陸上競技や水泳競技のマスターズ競技では5歳ごとの年代区分があり、例えばM50クラスでは、50歳の方から54歳の方までが該当します。身体的能力は年齢とともに低下しますので当然50歳の方が「有利」です。しかし、陸上競技の年齢別記録を細かく見ていくと必ずしも節目の年(50歳、55歳、60歳など)に記録が樹立されているわけではありません。
運動生理学的には、速筋系筋線維のほうが遅筋系筋線維よりは加齢による機能低下が大きいとされていまので、短距離・跳躍系よりは長距離系の種目のほうが記録低下は緩やかなのではないか?・・と考えられています。しかし、最近の運動や健康に関わる遺伝子研究の進歩により、速筋系筋線維の加齢性萎縮が遅かったりトレーニングによる筋再生能力の高い遺伝子を持っている人がいたりして大きな個人差もあるようです。例えば30歳代でそれほど優れた記録ではなくとも、記録低下が緩やかであれば60歳代や70歳代でトップクラスのランキング入りができます。
マスターズ女子100mの世界記録は、別格・オッティ選手がW35で10秒74、W40で11秒09、W45で11秒34、W50で11秒67、と驚異的記録を樹立しています。オッティ選手はずっとトレーニングを継続していたことは知られているのですが、筋線維の遺伝子タイプ(ACTN3遺伝子など)は不明です。五輪や世界選手権でずっと金メダルが取れず、”ブロンズ・コレクター”といわれていましたが、58歳になる現在は大会には出場していない模様で、W55の100mのデータがありません。
またマスターズ選手では、トレーニング内容(強度×時間×頻度)とスポーツ障害との関係も指摘されていて、過度なトレーニングで運動器の損傷や炎症などをまねき「リタイア」してしまうケースもありますし、手術によりリハビリテーションを経て復帰する例もみられます。オーバートレーニングやスポーツ障害の発症を防ぐことは、スポーツ医科学の対象ですので、科学的で原則的なトレーニング実施はマスターズ選手ほど重要な要因となりますが、まだデータ例が少なくまた個人差も大きいのでよくわかっていない部分も多いのです。ただ、陸上競技や水泳競技では「記録」という比較的明確な指標があるので、自分の目標やトレーニング内容を設定しやすく「自己実現性」という達成感(こころの健康の指標)は大きいのかもしれません。
ベテラン選手活躍の背景は?
最近様々な競技でベテラン選手の活躍が話題となります。また、トップクラスの選手だけではなくマスターズ競技などでも日本記録や世界記録が更新され続けています。
一番の要因は「競技を続けられる環境」が整ったことだと思います。かつては高校や大学を卒業すると仕事との両立(特にチームスポーツなど)がなかなかできず、一部の選手を除いて「引退が当然」という雰囲気でしたし試合のできる条件も整っていませんでした(この点でスポーツ連盟のスポーツ祭典は先進的でした)。また、競技を続けている選手が少なかったのでトレーニングやコーチングのノウハウも蓄積されていませんでした。
もう一つの要因は、スポーツ医科学やトレーニング科学の進歩とその適用範囲の拡大があります。これはスポーツを実施する年齢層の拡大にも対応したものです。年齢を重ねれば「機能低下(退化)」は免れません。しかし、どの程度低下するのかは実はよく解っていなかったのです(やったことのある選手が少なかったのでデータがなかった)。身体的コンディションがある程度維持できていれば、ベテラン選手は経験が豊富ですので当然有利になります。
また、ベテランのトップアスリートは、監督・コーチやゲームアナリスト、トレーナーや管理栄養士といった「スタッフ集団」を組織しています。当然財政的裏付けがなくては集団を維持できません。国立スポーツ科学センタ(JISS)や国立トレーニングセンター(NTC)では、これらを競技団体(FS)と連携して支援していますが、一般のベテランスポーツマンでは支援を受けることができません。それでも、ある程度の経済的負担はありますが、医師やトレーナー、トレーニング施設の個人的利用ができるようになったこと(それなりのノウハウも蓄積されている)はかつては考えられなかったことです。
その一方で、ベテランになってもスポーツを実施できる人とそうでない人との「格差」の存在も深刻な問題です。「貧困」には、経済的・時間的・社会的・文化的の4つの「貧困」があることも指摘されています。本来この問題の解決こそが最も重要なことなのだとも思います。(続く)
脚が痙攣するのは何故ですか?
