お酒を飲んだ翌朝の運動は・・?

 定期的に運動を行っていても「飲酒習慣」のある方は多いと思います(私もそうですが・・)。そこで話題となるのが飲酒と運動の関係で「適量」とは何かということです。
 飲酒によるアルコール摂取はヒトに様々な反応をもたらします。最近話題の「ノンアルコール飲料」は大変良くできていて味も香りも「本物」並みなので、過去の経験と重ね合わせて「リラックス感」や「親近感」を生み出します(顔が赤くなったり心拍数が上がったりする人もいるようです)。
 アルコールも薬と同じで「消化」の必要がないので胃で20%程がすぐに吸収され20~30分ほどで「酔い」が始まります。そして人体最大の化学工場である肝臓に送られ、90%程は「アルコール脱水素酵素(ADH)」によってアセトアルデヒドに分解され、残る10%は汗や尿や呼気から体外に排出されます。
 このアセトアルデヒドは毒性を持っており、顔が赤くなったり動悸や吐き気、頭痛などの原因となりますので、肝臓での次の解毒作用として「アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)」によって酢酸(お酢)に分解されます。アセトアルデヒドが分解しきれずに翌朝も体内に残っているのがいわゆる「二日酔い」状態です。
 このアセトアルデヒド脱水素酵素の働きが強い人がいわゆる「酒豪」で、働きが弱い人がお酒に弱い人になります。人類の進化のプロセス(ヒトとチンパンジーなどの共通のご先祖だったころ)で、腐った果実(発酵してアルコールを含む)も食べる生存戦略で生き残ってきたようなのですが、アジアでは水田農耕が起こった南部の人たちはお酒に弱い(中国内陸部の人は強い)とされています。これは、アセトアルデヒドを分解せずに残して体内で感染する水辺の細菌への対抗措置として獲得されてきたのではないかとのユニークな仮説があります(NHK、食の起源:酒、2021年放映)。
 個人差もありますが、ビール1缶(350㏄)のアルコール分解に2~3時間かかると言われていますので、大量の飲酒の翌朝はまだアセトアルデヒドが残っている「二日酔い状態」です。私の実験では、「1次会」で終了した場合よりも「2次会」まで行ってしまうと、ランニング前の安静時心拍数が高く、ランニング開始からいつもより10拍ほど心拍数が高いのですが、さらに1時間走後の心拍数が60分以上たってもなかなか低下しないというデータがあります(山崎健、飲酒翌日のランニング、1994年ランニング学会大会)。ランナーの方はいつもご自分の心拍数をモニターしていると思いますが、ランニング前の心拍数が高いときは「ご用心!」。

 

”メンタル” が弱いのですか?

練習で「できた」ことが実際のプレー場面で「できない」のはよくあることです。ついつい「自分は精神的に弱気になるので・・」と思いがちなのですが本当にそうなのでしょうか?「ブルペン・エース」という言葉もあるようですが、ブルペンは所詮ブルペンであって実際の試合でのマウンドではありません。バッターもいなければアウトカウントもなくピンチでの緊張感も何もない訳ですから「リアリティ」がありません。ですから「そこでの」パフォーマンスが「全く別の環境」で発揮できると考えるほうが無理があります。
かつて桑田真澄さんが東京大学野球部の特別投手コーチになった番組が放映されました(NHK・クローズアップ現代:最弱チームは変われるか?、2013年放映)。東京大学野球部員は、甲子園出場経験はないものの大変真面目で春のシ-ズン前は1日12時間も練習していたのだそうです。そこでの練習原理は「時間をかければ上達するという ”神話” 」だったという内容でした。野球の場合プレー場面が多岐にわたるので練習時間が長くなるのはやむを得ない部分もありますが「リカバリーと機能向上のための時間の確保」を考えると長すぎるようにもに思います。
この点で前回触れた「メンタルトレーニング」の重要性がクローズアップされてきます。が、問題はこのトレーニングの「リアリティ」で、バーチャル環境や試合場面のリアルな再現といった「実際に想定される状況」での入念な実施が重要です。かつてあるメンタルトレーナーの方が「プロ野球投手でいい加減なのが多くてね・・」と嘆いておられました。あまりにもメンタルプラクティスの時間が短かったので内容を尋ねたところ「バッチリです、全員三球三振です・・」だったそうです。選手の願望としては理解できるのですがそのような状況は「非現実的」で「非効果的」なことだと思うのです。
かつて、スピードスケート500mで「スラップ」という踵の離れるスケート靴が導入された際に対応に悩んでいたH選手のメンタルリハーサルの内容が紹介されました。内容は実況中継のアナウンスで「100mを驚異のラップタイムで通過・・速い!・・そのまま世界新記録で金メダル!」というものだったのですが、スラップスケートの場合高速のまま最終コーナーに突入し転倒のリスクも高まるわけですので「100mはまずますのラップタイム・・ここから徐々に加速して最終コーナーでトップに立った・・速い!・・世界新記録!」というシナリオのほうがよりリアリティが高かったのではないかとも思うのです。

