2021年 2月 の投稿一覧

ミスマッチ病?

 ハーバード大学の進化人類学者・リーバーマン先生は、進化と適応は「健康」のためではなく「繁殖」のために起こることを指摘し、進化のプロセスでのなじみのある刺激が「大きすぎること」と「小さすぎること」そしてかつてはなかった「新しすぎること」によってミスマッチを引き起こす「ディスエボリューション(トレイドオフ)」として以下の47の症例の「非感染性のミスマッチ病」を指摘しました(「人体600万年史(下)」塩原通緒訳:早川書房・2015年)。そして遺伝的に引き継がれる要因と文化的に引き継がれる要因との関係から、農業の発生にともなう変化、そして産業革命以降の工業化に伴う身体運動様式の変化が様々な不適合(ディスエボリューションの ”悪循環”)を引き起こすことを指摘しています。

 同じくハーバード大学の精神科医・レイティ先生は、「脳を鍛えるには運動しかない!」(野中香方子訳:NHK出版・2009年)の中で、身体運動の実施が身体に様々な物質を分泌することを指摘します。「脳由来神経栄養因子(BDNF)」「インシュリン様成長因子(IGF-1)」「線維芽細胞成長因子(FGF-2)」「血管内皮成長因子(VEGF)」「心房性利尿ペプチド(ANP)」などの体内ネットワークを担う重要な物質を分泌することが解明され、過栄養と運動不足に起因するメタボリックシンドロームだけではなく、ストレスの増加による「不安症」「うつ」「パニック障害」や「ADHD」など様々な精神性疾患への改善可能性を指摘しています。また、現代社会での反復されるストレスへの反応が、脳の大脳辺縁系にある「扁桃体」といういわば非常スイッチをオンにして、脳下垂体から副腎皮質に至る「HPA軸」を介してストレスホルモン(コルチゾール)を分泌し、恒常的なコルチゾールの分泌が記憶をつかさどる大脳辺縁系の「海馬」の神経細胞を委縮させること、非常事態に備えてエネルギー源である中性脂肪の蓄積を促進すること、また交感神経系の恒常的緊張により血管系を収縮させ心疾患を誘発すること、そして様々な精神性疾患の症状につながることを警告し、逆に身体運動の実施がこれらの症状を緩和する治療薬と類似した反応(併用が望ましい)を促進することを指摘します。つまり身体運動の実施(有酸素運動と認知負荷の高い運動の組み合わせを推奨)が私たちの大型化した脳の危機を緩和してくれる可能性を示唆しているのです(レイティ:野中訳「GO WILD~野生のからだを取り戻せ!」、NHK出版・2014年)。

脳をまもる身体運動?

 先日TVで「あなたの大切な記憶は何ですか?」という放映がありました。アルツハーマー病改善に取り組む加齢専門研究所:Buck InstituteのCOE:ブレデセン先生の「RECODE(Reverse Cognitive Decline)法」を特集したものです(ソシム社(2018)から「アルツハイマー病 真実と終焉」(山口茜訳)が邦訳されています)。
 従来アルツハイマー病は、脳内にアミロイドβというタンパク質が作られ神経細胞同士の結合が阻害されて発症するとされており、このアミロイドβの蓄積を如何に抑えるかが研究の中心とされてきたようです。またApoE4という遺伝子を保有していると発症リスクが30~50%上昇するとされています。
 ブレデセン先生は「何故アミロイドβが蓄積するのか?」について研究する中から、アミロイドβの蓄積自体は一種の「防衛反応」であり、その要因に「炎症」「栄養素とシナプスを支えるその他の分子の欠乏」「毒物への暴露」の3つの異なるプロセスがあることを指摘します。そして、それらを引き起こす 36 の要因に対して、食事や運動、睡眠や毒物暴露を避けるなどの生活習慣への取り組みによって改善可能である(屋根に空いた36個の穴をふさぐ取り組み)ことを指摘しました。
 私たちホモ・サピエンスの脳は、およそ180万年前のホモ・エレクトスの段階から大型化してきたことが指摘されています。その要因には狩猟採集活動に伴う身体活動量の劇的増加、肉の摂取と火の使用による加熱調理での腸への負担軽減と脳へのエネルギー供給の増大、狩猟採集活動での協働性とコミュニケーションの必要性、石器の精密化(見通しを持つ抽象性の発達)に伴う脳の機能的発達などが「共進性」となって作用したのではないかと考えられています(ただし火の使用についての人類学的遺跡は80万年前からとされている:人類学者のハーバード大・ランガム先生も「火の賜物~ヒトは料理で進化した(依田卓己訳)」(NTT出版:2010)の中で旧石器時代に火を使用した可能性はあるものの証拠はないと指摘する)。
 つまり私たちは、180万年にわたる直立二足歩行や狩猟活動を行う身体活動と食事摂取と睡眠、仲間との共同性や道具の製作などと密接な関係性を保ちながら脳を大型化させてきたものと考えら、それ故に私たちの身体と脳を形づくってきた「運動」「食事」「休養」の内容が十分に担保されないと様々な「不都合(肥満や糖尿病などの身体的不健康だけではなくこころと身体の統合のトラブル)」をきたすようです。ハーバード大学の進化人類学者・リーバーマン先生は「ミスマッチ病」として非感染性の47の症例を指摘しています。(つづく)