痙攣は、本人の意思と関係なく特定の筋肉が「勝手に収縮する」現象で、”しゃっくり”は横隔膜の痙攣です。
動作を引き起こすための通常の筋収縮は、複数の筋が私たちの意志で活動し、動作をやめようとすれば筋収縮はなくなります。ですから私たちの意志とかかわりなくある筋だけが収縮する痙攣は「不随意収縮」とよばれ止めることが困難なのです。
脳からの指令なしに筋が勝手に収縮する原因は筋の内部環境にあるようです。
例えば、熱中症のひとつ「熱痙攣」は、大量の発汗に対して水分のみを補給した結果起こる「低ナトリウム血症」です。私たちの神経-筋システムは「ナトリウム」と「カリウム」で調整されていますのでイオンバランスが崩れると勝手に筋収縮をはじめます。
また、過緊張である筋だけの収縮感度(「閾値」といいます)が高くなっていると、わずかな刺激でも収縮が起こり一緒に働く筋群とのバランスが取れなくなります。一流の跳躍選手が痙攣をおこして競技が続けられなくなるケースはこれが原因のようです。
痙攣が一定時間以上続くと「筋肉痛」を引き起こしたり「コリ」のような残存筋緊張となって動作に支障をきたします。ストレッチングやマッサージで緩和することとミネラルの摂取が必須です。あまりにも頻繁で症状がひどい場合には「漢方薬」を利用するケースもあるようです。特に夏場は、大量の発汗があり脱水症やミネラルバランスの崩れが起こりやすいので注意が必要です。整理運動のストレッチングを心がけてください。
ちなみにビールなどのお酒は「利尿作用」があり脱水症で寝ている時の痙攣を誘発する場合があります。何事もほどほどが肝腎(肝臓と腎臓はとても大切な働きをしています)のようです。
「血中乳酸値」って何ですか?
運動をした時に生ずる「乳酸」は、筋肉のグリコーゲンがエネルギーとして利用される際に、一定以上の強度になると酸素不足となり処理しきれずに「乳酸」という形で筋に蓄積し「きつい」という感覚を生じさせます。この筋から血液に出てくる乳酸を測定するのが「血中乳酸値」で運動強度の指標になります。
遅筋線維では筋細胞内のミトコンドリアという有酸素的エネルギー生産機構が豊富で乳酸処理能力が高いのですがスピードはあまり出せません。速筋線維では大きな力を発揮できるのですが、乳酸が処理しきれずに蓄積するので「激しい運動後」は血中乳酸値が高まってきます。
有名な「スロージョギング」は、血中乳酸値があまり上がらない速度(60%強度・・単位は濃度2.3ミリモル/l)以下で走るので「きつくない」ので継続して走ることが可能となります。80%強度(単位は4ミリモル/l)を超えると、乳酸処理能力が限界を超え、血中乳酸値がどんどん上がり始めで「きつく」なってランニングが継続できなくなります(ゴールが見えたラストスパートはこれで、ゴール後の”ゼイゼイハーハー“はそのツケを払っている)。
血中乳酸濃度の測定は、ランニング後に耳朶や指先に一瞬「チクリ」と針を刺し、米粒程度の血液量を簡易測定器で計測します。ただし試薬などで経費が1回300円ほどかかりますので、一般の方は何回も測定ができません。
そこで、ランニング速度を徐々に上げる「ビルドアップ走」を行い、心拍数と血中乳酸濃度の関係を数回測定しておいて、通常の練習では心拍数を目安に60%強度と80%強度を推定してトレーニングメニューを決めます。80%強度相当の心拍数が同じ(例えば155拍/分)でも、トレーニングを継続すると、㌔あたりのタイムが最初10分で155拍/分であったものが、㌔8分になり㌔7分になっても心拍数が変わらなければ、持久性トレーニングは上手くいっていることとなります。
厳密な「心拍数トレーニング」を行うには、一度血中乳酸濃度と心拍数の関係を測定することが必要です。(続く)
心拍数からわかること
最近は安価な「スマートウォッチ」でも、緑色ダイオードから光学的に心拍数を測定できるようになりました。
手首の血管に心拍にあわせて血液が流れると「ヘモグロビン」が光を吸収します。この変化の濃淡の時間間隔を読み取って計算して1分当たりの心拍数を表示する原理です。ですから寒いときに手首の血管が収縮して血流が悪くなると精度が悪くなります。胸部につけた送信機タイプのものは、心電図と同じ電気信号を処理しますので精度が高いのですが「煩わしい」のです。
