体脂肪は「燃える?」

 メタボシックシンドロームで話題となる「体脂肪」ですが、実は人類進化の歴史の中で重要な役割を果たしてきました。私たちのご先祖様(ホモ・エレクトス)は270万年ほど前から脳を大型化させてきたといわれています。生存のための全エネルギー消費量の20%も使うのですが、脳を守るためのバリア(脳関門)があり糖質(他には乳酸)しか利用できないのです。
 その頃の食糧事情はあまり良くなかったと考えられているので、ご先祖様はアフリカのサバンナで食べ物を求めて歩いたり走ったりしなくてはなりません。ところが脳は全エネルギーの20%を要求するため糖質(炭水化物の食物繊維以外)を優先的に使います。そうすると移動を続けるための安定したエネルギー源を確保する必要があり、1gあたり9Kcalの熱量を持つ 脂肪を蓄積して利用するようになってきたと考えられています。
 筋肉に蓄えられる糖質(グリコーゲン)を直接利用するケースと異なり、脂肪をエネルギーに変えるためには若干複雑なメカニズムが必要で「遊離脂肪酸」というものに分解して利用します。糖質のように素早く大きなエネルギー源として利用することができませんので、トコトコと歩いたり走ったりしながら食べ物を求めて動きまわることとなります。
 ご先祖様は「持久狩猟」といって、30Kmも獲物を追い回して熱中症にして仕留めるという戦略をとったようなのです(現在もアフリカのサン族に名残がある?)。ですから私たち現代人も、体脂肪を利用(燃焼)してエネルギーを作り出すメカニズムを持っているのですが、農業を始めた数千年前ころから活発な狩猟採集運動をしなくなり現代に至るまで「肥満」に悩まされることになりました。
 市販されている心拍数の測れる腕時計(スポーツウオッチ)では「脂肪が●●%燃えました」と表示が出ますが、継続するランニング速度が速いとこの比率は低下します。これは年齢や体重、ランニング速度と心拍数から計算して表示する機能を内蔵しているからです。つまり体脂肪は「燃える」のですが、ゆっくりと低強度で走り続けた方がその比率は高いようなのです。
 市民マラソンやウルトラマラソンでは、この「遊離脂肪酸」をいかに効率よく利用するかがポイントで、運動中は「ショ糖(砂糖など)」よりも「果糖(オレンジなど)」の摂取が遊離脂肪酸のレベルが低下しにくいことが指摘されています。逆にピュアな糖質摂取は、場合によっては「血糖-インシュリン反応」を誘発してパフォーマンスを低下させる可能性があることも知られています。

禁止薬物は何ですか?

 

 禁止薬物リストは毎年毎年更新されています。インターネット検索を行うと「えっ!」と思われるものも該当します。「いたちごっこ」と例えられるように新たな薬物が次々と登場するからで、ある意味では「脱法ドラッグ」と同じような様相を呈しています。現在では「劇的効果を期待して使用する行為」自体がドーピング行為と認定されます。
 では「疲労回復」のための市販ドリンク剤はどうなのでしょうか、また「薬膳料理」などの食事メニューは大丈夫なのでしょうか?
 結論的に言うといわゆる「サプリメント」の15%には禁止薬物が含まれており特定の「漢方薬」にも禁止物質が含まれていると指摘されています。漢方薬系のかぜ薬のうっかり使用でドーピング違反を問われる選手もいます。チームに帯同する医師の重要な仕事が治療薬や摂取する食品のチェックなのだそうです。
 「禁止」の重要な根拠は「副作用」の存在です。1)興奮剤:正常な判断力を奪いアクシデントをまねく、2)麻薬性鎮痛剤:中毒症や依存症、3)蛋白同化ステロイド(筋肉増強剤):黄疸や肝機能障害、女性の男性化や男性の女性化、4)利尿剤( ドーピング痕跡の隠蔽):重度の脱水症、5)血液ドーピング(自分の血液の再注入で持久力増):感染症、6)βブロッカー(標的競技での心拍数抑制 ):心拍・血圧のトラブル、などなどです。先日カナダで「大麻」が合法化されましたがスポーツ競技ではドーピングとなります。
 効果的トレーニングのためには「運動」「栄養」「休養」のマネジメントが重要です。持久力トレーニング後の炭水化物や筋力トレーニング後のタンパク質摂取が重要であることはよく知られています。問題はトレーニングとその回復過程に入り込む通常の食品由来以外の「サプリメント」が「何者」なのかということとなります。
 ドーピングが不正行為である根拠のひとつは「副作用」とともに、ほぼ同じトレーニングを行ったアスリート間の「不公正性」にもあるものと思います。
 しかし、トレーニング環境も経済的基盤がなくては十分に構築できません。日本の五輪本番の切り札「マルチサポートハウス」は期間中だけで5億円以上の財政的支援が必要です。これは当然「違反」ではありませんが経済的に厳しい国のチームから見ると「何となくフェアでない!?」のかもしれないのです。ロシアのドーピングの背景には、2010年バンクーバー冬季五輪でのロシアチームの不振にプーチン大統領が怒って檄を飛ばし、競技団体が「最も安価な選手強化システム」として組織的ドーピングを行ったのではないか考えられています。
 

