治療も制限されるのですか?

 ドーピング禁止薬物の多くは病気の治療のために開発されたもので、人類の英知ともいえる治療薬がパラリンピックまで含めてスポーツの価値に影を落とすということは何とも皮肉なことです
 アスリートも生身の人間ですから病気も怪我もしますので治療を受けなくてはいけません
 ところが治療に使われる薬は禁止薬物リストにあるものが多いので対応する医師は「TUE(Therapeutic Use Exemption)申請」をする必要があります
 参加する大会の30日前までにこの申請がない(もしくは申請が却下される)と禁止薬物・禁止方法違反としてドーピング規則違反となります(医師のためのTUE申請ガイドブック、(公財)日本アンチドーピング機構、2020年)
 その基準は、①使用しないと健康に重要な影響が出る、②他に代えられる治療方法がない、③健康を取り戻す以上に競技力を向上させない、④ドーピングの副作用に対する治療ではない、の4つで、特に③と④は難しい選択が求められます
 この意味で、トップクラスのチームのドクターの仕事は、治療やコンディションの維持とともにドーピング検査への対策でもあるといえます
 現在五輪や世界選手権に出場するレベルの選手は、世界アンチドーピング機構(WADA)や各国のアンチドーピング機構による大会ごとの検査や競技会以外の抜き打ち検査(Out of Competition)を受ける義務(選手本人の同意が前提)が課せられています
 また選手個人のデータベース化(ADAMSシステム)も進んでいますので、例えば血液検査で酸素を運ぶ血中ヘモグロビン値が「正常範囲」を逸脱していないかなどもチェックされています
 しかしドーピングを隠ぺいする方法も年々巧妙化しています
 ロシアでは、尿検査での「A検体」「B検体」を検査室内の「ネズミの穴」を使ってすり替えていたことが発覚し、競技団体やオリンピック委員会から独立しているはずのロシアアンチドーピング機構は現在資格停止中です
 かつて東独では、男性ホルモンであるテストステロンと代謝産物のデヒドロテストステロンとの正常な比率を維持するために筋肉増強剤摂取とともにデヒドロテストステロンを注射するという方法を用いていました
 オーストラリアでは犯罪組織がドーピングを利用して選手との関係を深め脅迫をして競技結果を覆す八百長(スポーツ賭博の利権)を行っていた報道もありました(NHK:見えないドーピング、2014年放映)
 また、今回の北京五輪での混乱は、国威発揚に利用しようとする政府のメダリストやスタッフへの過度の報償制度とともに巧妙な組織ぐるみのドーピング(選手・コーチ・医師・栄養士を含めたシステム)を誘導しているとの疑惑も問題となっています
 一方、トップアスリートだけではなく、私たちの周りにも「サプリメントと称する妖怪」が跋扈していて、高校生などが指導者から情報を得て摂取している実態(高校長距離選手での「鉄材注射」に日本陸連は禁止措置を出しています)もあり、スポーツの価値に影を落としているとともに選手の心とからだの健康を脅かしていることも事実なのです

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