心拍数は、運動の継続による酸素消費量の増大と、自律神経(交感神経)系の活動に反応して上昇します。人前でスピーチをする直前に「ドキドキ」するのは後者の影響です。まさに「こころの臓器」なのです。
「心拍トレーニング」は、運動強度の推定を心拍数から行う方法で、最大強度の60%と80%が持久性トレーニングのガイドラインとなります。つまりAさんとBさんがレースの10Kmを、90分と60分で走れるとすると、1キロ10分の同じスピードで練習していても「運動強度」と「トレーニング効果」が異なることとなります。特に80%強度の心拍数の時にどのくらい速く走っていられるかでレースのパフォーマンスが決まるといわれています。そして、80%強度でのランニングスピードを改善するには、何故か60%強度以下の練習量が大きな影響を与えます。つまり10Km90分で走る方では1キロ10分のスピードで走っていては運動強度が高すぎることとなります。まさに過ぎたるは及ばざるがごとしなのです。
では、具体的にはどのようにして計算するのでしょうか・・
著名な方法は「心拍数上昇のキャパシティ」から推定するもので、じっとしている時の「安静時心拍数」と「運動時最高心拍数」が基準となります。最高心拍数と安静時心拍数の差を「100%」として60%や80%を推定するのです。ただ「運動時最高心拍数」を求めることはリスクを伴いますので「推定最高心拍数」として「220‐年齢」で産出する方法が「カルボーネン法」といわれるやり方です。
40歳の方で、安静時心拍数が60拍/分の場合は、推定最高心拍数は「220-40=180拍/分」となり、60%強度は、安静時60拍/分に、(180-60)=120拍/分×60%の72拍/分を加えた132拍/分ということとなります。
60歳の方で、安静時心拍数が70拍/分であれば、60%強度は、安静時70拍/分に(160-70)=90拍/分×60%を加えた124拍/分です。(続く)
「タレント発掘」ということ・・
2020年の東京オリンピック・パラリンピックにはすでに間に合いませんが「タレント発掘」は重要です。
では「タレント(≒才能)」であるかないかはどのように判定するのでしょうか?
旧東ドイツでは、国家的規模での社会主義建設の課題としてスポーツが取り組まれ、国民の5人に1人が体操・スポーツ連盟に加盟し、子どもたちは全国大会(スパルタキアード)への学校の予選会を含めると300万人が大会に参加していました。各地には伝統のある「スポーツクラブ」があり、優れた能力を持つ子どもたちはそのクラブのスポーツ学校で専門的なトレーニングを行っていました(1987年、NHK放映:金メダルへの道)。
当然それだけの多くの子どもたちの競技成績や発育発達段階に関するデータが蓄積されていることから、生物学的年齢の指標としての「最終身長」の推定には体格、プロポーション、手足の周囲径などの63項目の測定が行われていました(現在の身長と最終身長との差が判定の基準であったようです)。例えば、15歳で素晴らしい成績を残していても、発達段階が18歳であれば将来的可能性は低くスポーツ学校からの退学を言い渡されるシステムです(クラブでのスポーツ活動は継続できた模様です)。
しかしそれだけのシステムであっても、あるスポーツ学校では100名の入学者のうち60名が退学し内48名は将来性に疑問があるとの理由だったとのことで、タレント発掘の難しさがよくわかります。
日本では各競技団体も取り組んでいますが、福岡県教育委員会では、小中学生を対象にタレント発掘事業(福岡から世界へ!)に取り組み、4万7千人から60名を選抜し、適性検査と複数種目実施(経験)の結果から高校入学時に特定のスポーツ拠点校への入学を決定させるというシステムを実施しています(2014年、NHK放映:15歳の決断)。
現在では運動能力に関連する「遺伝子検査」が話題となっています(2014年、NHK放映:金メダル遺伝子を探れ)。