「100本ノック」の意味は?

野球の守備練習で「100本ノック」は有名です。1964年東京五輪女子バレーボール・ニチボウ貝塚チームの伝説のレシーブ練習は世界的にも注目(批判も)されました。「黙って俺についてこい!」とのキャッチコピーもあったため「非科学的」だとか「根性主義」だとか「女性蔑視」だとかいろいろなコメントがありました。
昔ある学会のシンポジウムで、大学野球のコーチの方が米国の大学野球の関係者に自チームのノック練習を公開したそうです。そしてどうせ「非科学的だ!」とコメントされるのだろうと思っていたら、案の定「Bad!」で「あれは捕球をしているだけで送球(アウトにする)をしていない!」、「Too Long!」で「内野手はあんなに疲労困憊でプレーをすることはない!」とのコメントだったそうで、改めて「本場の合理性」を痛感したとのコメントが印象的でした。
しかしノック練習では「絶対にとれない打球」は課しません。ある程度の範囲で打球を調整してギリギリ捕球できる課題で実施しているのでその意味での「合理性」(”100本ノーミスでやり遂げた!”とのメンタリティ獲得)は担保しています。ただ野球の内野守備では、卓球やテニスやバドミントンのように10数回ラリーが続く状況とは異なりますのでもう少しスピード感のある現実的な練習課題のほうが良いようにも思われます。
現在では「脳の認知機能トレーニング」が注目されています。従来の用語では「メンタルトレーニング」と言われてきましたが、実際の動作を伴ったり筋電図や動作解析を伴ったり今流行りの「メタバース」での課題も含んでいます(NHK・BS:メンタルを鍛えて勝利をつかめ、2021放映)。
ボールゲームでの個人の感情のコントロール改善についてのリアルなバーチャル環境でのVRトレーニングの効果、2020年からのコロナ禍での新たなトレーニング方法(運動シミュレーションの行動化と言語化による脳内再編)、対戦型競技での反応速度や予測能力の改善(言語指示対する反応性の改善やゲーム映像の活用)などが紹介され、スポーツ心理学と神経科学との連携(脳神経系と筋活動との関連性)の重要性が指摘されていました。
イタリアでのリーバ・リハビリテーション研究所・ズッカ先生は脳の運動野に対する「経頭蓋直流電気刺激」による自転車競技選手の認知能力の向上がパフォーマンスの改善(1%程度でも表彰台が可能となる)に貢献する可能性を報告しています(ただ ”脳ドーピング” になるのではないかとの指摘もあります)。またベルギー・ブリュッセル自由大学のシェロン先生の、いわゆる「フロー」と表現される高いパフォーマンス発揮時の心理状態についての前頭前野の脳活動と筋活動関連のデータ比較によるフロー状態の再現可能性についての研究も紹介されていました。
東京大学の中澤公孝先生は障がい者スポーツのアスリートについて、機能的脳画像検査(fMRI)と経頭蓋磁気刺激(TMS:上記の直流電気刺激ではなく磁気を用いて筋収縮を起こす方法)を用いて健足側と義足側との脳内での「代償性適応」の可能性を指摘しています(中澤公孝:パラリンピックブレイン、東京大学出版会、2021年)。つまり障がい者アスリートでは、長期間にわたるトレーニングの継続により脳の運動実現様式を劇的に変容させて対応しているようで、神経科学や運動生理学やバイオメカニクス研究の発展と応用が新たな地平(健常者へのフィードバックの可能性)を切り開いているようなのです。
私たちの身体運動は「脳神経系(運動指令)」と「筋-骨格系(運動実現)」と「環境系(外乱)」との相互作用の中で行われていますので、その練習課題は「どのような根拠とねらいを持って行われているのか」を理解して取り組むことがトレーニング効果を高めるうえで大変重要なこととなるのです。

マラソンランナーの「高糖質食」?

