「二足走行」がヒトをつくった?

 サルでもチンパンジーでも人間が訓練をすれば「二足歩行」をすることができます。これは生態学の故・伊藤嘉昭先生が提唱した「2つの運動革命」の第1段、樹上生活での「腕歩行(Brachiation)」による肩関節の変化と脊柱の直線化が貢献しています(人間の起源、紀伊国屋書店、1966)。背骨が真っすぐであれば直立することは容易で、実は赤ちゃんが立ち上がった際は背骨のS字湾曲はまだ出来上がっていません。また、人類学の馬場悠男先生は、チンパンジーなどでは腰椎が4個であるのに対して二足歩行を始めたアファール猿人などは腰椎が6個であり、これに対してホモ・サピエンス段階では5個であることを指摘します(私たちはどこから来たのか、NHK出版、2015)。アファール猿人の二足歩行はチンパンジーとは異なり(サルやチンパンジーは踵骨が十分に発達していないのでうまく歩けない)しっかりと歩いていたようです。
 ホモ・エレクトス段階で「持久狩猟」が始まったことが知られており、30Kmにも及ぶ持久狩猟を実現するためには「二足歩行」ではなく「二足走行」も可能でかつ体毛が減少して発汗による体温調節が可能になっていることも必要でした。ハーバード大学の進化生物学者・リ-バーマン先生は、人間の脚は大きなばねのように作用し効率よく片足でジャンプしてからもう片足で着地できることを指摘し、大きなアーチの足底と長いアキレス腱にエネルギーを蓄積して再利用する可能性を指摘しています。また大殿筋の発達や項靭帯の存在が走動作を支え、さらに発達した三半規管が不安定な状況下での速い移動を可能としたことを指摘します(人体600万年史~科学が明かす進化・健康・疾病、早川書房、2015)。
 当然、これらの移動方法と狩猟用具の革新(投擲具アトラトルなどの発明)、加熱調理などの食料メニューの革新などなど進化に関連して「共進性」と呼ばれる様々なプロセスがあったことが、ホモ・エレクトス段階からの脳の加速度的な大型化を支えてきたともの考えられます。そして、逆説的にそれらの共進性を構成する要因を実現することができない場合にはヒトとしての特徴を十分には発達できない可能性があります。これは現代社会の健康を阻害する様々な要因ともなっています。
 ヒトの解剖生理学的な構造上「歩」「走」「跳」「投(これは樹上生活での腕歩行と対応?)」「打」などの身体運動(基本的運動形態といいます)を行うことは「絶対値」の問題を除けばそれほど困難ではありません。一方、ボールゲームに代表される複雑な身体運動の実現には経験と訓練が必要です。
 マラソンやロードレースは、特に陸上競技を経験していなくとも参加することができます。他のスポーツをやっていたり、また全くスポーツを経験していなくとも、ある程度のトレーニングを行えば誰でも完走することができます。これが基本的運動形態である「二足走行」のランニングが広く支持される大きな要因であるような気がします。人を特徴づけてきたランニングが、身体各組織とのメッセージ物質のやり取りを支え、海馬の神経新生や免疫システムの暴走を改善し、結果として身体の健康状態の維持や認知機能の向上を実現してヒトの大型化した脳‐神経系の機能を支えているようで、まさに「二足走行」がヒトをつくり、それがヒトの自己実現を支えているようなのです。
 

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