レジスタンストレーニング(いわゆる筋トレ)は「筋出力アップによるパフォーマンス改善」を課題としています。ところが私たちの身体は大変複雑にできていて「パフォーマンス」はあくまでも「相対的」かつ「総体的」に決定されるようなのです。
脚伸展力は主として大腿前面の大腿四頭筋が活動しますが、大腿四頭筋は膝関節には「伸展」作用をしますが股関節では「屈曲」作用をします。大腿裏側のハムストリングスは、膝関節には「屈曲」作用をし股関節には「伸展」作用をします。そして、あるタイミングでは適度に共同性に収縮して膝関節を「固定」してバネを生み出します。
ですから大腿四頭筋の筋力トレーニングはどの様な動きを目的としてどのような方法(負荷と速度)で実施するのかが重要となってきます。
100m走のような一見単純な課題であっても、「スタート」「加速」「等速維持」「失速回避」という全体の戦略が重要です。実は20世紀の戦略は、60mまでに得られたトップスピードをそれ以降いかに維持するのかという風に理解されていたのですが、どうやらそれではベストタイムが狙えないようなのです。21世紀の100m戦略は70mまで自分の最高速度を出さず(出してしまうのと最後まで持たない)そのまま低下を防ぐ方が結果として最速タイムが出るようなのです。北京の五輪で9秒58の世界新記録で走ったウサイン・ボルト選手の速度曲線を見ると、70mまでで得られた速度の低下を最小限に抑えながらゴールしたようです。つまり後半のランンングスキルは如何に速度低下を防ぐのかが重要な課題となり、筋力は速度低下を防ぐランニングスキルを維持するために発揮されます。100mはスタート競争でも50m競争でもないので最後にベスト記録を残すというのが本来の課題です。
トップクラスのコーチングをされている方はこのことを良く理解されているのですが、「科学的経験論(それなりに勉強をされていてかつご自身の成功体験を持っている?)」に陥りがちな方には全体の戦略やバランスにも注意を払っていただきたいのです。スタートで先行することは決して悪いことではないのですが、それを中心課題とするトレーニングメニューだけでは最速タイムは望めないのかもしれません。自分の武器は ”スタートダッシュ” だ・・といってもその武器を使ってしまったが故に ”最速タイム” が出ない可能性も否定はできないのです。
私たちの研究では、100mを10秒台で走るスプリンターが同一タイムで走っても、日によって疾走速度とストライドとの相関が高いケースもあればピッチとの相関が高いケースもあります。これはその日の身体状況に応じて戦略を変えているようなのです(いわゆる「適応制御」のようなものと考えています)。
短距離選手でも長距離選手でも、跳躍選手でも投てき選手でも「体幹トレーニングの重要性」は指摘されていますがそれをどのように実践してゆくかは選手とコーチの経験と決断にゆだねられているといってもよいのです。
実は「本当に普遍的で確実なトレーニング方法」は存在しないようで、選手個別にフィットさせなくてはいけないようなので、身体状況やパフォーマンスをモニターしながらトレーニング内容を再検討していく必要があるようです。