非公認ながら人類初のマラソン2時間の壁を突破したキプチョゲ選手の「高糖質食」が話題となりました(NHK放映:超人たちの人体、2021年放映)。米国やオーストラリアや南アフリカなどの長距離トップランナーのPFCバランス(タンパク質と脂質と糖質の割合)が、ほぼ[20:30:50]であるのに対して、ケニアのランナーは[12:12:76]という「高糖質食」であることが紹介されていました。ただ、現在のスポーツ栄養学のデータからすると[20:30:50]というPFCバランスは「ジャンクフード・メニュー」とされているので「本当に?」と思ってしまいます。
スポーツ栄養学では和食の基本[15:25:60]が理想とされ、総摂取カロリーの増大にともなって1gあたりのカロリーが4Kcalと少ない糖質が減少(量が増えて消化しきれない)して9Kcalである脂質が増加します(1日4500Kcalの場合は[13:30:57])。かつての水の超人:フェルプス選手の1日12000Kcalのメニューはあまりにも有名な話ですが「ジャンクフード」や「エナジードリンク」も加えないと賄いきれなかったようです。
ケニア人ランナーの高糖質食は、パンやご飯やジャガイモと砂糖たっぷりのお茶(チャイ)に加えトウモロコシ粉の「ウガリ」が有名です。そしてこのような運動習慣(トレーニング)と食事習慣を長期間継続することにより小腸内の絨毛線維の糖質トランスポーター(運搬体)が増加し糖の吸収能力を改善するとの英・ラフバラ大学のユーケンドロップ先生の「腸トレーニング説」を紹介していました。
また、運動中の糖質飲料摂取に関しては、従来の糖質濃度が8%を超えると水分吸収が制限され上限の16%では水分利用曲線が最低になるとのデータ(小林修平・樋口満編:アスリートのための栄養・食事ガイド、第一出版、2014年)に対して、血糖値の上昇の指標であるグリセミック・インデックス(GI値)の低い「イソマルツロース」という糖を含んだ飲料の有効性も指摘されています(鈴木志保子:スポーツ栄養学、日本文芸社、2018年)。キプチョゲイ選手らの摂取する「高糖質ドリンク」は胃酸でゲル状に変化する物質を含んでおり、高糖質に反応する十二指腸の信号による胃の通過制限機能(腸での下痢症状を防ぐため)を発現せずに小腸に糖質を送り込む可能性があるとのことでした。
2019年・ハーバード大学の研究グループが、ボストンマラソン完走者のパフォーマンスと腸内細菌との関係を分析し、「ベイオネラ菌」という腸内細菌が運動によって生成された乳酸を「プロピオン酸」に変換(エサとして処理)しそれが肝臓に運ばれて有酸素エネルギーとして再利用される可能性を指摘し、マウスを使った実験では有酸素能力が13%改善されるとのデータが示されています。腸内細菌叢もまた、長期にわたる運動習慣や食習慣で形成されることから、パフォーマンスの改善にはまさに「運動-栄養-休養」の三大要素の継続が重要ということとなります。
ただ、長期間のトレーニングと高糖質食や高糖質ドリンクで「世界新記録」を生み出しているのは今のところキプチョゲ選手に限られていることからやはり最後には「本人の才能」がパフォーマンスを決定しているようでもあります。

発汗量が多いのは ”マズイ” のでしょうか?