「ドーピング」って何ですか?

 オリンピックや世界選手権、パラリンピックなどでもいつも話題に上るのが「ドーピング違反で出場停止」「メダルはく奪」などです。ではその中身はいったい何なのでしょうか?
 実は、スポーツマンの栄養管理で多用されている「サプリメント」の中身の15%は禁止薬物に抵触するとの報告があります。また、カフェインを多量に含んだドリンク剤も一定量を超えると急性中毒症を発症しますが、カフェインも「禁止物質」なのです。
 ドーピングの歴史は19世紀までさかのぼりますし、漢方薬などの「強壮作用」も該当します。ヨーロッパでは、競走馬への興奮剤の使用や自転車競技選手の成績向上を目的とした使用が指摘され、1886年に自転車レースでの最初の死亡例が報告されています。1960年のローマ五輪・自転車100Km団体レースではデンマークチームが興奮剤・アンフェタミンの使用によりチーム4名のうち1名死亡、2名入院という事態が起こっています。また本来は疾病からの回復を促進するための薬剤の「筋肉増強剤」としての使用も1950年代から始まっています。
 「ドーピング」が何故不正行為なのかについて、最大の問題点はこの「副作用」による健康被害の深刻さです(NHK:汚れた金メダル、2015年放映)。
 「運動」「栄養」「休養」のサイクルはトレーニング効果を左右します。持久的トレーニング後は30分以内に「炭水化物(糖質)」を摂取することがスピード持久力のもと「筋グリコーゲン」の蓄積を促進します。また、筋トレ後の「たんぱく質(アミノ酸)」摂取は、筋線維の再生を進めます。有名な「インターバル速歩」後の牛乳摂取はこのメカニズムを利用した筋トレで、筋力増加に効果があることが実証されています(信州大学・能勢教授)。
 実は「筋肉増強剤」によるドーピングは、この効果的トレーニングのサイクルに一つだけ「間違い」を挿入しているのです。トレーニングを伴わない筋力増強剤単独では驚異的効果は得られないのです。また驚異的効果のある「サプリメント」と称する食品(薬品)のほとんどは禁止薬物を含有しているようです。
 現在は「禁止薬物リスト」に載っていない物質であっても「通常以上のトレーニング効果」を目的に使用した場合は「ドーピング」を判定されます。選手に帯同するトレーニングドクターの仕事の多くは、選手のケアと「体調不調時の健康管理(治療薬物の管理)」とのことです。(続く)

