最近「制約主導アプローチ」という概念が注目されているようです。
植田文也先生(2023)は、「エコロジカル・アプローチ」という概念について、「生態心理学」と「動的システム理論」を統合した学習理論であるとして、テニスのバックハンドストロークを改善するためにコートのセンターラインをバックハンド側で広くするというフィッツパトリックの研究を紹介しています(植田文也、エコロジカル・アプローチ、ソルメディア、2023年)。
オランダのボッシュ先生は、ロシアの著名な生理学者ベルンシャタインのデクステリティ(巧みさ)とアジリティ(敏捷性)に関わる制約主導アプローチとして「環境」「課題」「生体」の三条件を提示しています(F.ボッシュ:谷川聡・中村豊・相良浩平訳、運動学習・運動制御理論に基づくアジリティトレーニング、大修館書店、2024年)。
この「制約主導アプローチ」が肯定的に受け入れられている背景には、運動経過の獲得(技術の個人的実現)は、一定の「形にはめる」ものではなく「適応的に自己学習する」ものであるとの考え方があるようなのです。私たちが動作を行うときには、個々の手足や体幹を個別に動かすのではなく、「基本的運動形態」といって、走る・跳ぶ・投げる・蹴るなどの神経中枢からの「一纏まりの運動指令」と脊髄などでの「運動反射」が連動して動きます。ATRの川人光男先生(1988)は、運動司令の実体は「関節トルク(回転力)」であることを指摘しています(川人光男、運動軌道の形成 In 伊藤・佐伯編:認識し行動する脳、東京大学出版会、1988年)。つまり「強く蹴る」とか「軽く叩く」といったイメージで運動が実現されているようなのです。
東大の多賀厳太郎先生(2002)は、「運動の自己組織」という概念から、「神経系」と「身体系」と「環境系」との相互関係に応じて、「トップダウン」と「ボトムアップ」の反復による自己学習が「グローバルエントレインメント(大域的引き込み)」を可能するとの指摘をしています(多賀厳太郎、脳と身体の動的デザイン~運動・知覚の非線形 力学と発達~,金子書房, 2002年)。
ところがこの指導方法は、スポーツ指導や授業実践において、過去「独自な指導メソッド」を提唱してきた多くの優秀な指導者の皆さんがやってきたことと同じ概念のようなのです(ボールの形状、ゴールやルールの変更、用具や教具の工夫などなど・・)。
2024年 12月 の投稿一覧
女性の極端な痩せ志向の問題点は?
_軽量化が有利と考えられている女子の競技種目は、陸上競技長距離や新体操(細く手足の長い方が良い?)、フィギュアスケート(跳躍の高さや回転数が評価)などがあげられます。しかし、競技力としての筋出力の高さや後半でのスピード持久力も求められますので単純に軽量であればよいという訳ではありません。アスリートの軽量化は筋量を維持しての体脂肪の減少であり、増量では体脂肪を増やさずに筋肉量を増やすことが求められます。
_ただ女子アスリートの場合、体脂肪率が12%以下となると生理不順や骨密度低下を招きFAT(女子選手の3主兆)の弊害も指摘されてますので注意が必要です。FATは、強迫観念ともいえる「深刻な摂食障害」を誘発し無月経や骨密度低下を招き、選手生命を奪うほどの深刻な事態を招きます。
_この「痩身願望」は一般女性であっても存在します。実は20年前のマネキン人形では、現在市販されているGパンや上着は入らないそうで、服装業界を含め「痩身志向」を推進しているようです。身体運動を行わない一般女性の場合でも、1日1950Kclのエネルギー摂取が必要なのですが1500Kcal未満の女性が増えていることも指摘されています(NHK:クローズアップ現代~ニッポンの女性は ”やせすぎ” !?、2015年放映) 。
_単純に不足分の450Kcalの体内組織からの補填を計算すれば、脂肪は50g、糖質とタンパク質は112gに相当します。しかし脂肪の分解には手間がかかる(ミトコンドリア内のβ酸化プロセスが必要)ので優先的に糖質(グリコーゲン)を分解しますが、グリコーゲンは脳機能を維持するのに絶対に必要なものなので脳機能の低下を招きます。またタンパク質では筋や内臓組織、免疫細胞などを分解しますのでまさに「活動レベル」や「生命機能」の低下などきわめて不健康な状態を招いてしまします。
_また最近話題の「低糖質ダイエット」では、摂取食品のタンパク質・脂肪・炭水化物の割合(PFCバランスといい20:15:65の和食メニューが健康的とされる)を「相対的ジャンクフード化」することとなり栄養バランスも崩壊します。サプリメント摂取はあくまでも「栄養補助食品」ですのでトータルな食事内容を改善してくれるわけではありません。
_やはり「運動-栄養-休養」の枠組みの中で、必要な食事内容と三食摂取のタイミングを計っていくことが重要なのだと思います。
女子アスリートの「FAT」って何ですか?