 マラソンレースのTV中継序盤、アナウンサーが「〇〇選手、大変汗をかいていますが大丈夫でしょうか?」とコメントすることがあります。多分その根拠は「大量発汗」≒「水分損失」≒「脱水症発症」という図式があるようなのですが、大量発汗している選手がそのまま上位でゴールすることもあります。また運動時の発汗量は個人差が大きく、環境温度や湿度や運動強度との関係でも大きく変容しますし、ミネラルの損失によるトラブル(水分のみの摂取による低ナトリウム血症発症など)にも対応する必要があります。
 現在世界的レベルにある日本競歩陣は、この発汗量と水分摂取に関するスポーツ医科学的サポートを最大限活用しています(NHK:”歩いて”東京オリンピック金メダルへ、2020年放映)。
 競歩競技をサポートする医科学チームは、レース当日の気象コンディションを想定し、スタート後何時間で気温と湿度、コースの路面温度(現在の大会は2~2.5Kmの周回コースで実施される)が変化するのかも予想したうえでの給水計画(給水地点での給水量やスペシャルドリンクの内容)を立てます。
 日本陸連科学委員長の日体大・杉田正明先生は、運動生理学的には2%の発汗量からパフォーマンスが低下するとのデータから、事前のトレーニング段階から選手個々人の発汗特性を把握して対応しています。発汗量はほぼ体重変動(エネルギー産生のための糖や脂肪の消費量は100g以下)ですので、トレーニング時の気温や湿度を考慮した体重変動から発汗特性を推定します。また、安静時の汗は汗腺での塩分再吸収があるので無味無臭なのですが、多量の発汗時は再吸収が間に合わないので汗にミネラル(ナトリウムやカリウム、アンモニアなど)が混入してきます。そしてミネラル損失量にも個人差がありますので、体重変動のチェックとともに背中に張ったパッチを回収・分析してミネラル成分の分析も行います。ある選手の30Km練習時のデータでは発汗量が3.4%と推定され、本来であれば1610ml必要であるのに760mlしか給水していないことがわかりトレーニング時からの適切な水分補給を心掛けるようになった(選手本人の意識改革の成功)ことが報告されています。そして、選手の発汗特性に合わせて給水量やスペシャルドリンクの摂取タイミングを決定します。また、暑熱環境で行われるオリンピックや世界選手権では「冷却グッズ」を準備します。帽子内部や頸や手掌につける冷却材の映像を見た方もいらっしゃると思います。
 「大量発汗」は暑熱適応に対するその個人の適切な反応であると考えられますで、必要な水分とミネラルの補給を心掛けることで脱水や熱中症のトラブルを回避することができます。ところが実際には推奨されている運動開始前の水分摂取(ウォーターローディング:350~500ml)の実施や運動序盤での水分摂取を心掛けている選手が少ないのも事実なのです。 

(再録)「腸内細菌叢」と伝統的食事内容と後天的遺伝子変異(エピジェネティックス)?

