問項目(本人や親族の身体状況や既往歴など)への回答からも判定しているようです。
 スポーツに関係して話題になるのが筋の性質を決めると考えられているACTN3という遺伝子で、バンクーバー冬季五輪の2010年2月に「金メダル遺伝子を探せ」のTV放映で話題となりました。
 ACTN3の577番目にある速筋系筋線維の構造を強化するアルギニンというたんぱく質を作れるか否かで「CC(RR)型」「CT(RX)型」「TT(XX)型」に分類され、CC型は「瞬発系競技」にTT型は「持久系競技」に向いているとされています。
 特殊なたんぱく質を作らない能力が何故持久的運動に有利なのかについては、オーストリアのノースが、ネズミの持久的能力の実験でTT型に類似したマウスのほうが長時間運動を継続できるとのデータが根拠です。ただこれはランニングベルトの速度が遅いので、ベルトの速度が速ければ、短時間でもTT型はついていけずCC型は走れるということを意味しています。
 じつは私も3年前にこの「運動遺伝子検査」を受けたところ、三段跳選手である私の筋線維のタイプはTT型で、一流跳躍選手になれなかった理由が垣間見えました。
 また持久的能力にかかわる他の遺伝子多型にACEがあります。これは血圧上昇にかかわるアンギオテンシノーゲンというホルモンに関連する因子で、血管収縮能力に関連していて、持久型と瞬発型にかかわります。更にPPARGC1A遺伝子は、有酸素的能力にかかわる筋肉内のミトコンドリアの生合成(PGC-1アルファたんぱく質の増殖)にかかわる因子で、持久的トレーニングの効果に関連しています。この遺伝子がネガティブなタイプの人は、持久的トレーニングの効果が期待されませんので「走るのなんか大嫌い!」となるのかもしれません。ただし、持久的運動は健康維持のために必要ですので、テニスやバドミントンや卓球を長~く楽しくやる必要があるのです。(続く)

カンガルーのジャンプ力は?

 時々、TVの映像でカンガルーが飛び跳ねているシーンが放映されます。実はカンガルーは、時速40Kmで2Km(3分間)移動可能であるといわれていて、最大時度70Km、最大ジャンプ幅13mという驚異的運動能力の持ち主です。発情期には1日100Kmも移動することも知られていて、何故か「瞬発力」も「持久力」も優れているのです。
 これを可能にしているのが長いアキレス腱です。カンガルーは筋の収縮を利用して跳んでいるのではなく、勢いをつけた着地の際にふくらはぎの腓腹筋を緊張させます(長さを変えない)。すると長いアキレス腱に弾性エネルギーが蓄積されて短時間で「バネ」の要素が働いてジャンプを可能にしてくれるのです。つまり余りエネルギーを無駄遣いせずに高い運動能力を実現しているのです。
 このメカニズムを支えている構造が「筋腱複合体」といわれ、垂直跳や立幅跳とは全く異なるメカニズムが働いています。”リバウンドジャンプ” とか ”プライオメトリクスジャンプ” という「落下(着地)で得られた弾性エネルギー」を再利用する運動のやり方なのです。
 ランニングもこのメカニズムを巧みに利用しています。私たち人類のご先祖様は、アフリカのサバンナで30Km近く獲物を追い回して熱中症でダメージを与えて捕獲する戦略をとっていました(持久狩猟)。絶対速度は遅いものの継続したランニングが重要で、そのためには長いアキレス腱や大殿筋を利用してエネルギーの無駄遣いをせずに走ること(筋活動で膝の曲げ伸ばしをあまり使わないこと)が必要だったのです。またこの際には脂肪(遊離脂肪酸)からエネルギーを生産する代謝経路を活用します。糖質は大型化した脳を十分働かせるために使い、脂肪は長時間移動のために使うという戦略をとったのです。
 ランニングはこの弾性エネルギー再利用のために「跳ねる(遊脚相といいます)」のに対して、歩行は跳ねません。それ故ランニングのエネルギー効率が数十%であるのに対して歩行は18%以下であるといわれています。ところが競歩の一流選手(10Km38分位)はなんと28%にも達していることも分かっています。
 つまり私たちには弾性エネルギーを上手に使う能力があるようで、「効率よく運動すること」は人類の才能のようなのです。