ニューヨーク市立大学の人類学者・ポンツァー先生は論文「運動のパラドクス なぜやせられないのか(別冊日経サイエンス:食と健康)」(2020)のなかで、200万年にわたる人類の狩猟採集活動に比べ農業は1万年前で近代的な都市や技術は数世代でしかないにも関わらず、現在のタンザニアのハッザ族の共同的な食料調達で、女性は採集活動、男性は狩りと追跡に多くのエネルギーを消費しているにもかかわらず同体格の欧米人とのエネルギー消費量にはほとんど差がないことを指摘しています。男性で2600Kcal、女性で1900Kcalとのデータであり、ハッザの人びとはエネルギー消費を抑えながら高い活動水準を維持している「省エネな身体」になっているらしいのです。細胞や臓器の維持のためのエネルギーが少ないことや運動実施により免疫系の炎症反応が抑えられていること、生殖ホルモンのレベルの下がることなどが原因と考えられ、動物実験でも日々の運動量を増やしてもエネルギー消費量に影響がなく組織修復も鈍くなることを指摘しています。つまり毎日のエネルギー消費を抑えて維持させるためのいくつかの戦略を進化させているようなのです。そして人類はエネルギー大食い人間であり「肥満が運動不足というよりも大食いの病であることを示している」と結論付けています。
タフツ大学の栄養学のロバーツ先生らは論文「カロリー神話の落とし穴(前掲の別冊日経サイエンス)」のなかで、消費エネルギーについて「二重標識水法」という厳密な測定を行い、健康体重で標準身長の米国成人男性で2500Kcal、肥満でない成人女性で2000Kcalであることを報告し、米国人は1970年代と比べて毎日500Kcal摂取エネルギーが増加して肥満と体重過多を招いていることを指摘しています。そして身体活動で消費されるのは全エネルギーの1/3(活動代謝)で、他の2/3は安静時の基礎代謝であり、人体で最も多くエネルギーを消費するのは筋肉ではなく脳や心臓や腎臓などの臓器であることと加齢に伴い基礎代謝が減少してゆくことから、摂取カロリーの重要さと複雑さ(加熱や調理によって消化吸収の比率が変動する)を指摘します。また「グリセミック指数(GI)」という食物がどれほど速やかにグルコース(ブドウ糖)に変換されるかの指標が重要で、同じ400Kcalの食物摂取でも高GI食品では食欲が亢進して、その後1日のカロリー摂取量が60%も増加する傾向があることを示しています。
どうやら私たちの身体は、トレーニングを継続しているとエネルギーの無駄遣いをしない方向に適応するらしく、活動量が増えても省エネ傾向が亢進しいわば「燃費の良い車」になってしまうようです。それ故に、運動をしない人でも習慣的に運動を継続している人であっても食事内容によるカロリー摂取が決定的な影響を与えるようなのです。