 ロンドン大学のT.スペクター先生は、健康に関わる双子研究の第一人者です。最近の著書で、肥満や糖尿病といった私たち人類にとっての「時限爆弾」が、巷で様々な問題を引き起こしている「非科学的ダイエット」によって更に深刻化していることを指摘しています(ダイエットの科学、白揚社、2017年)。そして、「ジャンクフード」や「トランス脂肪酸」などが引き起こす健康障害は明確であるのに対して、いわゆる「健康によい」とされる様々な食品の効用が、地域と個人によって異なることを指摘します。
 確かにイヌイットの人たちのアザラシ肉や内臓、脂肪など動物由来96%のカロリー摂取であるのに対してペルー高地ケチャの人たちは植物由来95%のカロリー摂取であり、タンザニアのハッザの人たちは野生動物の肉とハチミツ、ベリーや塊茎が主食で、ケニアのマサイの人たちは肉と牛乳の大量摂取と少量の野菜、アマゾンのヤノマミの人たちは加熱調理したバナナやキャッサバの主食に野菜、果物、昆虫とわずかな野生動物の肉、というそれぞれが地域特有の「メニュー」でそれなりの健康を維持しています。実はこのことが根拠の乏しい様々な「○×ダイエット法」が横行する背景でもあります。 
 有名な旧ソ連のメチニコフ博士のコーカサス地方の長寿研究では、牛由来とされる「腸内細菌叢」が、長い歴史の中で営々と築き上げてきた食生活と生活習慣とに関連してヨーグルトなどの乳製品を「餌」として好ましい腸内環境を生みだし長寿を支えているものと考えられています。健康的とされる「地中海料理」もイギリスの人たちへの貢献度は限定的であることも象徴的です。いわゆる「腸内細菌叢」が地域特有の食メニューから必要な栄養素とメッセージ物質をつくり出していることは間違いのないことのようで、この「腸内細菌叢の多様性」が失われると潰瘍性大腸炎や免疫細胞の暴走をまねくことも指摘されています(NHK:ヒューマニエンス 腸内細菌、2021年放映)。
 このように長期にわたる食習慣に対応して私たちの腸内細菌叢は、集団的にも個人的にも変容してきたようで、様々な機能を発現する遺伝子スイッチの発現にも関連しているようです。最近「エピジェネティックス」といって各種遺伝子スイッチの「後天的なオン=オフ」を変化させて遺伝子を変化させる働きがあることが指摘されてきています。
 国立遺伝学研究所の佐々木裕之先生は、いわば「獲得形質が遺伝する?」との仮説との関連を指摘し、エピジェネティックな病気発症のメカニズムと「DNAメチル化(塩基配列には変化を与えないで化学装飾というかたちで遺伝子に目印をつけ、遺伝子に転写してゆく)」や遺伝情報に関わる「ヒストン受容体」との関係から環境要因や生活習慣とも関連してメチル化が起こる可能性を指摘します(エピジェネティック入門、岩波書店、2005年)。

 

腸内細菌叢の「多様性」って何ですか?

 最近話題の腸内細菌叢(フローラ)ですが、腸内細菌の多様性が失われると様々な不都合を引き起こすことが指摘されています。かつて、ブルガリアの長寿村の研究から牛由来の腸内細菌が関係していることが指摘され「ヨーグルト」が注目されてましたが、実はそれだけではなく長寿村の伝統的食材や料理法によって後天的な遺伝子変異(エピジェネティック)も含め総合的に長寿に貢献していることが分かってきています(日本人がブルガリアのヨーグルトだけを摂取しても効果は限定的?)。
 腸内細菌(Microbiota)は生物進化の営みの中で私たちのおなかに住み着いたもので「免疫寛容」という仕組みで自身の免疫システムからは攻撃されません。有名なビフィズス菌や乳酸菌、悪さをする大腸菌やピロリ菌、ウェルシュ菌などなどの善玉菌2割、悪玉菌1割、日和見菌7割のおよそ100兆個が、悪さをしたりビタミンや酪酸などの栄養素の合成をしたりしながら共存しています。また、子どもは出産の際にお母さんの産道で最初の「洗礼」を受けその後母乳からお母さんの腸内細菌叢をもらって成長してゆき、3歳くらいの腸内フローラが最も好ましいパターンであるといわれています。そして老化に伴ってビフィズス菌などの善玉菌が減少してゆくこともよく知られています。
 京都府立医科大学の内藤裕二先生は、日本人1800人分のAI解析データから、腸内細菌叢がA~Eの5つのタイプに分類されることを示し、「高たんぱく高脂質食」「洋風バランス食」「炭水化物偏重食」「高たんぱく高脂質+多マヨネーズ食」「和風バランス食」といった食事内容(摂南大学データによる)に対応して腸内細菌の様相が大きく異なっていることを指摘しました。そしてタイプAはタイプEと比較して糖尿病や高血圧のリスクが11~12倍高く、それまでの食習慣を反映している可能性を指摘します。そして、多様な腸内細菌叢を維持するためには、乳酸菌やビフィズス菌等の摂取に加え、腸内細菌の「エサ」となる水溶性植物繊維の摂取を推奨しています(NHK:クローズアップ現代、腸内細菌、2022年放映)。
 つまりキーワードは「腸内環境(細菌叢)の多様性」のようで、食事や運動といった生活習慣をダイレクトに反映し、腸内細菌叢の単純化は「潰瘍性大腸炎」などの重篤な障害を引き起こします。
 さらにロンドン大学のスペクター先生は「腸内細菌の殺戮兵器」としての抗生物質の存在(特定の菌に特化した「狭域抗生物質」ではなく非特異的な「広域抗生物質」の乱用)を指摘します。つまり抗生物質によって生得的な腸内細菌叢がクリアされてしまい様々な不都合を発症するリスクです(T.スペクター、ダイエットの科学、白楊社、2017年)。じつは病原性大腸菌による重症の下痢は、病原性大腸菌が他の腸内細菌を「追い出し」て縄張りを独占するための戦略ではないかというジョークがある位なのです。 

(再録)「心拍ゆらぎ」ってなんですか?