駅伝シーズンとなりましたが、TVで放映される女子長距離選手は「細~い!」という印象を強く感じます。実はTV映像で「細い」と感じる選手の皆さんは、直接見ることがあると本当に細いのです(普通の体形の選手もTV放映では ”ガッチリ” しているように見えます)。
食事にも気を使いながら月500~800Km以上走りますので体脂肪率も低く、月間走行距離と5000mなどの記録との相関も指摘されています。
新谷仁美選手は、本人がSNSで発信しているように、2013年モスクワ世界選手権女子10000mで5位に入賞した際は、身長165cmで体重40Kg、体脂肪率3%であったとのことですが、問題はこの時点で「無月経」であったことです。そして一時期引退後再び2020年東京五輪を目指し、2019年の日本選手権では2013年の記録を越える「日本新記録」で優勝していますが、実はこの時は「生理初日」だったそうです。新谷選手は自分のシビアな経験から、女子長距離選手が「無月経」となるようなトレーニング内容に対して選手や指導者に強い警告を発信しています(NHK:#アスリートは黙らない、2021年放映)。
女子アスリートのFAT(3主兆)とは、①利用可能エネルギー不足(過度な栄養摂取制限)、②視床下部性無月経(体脂肪率12%以下で頻発)、③骨粗鬆症(生理周期に関わるエストロジェンというホルモン不足にともなういわば ”更年期並みの骨密度低下” )を指します。当然日常の練習でのエネルギー消費を支えることはできませんので筋や免疫細胞の分解で「生存するため」のエネルギーを補填します。骨密度は更年期女性並みのレベルですので月800Kmを越える練習量では容易に「疲労骨折」を発症します。そして摂食障害は「絶食」とその反動での「過食と直後の嘔吐」を誘発します。
これらの問題点を理解していない(理解しようとしない?)指導者の間違ったトレーニングのガイドラインは、女子アスリートの心理的問題をも引き起こします。実はFATを発症しやすい心理的特徴は「完璧主義(1位以外は意味がない)」「(指導者に対しての)良い子志向」「自己抑制志向」などがあると言われています(Health Management for FemaleAthletes-女性アスリートのための月経対策ハンドブック、東京大学附属病院 女性診療科・産科、2016年)。
「食欲」は何によって決まるのですか?
1994年に発見された「レプチン」というホルモンは、 脂肪細胞から分泌されて脳内の摂食中枢を刺激します。強力な飽食シグナルを伝達し、交感神経活動亢進によるエネルギー消費増大をもたらすもので、肥満や体重増加に関連するものとして注目されています。
正常な状態では、摂食中枢のレプチン受容体が刺激を受け「満腹感」を発生するのですが、肥満状態になるとレプチン受容体の「抵抗性」が亢進して摂食行動が抑制されなくなります。自然科学研究機構・基礎生物学研究所の研究では「PTPRJ」という酵素が働くとレプチン抵抗性が増大して肥満マウスになるのですが、PTPRJを欠損したマウスでは、食後の血糖値の上昇がおだやかで、インスリンの働きが増大し、正常なマウスと比べ体長は同じだが、食餌摂食量が少なく、低体重で脂肪量が少ないことを報告しています。膵臓から分泌されるインスリンは、食後に上昇した血糖値を低下させる働きがあり、「糖毒性(血糖値の異常な上昇により血管内タンパク質の損傷を招く)」を抑制すると考えられており、1型糖尿病(後天性ではないタイプ)ではインスリン注射などが必要となります。
また食品には、グリセミックインデックス(GI)という食物をグルコース(ブドウ糖)に変換する速度の指標があります。高GI食品(容易に消化される炭水化物や人工甘味料の多いもの)と低GI食品(タンパク質や食物繊維を多く含むもの)との比較では、高GI食品の過剰摂取が長期的に体脂肪の増加を招くことが指摘されています。また前回紹介した「超加工食品」の過剰摂取も食欲亢進を招きます。
つまり「正常な食事内容」を逸脱したケースが継続すると「食欲が異常亢進」して脂肪の増加による体重増を招くようなのです。食物繊維を多く含む「精進料理」が健康に良いことやアスリートの食事では「和食メニュー」が薦められていること(ただし摂取カロリー総量は普通の人の2倍以上ですが・・)もこのことと関連しているようです。