私、タイミングが悪いの・・

日本の運動生理学の権威・故猪飼道夫先生は、運動を記録する筋電図(筋肉の活動を電気的に記録したもの)を「spacing(どの筋を)」「timing(いつ)」「grading(どの位使うのか)」という3つの視点から検討することを示唆しました。
奇麗なフォーム(spacing)であってもタイミングが合わなければミスショットになりますし、必要以上に強く打てばコースアウトしてしまいます。ボール投げの経験の少ない人は、ボールをリリースするタイミングがわからないので「すっぽ抜け」たり「地面に投げつけたり」してしまいます。陸上競技の円盤投やハンマー投は、回転しながら適切な時点で投擲物をリリースしますが、失敗すると一流選手でも不本意な投擲になったりサイドネットに当てたりしてしまいます。
この「絶妙のタイミング」でリリース動作を開始するのに関連しているのが脳にある「大脳基底核」という部位らしいのです。
大脳基底核の病気で有名なのがドーパミンの不足で誘発される「パーキンソン病」で、それぞれの筋肉が統制が取れなくなり「勝手に動き出す」ので通常の動作遂行が困難になります。大脳基底核はその時の運動経過に「必要な回路」だけを活動させ、それ以外の回路を抑え込んでいる「コンダクター」のような存在で、オーケストラでいえば、指揮者がいなくなるので各パートが勝手に演奏を続けてしまい演奏として収拾がつかなくなるようなものです。ところが軽度のパーキンソン病の方では経験者はスキーが滑れるのです。これは斜面を滑り降りるという「緊急事態」が生じたため、脳内で代償性の機能が働いているようですがそのメカニズムはよくわかっていません。
「今だ、イケー!」と絶妙のタイミングでバッティングやショットを開始することが重要で、動作自体を意識する「プログラミング」ではなく「プランニング」というジャンルに属する運動遂行機能です。しかし、タイミングの練習は言語化ができないのでなかなか難しく、「ズ~ッと待っといてポン!」「グ~っと我慢しといてパッ!」といった禅問答のような表現が登場してきます。
私たちが運動を遂行するときは「感覚的随意的運動」と「言語的意図的運動」との2つが存在します。通常の歩行の時は感覚的に遂行されて意識には上りませんが、路面が凍結して滑り出すと「慎重に慎重に!」とか「歩幅を狭くして!」といった言語的統制が発生します。ラリーがうまくいっている時は言葉は背景に隠れていますが、何らかのトラブルが生ずると「定位探求反射(おや何だ反射)」が発生して言語的確認が登場します。そして修正がうまくいくと言語は再び背景に隠れていきます。有名な「オノマトペ」はこの2つを連結しているもののようなのです。
タイミングの練習を実現するためにはある程度の運動経過(プログラミング)が出来上がっている必要があります。難しい課題ではなく余裕のある課題でタイミングをつかむ練習が重要で、強弱のアクセントの学習(grading)でも同様の練習方法が大事です。一度に3つすべては練習できないのです。

練習を繰り返せば上手になる?

何回練習してもなかなか上手にならない・・そんな悩みをお持ちの方は多いと思います。
また「子どもはどうしてあんなに簡単に出来るようになるの?」との疑問も多く寄せられます。
特に9歳から12歳までの子どもは「ゴールデンエイジ」とよばれ、神経系の発達や可塑性と骨格-筋の発達のバランスが良く「即座の習得」が可能と指摘されています(ただし±3年の発達差はあります)。
では大人はもう無理なのでしょうか?
私たちが運動を上手にできるようになるメカニズムには「小脳」が大きく関係しています。A:テイクバックからB:フォアワードスイング、C:インパクトからD:フォロースルーといった運動経過は「大脳皮質運動野」というところが運動指令を出します。一生懸命「素振り」をして練習すると誰でもある程度できるようになります。ところが、これを飛んでくるボールに合わせようとするとなかなか上手くいきません。卓球やテニスでラリー練習をしている時にナイスショットもありますがいつも会心のショットが打てるわけではありません。
フォアハンドショットを打つことは「プログラミング」、状況に応じて打ち分けることは「プランニング」と呼ばれ、脳の中で司っている部位が違うようなのです。「すごく奇麗なフォームでのミスショット!」というのはこのことと関連しています。
「小脳」のお仕事は、この一連の運動経過を「補正(負のフィードバックといいます)」しているようなのです(下図)。
フォアハンドショットの[A][B][C][D] という運動経過に対して、速いボールならテイクバック[A]を[-1/a1]で補正、遅いボールなら[-1/a5」で補正、通常のボールは[-1/a3]で補正をします。そうすると常に[-1](ぴったんこ!)となります。
そしてこの小脳の補正能力は誰でも持っていて「繰り返して練習すればするほど向上する」と指摘されています。しかし個人差もあるようなので、練習ではラリーの速度を変えたりボールを変えたりラケットを変えたりして「逆動特性学習」を進めることができます。ワンパターンの反復練習がいつか破綻するのはこのことが関係しているようです。
また、インパクトに応じで適切にスイングを開始するのには「大脳基底核」という部位が関与しているようです(続く)。

