ランニングは脳を大きくさせる?

 先日NHKで「”走る”そしてヒトとなる」が放映されました。筑波大学の征矢英昭先生が、ラットではランニングによって脳の記憶にかかわる海馬の神経新生がみられること、高強度ではなく低強度運動のほうが効果が高いこと、30秒程度のインターバルトレーニング形式4分間でも効果がみられることを紹介していました。
 ラットは基本的に「運動好き」で、回転ケージを一晩で数キロ走り回ります(運動嫌いであまり走り回らないラットもいるようです)。そして運動により学習能力が改善されることも知られています。これは「自発的運動」による効果で、尻尾に重りをつけて泳がせる「強制的運動」ではストレスになってしまうようです。また「曲芸ラット」といって平均台や梯子や不安定な障害物などの環境条件でも小脳の神経成長因子が35%増大することも知られています(グリーノー、2009)。これらの研究は1972年サイエンス誌に掲載された「経験が引き起こす脳の変化」(ローゼンバイクら)という有名な論文がルーツです。ここでは集団で自然環境に類似した飼育条件と食事は与えられるが一匹づつ隔離された飼育条件を「豊かな環境」と「貧しい環境」と定義して脳重量や学習関与物質を比較したものです。そして人間を対象としたさまざまな研究でも身体運動が脳の機能や構造を改善することが指摘されています。
 では翻って、私たち人間にとっての「豊かな環境」とは何なのでしょうか。現代社会を象徴する偏った食事や運動不足、格差や差別や貧困による孤立化や分断によるストレスの増加などはどう考えても「貧しい環境」です。「人間とは何か?」という根源的な問いを考えたとき、ホモ・サピエンスである我々を進化のプロセスの中で特徴づけたものは何かという「自然人類学アプローチ」が必要となります(さらに「貧しい環境」と「豊かな環境」を検討するためには有史以降の文化人類学的アプローチも必要となります)。
 私たち人類のルーツを辿ると「直立二足歩行」が契機となったことは周知の事実です。二足歩行を始めた420万年前のラミダス猿人や370万年前のアファール猿人、石器を作り始めた240万年前のホモ・ハビリスを経て、180万年前のホモ・エレクトスから脳の加速度的大型化が始まります。
 この脳の大型化の要因として、恒常的狩りによるタンパク質摂取量の増加と火の利用による加熱調理での炭水化物の糖質への変化があり、消化吸収効率の改善による腸のエネルギー要求量の相対的減少、長時間の狩猟採集活動を支えた体毛の減少による発汗機能(体温調節能)の獲得、集団的生活と食料の平等な分配を支えたコミュニケーション能力の発達と「社会共同性」の獲得などが指摘されています。
 つまり狩猟採集活動と加熱調理が大きなインパクトとなって身体各臓器への「エネルギー配分(筋に22%、肝臓に21%、脳に20%、心臓に9%、脂肪組織に4%などなど)」と「基礎代謝」と「活動代謝」のエネルギー消費を決定し、人間らしさをかたちづくってきたようで、逆説的に「大型化した脳が身体運動を必要とする」ようなのです(続く)。
 

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