ハーバード大学の進化人類学者・リーバーマン先生は、進化と適応は「健康」のためではなく「繁殖」のために起こることを指摘し、進化のプロセスでのなじみのある刺激が「大きすぎること」と「小さすぎること」そしてかつてはなかった「新しすぎること」によってミスマッチを引き起こす「ディスエボリューション(トレイドオフ)」として以下の47の症例の「非感染性のミスマッチ病」を指摘しました(「人体600万年史(下)」塩原通緒訳:早川書房・2015年)。そして遺伝的に引き継がれる要因と文化的に引き継がれる要因との関係から、農業の発生にともなう変化、そして産業革命以降の工業化に伴う身体運動様式の変化が様々な不適合(ディスエボリューションの ”悪循環”)を引き起こすことを指摘しています。
同じくハーバード大学の精神科医・レイティ先生は、「脳を鍛えるには運動しかない!」(野中香方子訳:NHK出版・2009年)の中で、身体運動の実施が身体に様々な物質を分泌することを指摘します。「脳由来神経栄養因子(BDNF)」「インシュリン様成長因子(IGF-1)」「線維芽細胞成長因子(FGF-2)」「血管内皮成長因子(VEGF)」「心房性利尿ペプチド(ANP)」などの体内ネットワークを担う重要な物質を分泌することが解明され、過栄養と運動不足に起因するメタボリックシンドロームだけではなく、ストレスの増加による「不安症」「うつ」「パニック障害」や「ADHD」など様々な精神性疾患への改善可能性を指摘しています。また、現代社会での反復されるストレスへの反応が、脳の大脳辺縁系にある「扁桃体」といういわば非常スイッチをオンにして、脳下垂体から副腎皮質に至る「HPA軸」を介してストレスホルモン(コルチゾール)を分泌し、恒常的なコルチゾールの分泌が記憶をつかさどる大脳辺縁系の「海馬」の神経細胞を委縮させること、非常事態に備えてエネルギー源である中性脂肪の蓄積を促進すること、また交感神経系の恒常的緊張により血管系を収縮させ心疾患を誘発すること、そして様々な精神性疾患の症状につながることを警告し、逆に身体運動の実施がこれらの症状を緩和する治療薬と類似した反応(併用が望ましい)を促進することを指摘します。つまり身体運動の実施(有酸素運動と認知負荷の高い運動の組み合わせを推奨)が私たちの大型化した脳の危機を緩和してくれる可能性を示唆しているのです(レイティ:野中訳「GO WILD~野生のからだを取り戻せ!」、NHK出版・2014年)。