例えば筋の収縮特性にかかわるACTN3遺伝子検査では、瞬発型(RR)と持久型(XX)及び中間型が特定され、瞬発型ではスピード&パワー系種目が有利、持久型では長距離系種目が有利、中間型では「球技」に向いていると判定されます。日本でも検査ビジネスがあり、1万円ほどで結果が送付されてきますが、問題は「予測妥当性」ということだと思います。
北京五輪400mRの銅メダリスト朝原選手の別研究所での詳細な検査結果が紹介され、10の遺伝子の11の発現型(ジャンプ力やスプリント能力など)で0~2点評価の22点満点で18点という高い評価でしたが、走幅跳で8m19の記録を持つにもかかわらず「ジャンプ力」に関する遺伝子(NR3C1)評価が0点なのです。どうやらこの遺伝子は「垂直跳」などの「ゼロ~Max.タイプ」の動作に関連しているようで、朝原選手も「自分は垂直跳は全くダメなんです」とコメントしています。つまり「ジャンプ力」という遺伝子も「垂直跳型」と助走を伴う「起こし回転型」では動作の性質が異なるので「ジャンプ力のタレント性の予測」は難しいということです(アキレス腱の長さも大きく関係します)。
タレント発掘は、発達段階の推定と運動への身体適性(遺伝的なものとその年齢ごとの発現型・・スピード&パワー系の発達が明らかになるのは15歳以降となること)など様々な要因がかかわるので一筋縄ではいかないようです。エプスタインは「ACTN3遺伝子の結果で予測できることは、リオ五輪の100m決勝に残れないのは誰かということだ」と述べています(エプスタイン:川俣訳、スポーツ遺伝子は勝者を決めるのか、早川書房、2014年)。
”鉄は熱いうちに・・” 打ってもいいのかな~?
「発達段階の推定」は子どものスポーツを考えるうえで大変重要な概念です。誕生日からの暦年齢と生物学的年齢に±3年のずれがあるとすれば、中学1年生では、発達段階が小学校5年生から中学校3年生に相当する子どもたちがいることになります。男の子では小学校5年生段階から遅筋系線維の発達が始まり、ある程度の筋力もついてきてスポーツらしい動作の獲得が可能となってきます。
しかし、身長の急成長も始まるため、骨は成長軟骨の成長により長くなりかつ筋の伸長が追い付かないため関節可動域の低下もまねきます。また骨格-筋の構造上、成長軟骨の近くに筋が付着していますのでいわゆる「成長痛」をまねきやすくなっているのです。
筋力がついてスポーツ動作ができるようになり、かつ持久的な筋の性質なので繰り返し練習に適しているのですが、骨格-筋の構造上スポーツ障害も発症し易いという大変複雑な段階にあるのです。
「鉄は熱いうちに打て」と例えられますが、打ち方の工夫も必要で、熱いうちに大きな衝撃で打つとスポーツ障害を発症するリスクも高いのです。また、子どもは「楽しい取り組み」でないと「糖動員性」という活動エネルギーを生み出す機能が活性化しません。大人は苦しい課題でも意義を理解してエネルギーを生産できるのですが子どもは楽しくないと活動エネルギー不足になってしまいます。
スピード&パワー系の発達は、身長の急成長が過ぎた高校生頃から始まります。これは大変合理的なことで、身長の急成長期にスピード&パワー系が発達すると自分の身体を自分で壊してしまうのです。
「臨界期(Critical Period)」という概念があります。これは特定の機能が発達するときにそれに必要な環境を準備しないと後からでは「手遅れ」になるという考え方です。小学校4年生までは「動きづくり」、小学校高学年から中学校期はその動きを繰り返す「持久性づくり」、そして高校生からは本格的な「スピード&パワーづくり」というトレーニングカリキュラムが求められているのです。そして「発達段階の推定」という視点から、暦年齢と生物学的年齢を考えてゆくことが重要です。
特に身長の急成長期の把握はスポーツ障害の予防に重要な意義を持ちます。毎月身長を測定して成長曲線を描くことはとても大切なことなのです(続く)。
(図 青木純一郎、発育期における適切なトレ―ニングとは、臨床スポーツ医学、1988年を山崎が加筆)
子どものスポーツ実施は?