マスターズ競技と年齢別記録

陸上競技や水泳競技のマスターズ競技では5歳ごとの年代区分があり、例えばM50クラスでは、50歳の方から54歳の方までが該当します。身体的能力は年齢とともに低下しますので当然50歳の方が「有利」です。しかし、陸上競技の年齢別記録を細かく見ていくと必ずしも節目の年(50歳、55歳、60歳など)に記録が樹立されているわけではありません。
運動生理学的には、速筋系筋線維のほうが遅筋系筋線維よりは加齢による機能低下が大きいとされていまので、短距離・跳躍系よりは長距離系の種目のほうが記録低下は緩やかなのではないか?・・と考えられています。しかし、最近の運動や健康に関わる遺伝子研究の進歩により、速筋系筋線維の加齢性萎縮が遅かったりトレーニングによる筋再生能力の高い遺伝子を持っている人がいたりして大きな個人差もあるようです。例えば30歳代でそれほど優れた記録ではなくとも、記録低下が緩やかであれば60歳代や70歳代でトップクラスのランキング入りができます。
マスターズ女子100mの世界記録は、別格・オッティ選手がW35で10秒74、W40で11秒09、W45で11秒34、W50で11秒67、と驚異的記録を樹立しています。オッティ選手はずっとトレーニングを継続していたことは知られているのですが、筋線維の遺伝子タイプ(ACTN3遺伝子など)は不明です。五輪や世界選手権でずっと金メダルが取れず、”ブロンズ・コレクター”といわれていましたが、58歳になる現在は大会には出場していない模様で、W55の100mのデータがありません。
またマスターズ選手では、トレーニング内容(強度×時間×頻度)とスポーツ障害との関係も指摘されていて、過度なトレーニングで運動器の損傷や炎症などをまねき「リタイア」してしまうケースもありますし、手術によりリハビリテーションを経て復帰する例もみられます。オーバートレーニングやスポーツ障害の発症を防ぐことは、スポーツ医科学の対象ですので、科学的で原則的なトレーニング実施はマスターズ選手ほど重要な要因となりますが、まだデータ例が少なくまた個人差も大きいのでよくわかっていない部分も多いのです。ただ、陸上競技や水泳競技では「記録」という比較的明確な指標があるので、自分の目標やトレーニング内容を設定しやすく「自己実現性」という達成感(こころの健康の指標)は大きいのかもしれません。

ベテラン選手活躍の背景は?