 陸上競技の100mスタート前、運動が始まっていないのに心臓が「ドキドキ・・」します。トレーニングを積んだ選手では200拍/分に達することもあるようです。
 これは私たちの心拍数が、運動による酸素需要量の増大に対応するだけでなく、自律神経系の影響を受けているからです。心拍数は精神的緊張時に「交感神経系活動」が亢進して増加し、リラックス時には「副交感神経系活動」が優勢になって減少します。そして「心拍ゆらぎ」といって通常でも1拍ごとの時間も微妙に変動しています。毎分60拍であっても、インターバルが0.9秒や1.1秒、0.8秒や1.2秒というふうに変動しています。2秒以上心拍間隔が空いた場合は「不整脈」と診断されますが、私たちの心拍数は常に変動しているのです。
 また呼吸相(呼気や吸気)にも連動して変動するので「呼吸性洞性不整脈」とも呼ばれ、吸気時(インスパイア:魂が入ってくる)には心拍数が増加し、呼気時(エクスパイア:魂が抜ける)には心拍数が低下します。目覚め時は吸気相が、入眠時は呼気相が自然な反応です。ヨガやメディエーション(瞑想)などでは、私たちが自律神経系に唯一関与できる呼吸のコントロールからその改善をはかることとの関連も指摘されています。
 高齢者や心筋梗塞患者の方ではこの「心拍ゆらぎ」が減少しますし、逆に子どもや運動選手は大変大きく変動しています。交感神経系はいわば「アクセル」、副交感神経系は「ブレーキ」に相当しますので、自律神経系への反応性の良し悪しを反映しているのです。
 よくトレーニングされた選手では、安静時は副交感神経系のパワーが高いので心拍数は低く揺らぎも大きく、運動の開始に合わせて心拍数は急激に高まります。ところが自律神経系への反応性が低い場合には、安静時心拍数が高くかつ運動時にも十分心拍数が上昇せず、最悪の場合心停止を引き起こす可能性もあります。また、過度の精神的ストレスは「心拍ゆらぎ」を減少させることも報告されており、このメカニズムを利用して心拍数から「ストレス度」を推定するアプリケーションも開発されています。
 つまり「心拍ゆらぎ」は私たちの心拍活動の自律神経系への反応性を示しており、心臓が「ドキドキ・・」したり「のんびり・・」したりするのは実は健康の証明でもあるのです。

子どものランニングと心拍数の不思議な関係!