「最近の子ども」は、過度な競争環境下での運動不足と精神的ストレスの増加などの健康上の問題を抱えています。
かつては、学校帰りに河原やお寺の境内、神社などの「秘密基地」で「みちくさ」ができたのですが、最近は学校の広域統合でのスクールバス導入や不審者への対応などから、なかなか運動遊びができる環境がなくなってきています。
そこでスイミングやサッカーなどのスクール通いが盛んになり、またトップクラスの選手を目指す「早期教育」ということで子どものスポーツ活動が注目されてきています。
ここで問題になるのが「勝利至上主義」に代表される「スポーツの歪み」の弊害です。勝つことをすべての前提に、子どもにも指導者にも「管理主義」が横行し、フェアプレイやリスペクトといったスポーツ本来の重要な価値観が置き去りにされるのです。
テニスのジュニア大会のセルフジャッジのシーンで、コーチが「相手のオンラインショット(最高のショット)は”アウト”とジャッジしろ!」という信じがたい指示を出した例があると聞きます。最近の大学アメリカンフットボール部の事件も、この「勝利至上主義」と「管理主義」が根底にあります。
子どもの心とからだにとっての大きな問題は、勝つためのハードトレーニングと称して、オーバートレーニングによるスポーツ障害を招いてしまうことです。スポーツで輝いていた子どもたちが、指導者の無知と無理でスポーツ障害を発症して大好きなスポーツができなくなる・・これはとても重大な「子どもの権利侵害」です。
スポーツトレーニングは一種のストレスですので一定のレベルを超えると障害を発症します。
図はスポーツ障害の発症をモデル化したもので、例えば練習の「強度」「時間」「頻度(週何回練習するか)」の三要素を考慮すればスポーツ障害は予防できるのです。つまり「トレーニング計画の妥当性」こそが最も重要で、指導者の根拠のない経験やカン、その日の気分などに依存していては効果的なトレーニングはできず、子どもの心とからだに大きな問題を残してしまいます。また、練習後のストレッチなどの身体のケアもとても重要ですが、練習を終えてすぐ塾に行ったりして整理運動(逆の順では準備運動も)ができなかったり、練習後の栄養摂取が不適切であることも問題です。
また、子どもの発達段階には10歳までの「神経系」、11~14歳までの「持久系」そして15歳以降の「パワー系」といった発達順序があり、かつ個人個人の発達段階に最大±3年の違いがあることも指摘されています。つまり「発達段階の推定」が非常に重要になってくるのです(続く)。
スポーツマンの栄養摂取は?
スポーツを行う人の栄養摂取上の課題は何でしょうか?
