腸内細菌がパフォーマンスを改善?

 2019年・ハーバード大学の研究グループが、ボストンマラソン完走者のパフォーマンスと腸内細菌との関係を分析し、「ベイオネラ菌」という腸内細菌が運動によって生成された乳酸を「プロピオン酸」に変換(エサとして処理)しそれが肝臓に運ばれて有酸素エネルギーとして再利用される可能性を指摘し、マウスを使った実験では有酸素能力が13%改善されるとのデータも示されました。2020年・慶應大学の福田真嗣先生は、腸内細菌が作る短鎖脂肪酸が持久力を向上させ、タイムの良い選手ほどその腸内細菌が多い可能性を報告しています。また運動習慣により腸内細菌叢のバランスが変化すること、多様性の高い腸内細菌叢を保有しアミノ酸合成や炭水化物代謝の経路や短鎖脂肪酸の濃度が高いことを指摘します(福田真嗣編、腸内細菌叢、羊土社、2019年)。
 有名な「乳酸シャトル」は筋肉内で速筋線維で生成した乳酸を、そのまま混在しているミトコンドリアの豊富な遅筋線維がエネルギーに変換するものですが、これは乳酸が腸に送られ、腸内細菌が短鎖脂肪酸に変換して肝臓に戻すという少しスパンの長いプロセスとなります。
 特定の腸内細菌がアレルギーの発症や免疫細胞の暴走を抑制することは以前から知られていました(NHK:新人体_腸が免疫のカギだった・2018年放映)が、パフォーマンスとの関係も最近多く指摘されてきています。これは、遺伝子解析のコラムでも触れた「次世代シークエンサー」の登場が大きなインパクトとなっています。従来の腸内細菌の研究方法は便のサンプルを培養して分析していたのですが、今は便から直接DNAを取り出します(時間をおいてサンプリングをすると情報が失われたり変性したりする)。
 順天堂大学病院では重篤な「潰瘍性大腸炎」の治療に、好ましくない腸内細菌叢を抗生物質で除去してから他人からの「便移植」で対応する方法を行っています(順天堂大学・石川大先生)。面白いことに移植対象者は年の離れた親子ではなく兄弟などの親族の方が好結果が得られているとのことです(NHK:ヒューマニエンス_腸内細菌・2022年放映)。
 ただあくまでも大腸炎治療のための医療措置なので、便移植療法でパフォーマンスを改善するようなことはあり得ません。やはりトレーニング方法や食事内容の改善(食物繊維や乳酸菌等の意図的摂取)で対応してゆくこととなります。

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