プレー中ガムを噛むことは?

 外国人の野球選手がバッティングに際してガムを噛んでいる映像が良く見られます。日本的感覚からいうと「お行儀が悪い」とか「集中できないのでは」など批判的なコメントが多く寄せられます。仮にバッティングに支障があるとすれば、いかに文化的習慣が違うとはいえ多くの選手がプレー中にガムを噛んでいることはないものと思われます。何か効果があるのでしょうか?
 私たちがかつて実験した結果では、ガムを噛み続けながら反応時間を測定すると「何もしない状況」よりも反応が速くなる結果が得られました。そして「噛みしめ続けている」と逆に反応時間が遅くなることも分かりました。これは「関節固定」にかかわって素早く動作を切り替えることができなくなるためと考えられます。
 噛むことに関わる咀嚼筋の中心「咬筋」という筋肉は大変面白い筋肉で、食物の形状や硬さに応じてリズミカルな開口と閉口の咀嚼運動を調整します。ガムを噛む場合とナッツを噛む場合では対象の硬さや大きさの変化を感知し脳幹に存在する神経回路を装飾して適切な咀嚼運動を実現します。
 230~130万年前に存在し絶滅した「パラントロプス」というご先祖様は硬い根や豆などを「噛み砕く」ために咬筋に加えて強大な「側頭筋」を持ち頭蓋骨最上部はウルトラマンのような矢状突起があって丸い顔をしていたようで噛む力は私たちの3~6倍(ちなみに私たちの噛む力は体重相当といわれています)あったようです。一方私たちに直結する「ホモ・ハビリス」は多様な食物を摂取していたようで側頭筋の発達はありませんでした。実は私たち現代人の一食での咀嚼回数は600回で、弥生時代の復元食から推定される4000回に比べるとずいぶん少なくなっている(日本咀嚼学会・斎藤滋先生)ようですが、食材や加工調理技術の変容があっても基本的な咀嚼に関連する機能は変化していないようにも思います。
 咀嚼活動にともなう咬筋からの筋感覚の信号は脳への「覚醒信号」の役割を持ちます。咬筋からの感覚シグナルは「脳幹網様体賦活系」という脳全体を覚醒させるシステムを通じて脳‐神経系の活動レベルを高めます。自動車を運転していて眠気が襲ってきたときにガムや昆布やスルメを噛むことが覚醒水準を上げることは私たちも経験することです。石川県立大学の小林宏光先生は、カツオの燻製など硬い食べ物を幼稚園児に3か月間給食で提供したところ知能テストの成績が向上したことを指摘しており、認知症の高齢者の方が自力で食事摂取ができなくなる(チューブ食や胃ろう手術など)と重症化するとの症例を考えてみても、咀嚼運動の継続が脳の覚醒水準を向上させることがうかがえます。
 マウスガードの着装時も「噛みしめ続けている」と円滑な運動の遂行や切り替えを妨げる可能性もあることからも、プレー中にガムを噛むなどの「適切な口内咀嚼環境」を維持することはパフォーマンスの改善に有効なのかもしれません。

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