運動により分泌されるメッセージ物質

 運動の継続的実施により、身体各部から様々な伝達物質が分泌され全身のネットワークを形成していることが指摘されています(NHK:”「人体」神秘の巨大ネットワーク” シリーズなど)。
 運動の実施により副腎からアドレナリンやノルアドレナリンという「カテコールアミン」が分泌され、血糖値の上昇や心拍数や血圧の上昇を引き起こすことは昔からよく知られています。
 しかし最近は、それ以外にも運動にともなって筋から分泌される様々な物質(マイオカインと総称されます)が私たちの身体機能に大きな影響を与えていることが解明されてきており、インターロキシンー6(IL-6)はその代表格です。不思議なことにIL-6は関節リューマチなどに関わる炎症性タンパク質なのですが、運動により骨格筋から分泌された場合には免疫細胞の暴走(サイトカインストーム)を誘発する物質を抑制することが指摘されています。また細胞の成長に関わるインシュリン様成長因子(IGF-1)や神経の成長を促す脳由来神経栄養因子(BDNF)、血管の新生を促す血管内皮成長因子(VGEF)や組織の形成を助ける線維芽細胞成長因子(FGF-2)といったメッセージ物質が運動実施によって増加することも指摘されています。ハーバード大学の精神科医・レイティ先生は、これらの物質が向精神薬と類似した反応を引き起こすとして、薬物療法と運動療法を併用することにより「ストレス」「うつ」「ADHD」「パニック障害」などの改善に大きな効果を示すことを指摘しています(脳を鍛えるには運動しかない!、NHK出版、2009)。
 このような身体運動実施にともなって様々なメッセージ物質が分泌されるというメカニズムの背景には、私たち人類の数百万年にわたる進化の歴史が反映されているようなのです。我々のご先祖様は、420万年前頃から狩猟採集活動を基本として進化してきました。そして180万年前頃から二足歩行に加えて走行を伴う「持久狩猟」という様式を進化させてきました。30Kmほど仲間と共同して獲物を追いまわし、体温調節のできない羚羊(アンテロープ)などを熱中症にして仕留めるという運動様式を獲得し、その際長時間の走行による疲労や痛みを和らげる「エンドルフィン」や「エンドカンナビノイド」といった自己生産性の鎮痛物質を分泌する機能も獲得してきたようです。
 また、獲物の生態や行動様式を記憶し、コミュニケーションを発達させながら共同する高度な狩猟活動を行ってきたようで、ホモ・エレクトス段階で大型化し発達した人類の脳-神経系と骨格-筋系の高度な協応活動、そして持続的活動を支えるエネルギー供給系(脳には糖質を優先供給し筋には糖質と遊離脂肪酸を利用する戦略)を獲得してきたようなのです。
 ハーバード大学の進化生物学者・リーバーマン先生は、この進化のプロセスで獲得してきた「身体的適応」が現代社会での「文化的適応」との不適合をきたした状態を「ミスマッチ病(ディスエボリューション)」と定義し47の症状を指摘します(人体600万年史~科学が明かす進化・健康・疾病~、早出書房、2015)。

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