”過去の経験” は「記憶されている?」

 2022年9月に行われた第77回日本体力医学会で「運動が多臓器に誘導する多彩なエピジェネティクス調整機構」というシンポジウムがありました。エピジェネティクスというのはいわゆる「遺伝子スイッチ」として遺伝子の発現を調整するもので「後成遺伝学」という新しい研究分野です。1600組の遺伝子的にほぼ等しい「一卵性双生児」の一人がガンになる原因は遺伝子由来は8%ほどで、他は遺伝子に影響を与える何らかの要因の「引き金がひかれたこと」によること、スウェーデンでのメタボリックシンドロームが原因とみられる死亡例が高かった村では「祖父の代での大豊作」が遺伝子スイッチをオンにして平均して15年ほど寿命が短かったという報告もあります(NHKスペシャル「人体」取材班、遺伝子、医学書院、2020年)。
 このエピジェネティクスを引き起こすメカニズムは、「メチル化」といって遺伝子を ”くちゃくちゃ” にして転写を進めたり阻害したりするものと、4個の「ヒストン」というたんぱく質に2重のDNAが巻き付いた(八畳体)「クロマチン」というビーズ状の構造が転写可能と転写抑制とを装飾していると考えられています(佐々木裕之、エピジェネティクス入門、岩波書店、2005年)。
 そして、どうやらこのメカニズムが ”過去の経験” を反映しているようで、体力医学会のシンポジウムでは、高校時代の運動経験がその後の再トレーニングにおいても機能の改善に影響を与えているようで、クロマチンの4つのたんぱく(H2A/H2B/H3/H4)が過去の運動経験時に「入れ替わって再合成(ヒストン置換)」されたもの(運動誘発性の装飾)が長期にわたって転写されている(順天堂大学・吉岡松本利典先生/松本大学・河野史倫先生)ようなのです。これは「トレーニングの中断と再開」や「怪我からのリハビリテーション」などにもかかわるメカニズムのようで、さらに運動実施による脳由来神経成長因子(BDNF)の発現により、脳の運動野や認知症に関わる海馬の不安関連遺伝子の変化にも影響を与え(北海道大学・前島洋先生)ており、更に妊娠期の運動が子の肥満予防効果を規定するとの報告もありました(東北大学・楠山譲三先生)。
 つまり「じじ・ばばの経験は孫にも伝わっている」?(続く)

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