最近様々な競技でベテラン選手の活躍が話題となります。また、トップクラスの選手だけではなくマスターズ競技などでも日本記録や世界記録が更新され続けています。
一番の要因は「競技を続けられる環境」が整ったことだと思います。かつては高校や大学を卒業すると仕事との両立(特にチームスポーツなど)がなかなかできず、一部の選手を除いて「引退が当然」という雰囲気でしたし試合のできる条件も整っていませんでした(この点でスポーツ連盟のスポーツ祭典は先進的でした)。また、競技を続けている選手が少なかったのでトレーニングやコーチングのノウハウも蓄積されていませんでした。
もう一つの要因は、スポーツ医科学やトレーニング科学の進歩とその適用範囲の拡大があります。これはスポーツを実施する年齢層の拡大にも対応したものです。年齢を重ねれば「機能低下(退化)」は免れません。しかし、どの程度低下するのかは実はよく解っていなかったのです(やったことのある選手が少なかったのでデータがなかった)。身体的コンディションがある程度維持できていれば、ベテラン選手は経験が豊富ですので当然有利になります。
また、ベテランのトップアスリートは、監督・コーチやゲームアナリスト、トレーナーや管理栄養士といった「スタッフ集団」を組織しています。当然財政的裏付けがなくては集団を維持できません。国立スポーツ科学センタ(JISS)や国立トレーニングセンター(NTC)では、これらを競技団体(FS)と連携して支援していますが、一般のベテランスポーツマンでは支援を受けることができません。それでも、ある程度の経済的負担はありますが、医師やトレーナー、トレーニング施設の個人的利用ができるようになったこと(それなりのノウハウも蓄積されている)はかつては考えられなかったことです。
その一方で、ベテランになってもスポーツを実施できる人とそうでない人との「格差」の存在も深刻な問題です。「貧困」には、経済的・時間的・社会的・文化的の4つの「貧困」があることも指摘されています。本来この問題の解決こそが最も重要なことなのだとも思います。(続く)

脚が痙攣するのは何故ですか?

痙攣は、本人の意思と関係なく特定の筋肉が「勝手に収縮する」現象で、”しゃっくり”は横隔膜の痙攣です。
動作を引き起こすための通常の筋収縮は、複数の筋が私たちの意志で活動し、動作をやめようとすれば筋収縮はなくなります。ですから私たちの意志とかかわりなくある筋だけが収縮する痙攣は「不随意収縮」とよばれ止めることが困難なのです。

脳からの指令なしに筋が勝手に収縮する原因は筋の内部環境にあるようです。
例えば、熱中症のひとつ「熱痙攣」は、大量の発汗に対して水分のみを補給した結果起こる「低ナトリウム血症」です。私たちの神経-筋システムは「ナトリウム」と「カリウム」で調整されていますのでイオンバランスが崩れると勝手に筋収縮をはじめます。
また、過緊張である筋だけの収縮感度(「閾値」といいます)が高くなっていると、わずかな刺激でも収縮が起こり一緒に働く筋群とのバランスが取れなくなります。一流の跳躍選手が痙攣をおこして競技が続けられなくなるケースはこれが原因のようです。

痙攣が一定時間以上続くと「筋肉痛」を引き起こしたり「コリ」のような残存筋緊張となって動作に支障をきたします。ストレッチングやマッサージで緩和することとミネラルの摂取が必須です。あまりにも頻繁で症状がひどい場合には「漢方薬」を利用するケースもあるようです。特に夏場は、大量の発汗があり脱水症やミネラルバランスの崩れが起こりやすいので注意が必要です。整理運動のストレッチングを心がけてください。
ちなみにビールなどのお酒は「利尿作用」があり脱水症で寝ている時の痙攣を誘発する場合があります。何事もほどほどが肝腎(肝臓と腎臓はとても大切な働きをしています)のようです。

「血中乳酸値」って何ですか?

運動をした時に生ずる「乳酸」は、筋肉のグリコーゲンがエネルギーとして利用される際に、一定以上の強度になると酸素不足となり処理しきれずに「乳酸」という形で筋に蓄積し「きつい」という感覚を生じさせます。この筋から血液に出てくる乳酸を測定するのが「血中乳酸値」で運動強度の指標になります。
遅筋線維では筋細胞内のミトコンドリアという有酸素的エネルギー生産機構が豊富で乳酸処理能力が高いのですがスピードはあまり出せません。速筋線維では大きな力を発揮できるのですが、乳酸が処理しきれずに蓄積するので「激しい運動後」は血中乳酸値が高まってきます。
有名な「スロージョギング」は、血中乳酸値があまり上がらない速度(60%強度・・単位は濃度2.3ミリモル/l)以下で走るので「きつくない」ので継続して走ることが可能となります。80%強度(単位は4ミリモル/l)を超えると、乳酸処理能力が限界を超え、血中乳酸値がどんどん上がり始めで「きつく」なってランニングが継続できなくなります(ゴールが見えたラストスパートはこれで、ゴール後の”ゼイゼイハーハー“はそのツケを払っている)。