 ここ3年ほど共同で、子どものランニング(1000~2000m)中の心拍数を検討しています。一昨年の宮城と東京と兵庫の小学6年生の調査では、心拍数が200拍/分を超える子どももいてビックリしました。時計型心拍計なので測定誤差かとも思ったのですが140拍/分程度の子どももいるのでデータは正確なようです。面白いのはランニング速度(ラップタイム)と心拍数の関係が大人のように相関関係がない点です。大人であれば、ランニング速度に応じて心拍数が上昇するのですが、100m40秒以上の子どもでは多少心拍数が少ないように見えますが統計的な差はありません。どうやら子どもの負荷-心拍応答特性は大人とは異なっているようです(下図)。
 昨年の岐阜の中学生の調査では、やはり心拍数が200拍/分を超える子どもが多くいましたが、一方陸上部で長距離トレーニングを行っている子どもでは170~180拍/分でそれなりに速いタイムで走っているのです。
 ランニングを継続するとエネルギーを作り出したり乳酸を処理したりするために「酸素」が必要となり「心拍出量」が増大します。「心拍出量=1回拍出量✕心拍数」という関係が成立しますので、1回拍出量と心拍数はともに上昇し始め、1回拍出量が頭打ち(一定)になって心拍数は上昇し続けるというメカニズムでランニングを継続します。ところが2時間走など長期間の運動を継続していると、後半のペースは変わらないのに心拍数がじわじわと上昇し始めます。これはカルディオ・ヴァスキュラー・ドリフト(心血管変動)と呼ばれる現象で、発汗により血液濃度が高くなる(粘性抵抗が増える)と1回拍出量を減らして心拍数を上昇させて心臓への負担を減らしているようなのです。
 つまり私たちの身体は大変良くできていて、心拍数だけではなく1回拍出量とも連動して運動を継続しているようです。また心拍数は自律神経系の支配も受けていますので「酸素需要量」だけではなく「緊張状態」や「準備状態」も反映します。スタート前の心拍数の高まり(ドキドキ状態)はこのメカニズムを反映しているのです。
 運動経験の少ない子ども(多分大人も)の場合には、この「心拍出量=1回拍出✕心拍数」という関係が上手く成立せず、心拍数のみの上昇や1回拍出量の上昇が上手くいかない(いわゆる ”空ぶかし状態” )のではないかと考えていますが、まだ結論は出ていません。

「進化」は獲得形質の遺伝ではないのですか?

 「進化」というと何か生存に有利な一定の方向に適応しているように思われます。しかし「突然変異」と「自然淘汰」そして遺伝的進化の関係は大変複雑です。
 1940年代に旧ソ連の植物学者のルイセンコが小麦の品種改良にかかわって「獲得された形質は遺伝する」という説(ミチューリン=ルイセンコ学説)を発表し、当時のソ連指導部にも支持され(おそらく後天的な努力によって人間は発達するのであって生まれつきの差は克服できるとの教育哲学に通じる?)、それまでの「獲得された形質は遺伝しない」という学説と対立する「二つの遺伝学論争」が世界的な規模で展開されました(佐藤七郎、遺伝学と進化学の諸問題:武谷三男編『自然科学概論 第2巻』、勁草書房、1960年)。国立遺伝学研究所の佐々木裕之先生は、旧ソ連での指導部の行き過ぎた反対派の粛清が逆に旧ソ連の遺伝学の発展を著しく阻害したことを指摘し、現在の遺伝学研究では獲得された形質の遺伝は、遺伝子スイッチとしてのメチル化やヒストン置換というエピジェネティクス(後成遺伝学)が担っていることを指摘します(佐々木裕之、エピジェネティクス入門、岩波書店、2005年)。
 人類の進化のプロセスを考えても、アフリカに20種以上存在した我々の祖先が、食性や狩猟採集行動と集団数との関係(食料量との関係)で生存と消滅を繰り返し、現世人類(ホモ・サピエンス)のみが生き残っていることはよく知られています。様々な遺伝的形質のうち生存に有利な個体が生き残るという「淘汰圧」があったことは事実ですがいわゆる ”神の意志” のような「定方進化」ではなかったようで ”たまたま” 生き残ったようなのです。また、私たちホモ・サピエンスのご先祖様が10万年前以降 ”出アフリカ” を果たして世界拡散をする(いわゆるグレートジャーニー)のですが、中東でネアンデルタール人と交雑しアジアでデニソワ人(先行してアフリカを出たホモ・エレクトスの子孫と考えられている)と交雑していることが遺伝子解析から解明されており、それぞれから生存に有利な遺伝子を受け継いで(2~6%)現在に至っているようなのです(NHKスペシャル「人類誕生」制作班、大逆転!奇跡の人類史、NHK出版、2018年)。
 そして進化と適応との関係をエピジェネティクスとして考えると、ハーバード大学のリーバーマン先生が指摘するように長期間にわたって獲得された人類形質との ”ミスマッチ” による ”ディスエボリューション(進化の否定)” を世代を超えて引き継ぐ危険性も否定はできません。ケント大学のクリガン=リード先生はこの問題を「人新世(アントロポセン)」の「サピエンス異変(Primate Change)」と指摘しています(V.クリガン―リード:水谷・鍛原役、サピエンス異変、飛鳥新社、2018年)。