発汗量が多いのは ”マズイ” のでしょうか?

 マラソンレースのTV中継序盤、アナウンサーが「〇〇選手、大変汗をかいていますが大丈夫でしょうか?」とコメントすることがあります。多分その根拠は「大量発汗」≒「水分損失」≒「脱水症発症」という図式があるようなのですが、大量発汗している選手がそのまま上位でゴールすることもあります。また運動時の発汗量は個人差が大きく、環境温度や湿度や運動強度との関係でも大きく変容しますし、ミネラルの損失によるトラブル(水分のみの摂取による低ナトリウム血症発症など)にも対応する必要があります。
 現在世界的レベルにある日本競歩陣は、この発汗量と水分摂取に関するスポーツ医科学的サポートを最大限活用しています(NHK:”歩いて”東京オリンピック金メダルへ、2020年放映)。
 競歩競技をサポートする医科学チームは、レース当日の気象コンディションを想定し、スタート後何時間で気温と湿度、コースの路面温度(現在の大会は2~2.5Kmの周回コースで実施される)が変化するのかも予想したうえでの給水計画(給水地点での給水量やスペシャルドリンクの内容)を立てます。
 日本陸連科学委員長の日体大・杉田正明先生は、運動生理学的には2%の発汗量からパフォーマンスが低下するとのデータから、事前のトレーニング段階から選手個々人の発汗特性を把握して対応しています。発汗量はほぼ体重変動(エネルギー産生のための糖や脂肪の消費量は100g以下)ですので、トレーニング時の気温や湿度を考慮した体重変動から発汗特性を推定します。また、安静時の汗は汗腺での塩分再吸収があるので無味無臭なのですが、多量の発汗時は再吸収が間に合わないので汗にミネラル(ナトリウムやカリウム、アンモニアなど)が混入してきます。そしてミネラル損失量にも個人差がありますので、体重変動のチェックとともに背中に張ったパッチを回収・分析してミネラル成分の分析も行います。ある選手の30Km練習時のデータでは発汗量が3.4%と推定され、本来であれば1610ml必要であるのに760mlしか給水していないことがわかりトレーニング時からの適切な水分補給を心掛けるようになった(選手本人の意識改革の成功)ことが報告されています。そして、選手の発汗特性に合わせて給水量やスペシャルドリンクの摂取タイミングを決定します。また、暑熱環境で行われるオリンピックや世界選手権では「冷却グッズ」を準備します。帽子内部や頸や手掌につける冷却材の映像を見た方もいらっしゃると思います。
 「大量発汗」は暑熱適応に対するその個人の適切な反応であると考えられますで、必要な水分とミネラルの補給を心掛けることで脱水や熱中症のトラブルを回避することができます。ところが実際には推奨されている運動開始前の水分摂取(ウォーターローディング:350~500ml)の実施や運動序盤での水分摂取を心掛けている選手が少ないのも事実なのです。 

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