パフォーマンスの向上にかかわっては「増量」と「維持」と「減量」が重要となりますが、原則は「筋肉量の維持」だと思います。
増量では「体脂肪量を増やさず筋量を増やす」こと、減量では「筋量を減らさず体脂肪量を減らす」ということです。
運動選手が「体重を落とさなくては」と思い込み「低糖質ダイエット」を行うと、スピード持久力のもとである筋グリコーゲンが低下してすばやく動き続けられなくなります。また、筋や赤血球を分解してエネルギーを補うようになってしまい、筋力低下や貧血をまねき「本末転倒」の結果となります。体脂肪(特に内臓脂肪)の減量のためには「低強度の有酸素運動(ゆっくりとした持久的運動)」が有効で、脂肪と糖質をバランスよく消費させることが重要といわれています。
競技によっては、体脂肪を含めた体重がプラス要因になるケースもありますが、重くなった身体をスピーディーに動かすためには筋力が必要です。一部のお相撲さんのように、筋力に見合わない体脂肪量の増加は、関節や靭帯への負担増から怪我を誘発してしまいます。
最近は筋力トレーニングの重要性が指摘されています。パワーアップやスポーツ障害の予防には筋量の増大が効果的で、適切な筋トレとその後のタンパク質(アミノ酸)摂取が有効とされています。しかし、タンパク質の過剰摂取(体重1kg当たり2g以上)は体脂肪の蓄積をまねき、一方体重当たり1g以下ですとパフォーマンスの低下をまねくとされています。
筋グリコーゲンの蓄積には運動終了後30分以内の糖質摂取、筋量増大には運動終了後30分以内のタンパク質摂取の重要性が指摘されています。つまり、運動と食事のタイミングが重要で、練習後30分以内に栄養摂取が可能な環境を整えること(練習直後は「補食」で補いその後食事を摂取することなどの工夫)が必要なのです。
数十万年にわたる進化のなかで、人類は長時間の狩猟採集活動を続けるために糖質からも脂肪を合成することができるようになりました(皮肉なことにこの「非常用燃料の蓄積」という生存戦略が現代社会に蔓延する肥満をまねいています・・)。一方体脂肪(特に内臓脂肪)は、「遊離脂肪酸」というかたちでゆっくりとした持久的運動を支えてもいます。そこそこのスピードが必要とされる競技(市民マラソンなど)では「筋グリコーゲン」と「遊離脂肪酸」の両者が活躍するようなトレーニング内容と栄養摂取への取り組みが重要なのです。
”低糖質ダイエット”と健康
最近の「お父さんのメタボ対策」で話題の ”低糖質ダイエット” ですが、確かに過剰な糖質(炭水化物は糖質と繊維質を含みます)摂取は、人類の宿命としての「脂肪蓄積」を進めます。これは数百年前の農業革命以降に起きた遺伝子的変化でもあり、20万年前から狩猟採集生活をしていた人類の宿命でもあります。
人類の大型化した脳は、一日のエネルギーの20%の糖質を必要とします(β酸化という体脂肪からのエネルギールートは使えません)。そこで狩猟採集生活をしていたころから、必要で貴重な糖質をすべて脳のために回して、移動のためのエネルギー源をとりあえず蓄積した脂肪から「遊離脂肪酸」という形で利用する(ゆっくりとした移動で使われる)ようになりました。チンパンジーなどは数%の体脂肪率ですが人類は20%以上の「非常用脂肪」を蓄積しています。このように脂肪組織から活動エネルギーを作り出せるようになったので、人類は ”のべつまくなしに食べ続ける” という行為から解放されましたが、身体運動をせずに精神的ストレスが増加すると「脂肪の過剰蓄積」をはじめるという厄介な宿命も背負ってしまいました。
ですから肥満傾向の強いお父さんには確かに ”低糖質ダイエット” が一定程度効果的なのですが、逆に現代の日本女性では「過剰な痩せ志向」の影響で、健康上必要なエネルギーに対して摂取エネルギーが平均300Kcal少ないという統計結果が示されています。いわゆる「痩せすぎ女性(実は高齢者も低栄養状態と言われています)」は、極度の糖質制限をしていますので、食事から必要なエネルギーが得られず、自分の身体の筋肉や赤血球、免疫細胞まで分解してエネルギー不足を補い、かつ脳の「低栄養状態(低血糖性昏睡を誘発する)」を進めてしまうといわれています。
また、タンパク質(P)と脂質(F)と糖質(C)から構成される食事内容のPFCバランスの崩れも健康上は問題です。タンパク質15%と脂質25%、糖質60%という「和食バランス」が推奨されているのですが、低糖質ダイエットは相対的にタンパク質と脂肪の割合が増加した「低カロリーファーストフード化」を進めてしまうのです。
「運動」「栄養」「休養」のバランスではなく、「運動抜き」の ”自己流の低糖質ダイエット” を続けていると様々な健康上の問題を引き起こしてしまい、スポーツをやるどころの問題ではなくなってしまいます。
ではスポーツマンのための栄養摂取ではどういった注意が必要なのでしょうか(続く)