血中乳酸濃度の測定は、ランニング後に耳朶や指先に一瞬「チクリ」と針を刺し、米粒程度の血液量を簡易測定器で計測します。ただし試薬などで経費が1回300円ほどかかりますので、一般の方は何回も測定ができません。
そこで、ランニング速度を徐々に上げる「ビルドアップ走」を行い、心拍数と血中乳酸濃度の関係を数回測定しておいて、通常の練習では心拍数を目安に60%強度と80%強度を推定してトレーニングメニューを決めます。80%強度相当の心拍数が同じ(例えば155拍/分)でも、トレーニングを継続すると、㌔あたりのタイムが最初10分で155拍/分であったものが、㌔8分になり㌔7分になっても心拍数が変わらなければ、持久性トレーニングは上手くいっていることとなります。
厳密な「心拍数トレーニング」を行うには、一度血中乳酸濃度と心拍数の関係を測定することが必要です。(続く)

 

心拍数からわかること

最近は安価な「スマートウォッチ」でも、緑色ダイオードから光学的に心拍数を測定できるようになりました。
手首の血管に心拍にあわせて血液が流れると「ヘモグロビン」が光を吸収します。この変化の濃淡の時間間隔を読み取って計算して1分当たりの心拍数を表示する原理です。ですから寒いときに手首の血管が収縮して血流が悪くなると精度が悪くなります。胸部につけた送信機タイプのものは、心電図と同じ電気信号を処理しますので精度が高いのですが「煩わしい」のです。
心拍数は、運動の継続による酸素消費量の増大と、自律神経(交感神経)系の活動に反応して上昇します。人前でスピーチをする直前に「ドキドキ」するのは後者の影響です。まさに「こころの臓器」なのです。
「心拍トレーニング」は、運動強度の推定を心拍数から行う方法で、最大強度の60%と80%が持久性トレーニングのガイドラインとなります。つまりAさんとBさんがレースの10Kmを、90分と60分で走れるとすると、1キロ10分の同じスピードで練習していても「運動強度」と「トレーニング効果」が異なることとなります。特に80%強度の心拍数の時にどのくらい速く走っていられるかでレースのパフォーマンスが決まるといわれています。そして、80%強度でのランニングスピードを改善するには、何故か60%強度以下の練習量が大きな影響を与えます。つまり10Km90分で走る方では1キロ10分のスピードで走っていては運動強度が高すぎることとなります。まさに過ぎたるは及ばざるがごとしなのです。
では、具体的にはどのようにして計算するのでしょうか・・
著名な方法は「心拍数上昇のキャパシティ」から推定するもので、じっとしている時の「安静時心拍数」と「運動時最高心拍数」が基準となります。最高心拍数と安静時心拍数の差を「100%」として60%や80%を推定するのです。ただ「運動時最高心拍数」を求めることはリスクを伴いますので「推定最高心拍数」として「220‐年齢」で産出する方法が「カルボーネン法」といわれるやり方です。
40歳の方で、安静時心拍数が60拍/分の場合は、推定最高心拍数は「220-40=180拍/分」となり、60%強度は、安静時60拍/分に、(180-60)=120拍/分×60%の72拍/分を加えた132拍/分ということとなります。
60歳の方で、安静時心拍数が70拍/分であれば、60%強度は、安静時70拍/分に(160-70)=90拍/分×60%を加えた124拍/分です。(続く)